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『青髯』第2回

こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。

コロナの検査が陽性となり、しばらく自宅療養していました。
コロナが5類となった後も、マスクや手指消毒などそれまで同様の予防を続けていたのですが、やはりかかる時にはかかるものなのですね。

「苦しくて辛かった」、「そうでもなかったから、熱が引いたら退屈だった」などなど、これまでいろいろな経験談や感想を耳にすることもありましたが、今回初めてかかった感想としましては、「とても苦しかった」の一言です。

かかりつけの医院の先生が、外来診療終了後に、医院の駐車場に臨時に設けたスペースで診察をして下さいました。症状を丁寧に聞いて下さり、重症化しないようにとお薬を処方して下さいました。いつもの先生に診ていただけるのはなんと心強いことでしょう。本当に感謝です。

おかげさまで何とか復調し、仕事を再開することができました。
いつの間にか紫陽花の花がすっかり色づいて、中にはもう萎れかけているものも・・・。降っても照っても文句を言わず、庭の隅や塀の下のどちらかと言えば目立たない所で静かに咲いている紫陽花の忍耐強さを、あらためて尊く思いました。
(※ 美しい紫陽花の画像をフォトギャラリーよりお借りしました。)


それでは、「青髯」の続きをお送りいたします。

「青髯」第1回はこちらからどうぞ。


「青髯」第2回

その同じ日の晩に青髭が旅から戻ってきました。彼が言うには、途上で受取った手紙が、例の案件が彼に好都合に解決したと知らせてきた、ということでした。彼の妻は夫の早い帰宅をとても喜んでいると彼に信じさせるため、あらゆる努力を払いました。

翌朝になりますと、彼は、預けておいた鍵を返すよう彼女に求めました。彼女は彼に渡しましたが、手がぶるぶる震えていましたので、何があったのかを彼は容易に察しました。
「なんとしたことだ!」と彼は言いました。「小部屋の鍵がいっしょにないではないか。」
「きっと二階のテーブルの上に置き忘れたのですわ」と彼女は言いました。
「今すぐ持ってきておくれ」と青髯は言いました。

何度も引き延ばした挙句、彼女はやむなく例の鍵をもってきました。青髯はそれを入念に点検しますと、妻に言いました。
「どうして鍵に血がついているのかね。」
「わかりませんわ!」憐れな女は、死神よりも真っ青になって叫びました。
「わからないだと!」青髯は答えました。「私にはよくわかっているぞ。お前はあの小部屋に入ったのだ。違うか?よろしい、奥よ。あそこへ戻って、お前が見たご婦人方の仲間入りをしてもらおう。」

この言葉に彼女は夫の足元に身を投げ出し、心からの悔恨を精一杯示しながら彼の許しを乞いました。今後決して言いつけに背きません、と誓いながら。これほど美しく、悲しみに満ちた彼女の姿は岩をも溶かしたことでしょう。しかし、青髯はどんな岩よりも固い心の持ち主でした!
「奧よ、お前は死なねばならないのだ」と彼は言いました。「今すぐにな。」
「死なねばならないのでしたら」と、涙ですっかり濡れた目で彼を見上げながら彼女は答えました。「どうかお祈りをする時間を少しくださいませ。」
「与えてやろう」と青髯公は答えました。「七、八分だぞ。それ以上は一秒もやらん。」

一人になると彼女は姉を呼び、言いました。「アンヌお姉様(姉の名前はアンヌというのでした)、お願いだから塔の天辺に上がって、お兄様たちがいらっしゃらないか見てください。お兄様たちは今日いらっしゃると約束なさっていたのよ。もしお姿が見えたら、急いでくださるよう合図していただきたいの。」
姉のアンヌは塔の天辺に登りました。苦悩に苛まれた憐れな妻は合間をおかずに叫び続けました。「アンヌ、アンヌお姉様、誰かやってくるのがお見えになって?」
すると姉のアンヌは言いました。「お日様の光に舞う埃の雲と緑の草しか見えないわ。」

そうしているうちに、青髯は大きな刀を手に持ちながらありったけの声で妻に向かって怒鳴りました。「今すぐ降りてこい。さもなければ私が上がっていくぞ。」

「もう少しだけ。どうかお願いですわ」と彼の妻は言いました。そして声を押し殺しながら彼女は叫びました。「アンヌ、アンヌお姉様、誰かやってくるのがお見えになって?」
すると姉のアンヌは答えました。「お日様の光に舞う埃の雲と緑の草しか見えないわ。」
「早く降りてこい」と青髯は叫びました。「さもなければ私が上がっていくぞ。」
「今、まいりますわ」と彼の妻は答えました。そして叫びました。「アンヌ、アンヌお姉様、誰かやってくるのがお見えになって?」
「見えるわ」と姉のアンヌは答えました。「ものすごい砂埃がこちらに向かってくるわ。」
「お兄様たちかしら?」
「ああ、違うわ。羊の群が見えるわ。」

「降りてこないつもりか」と青髯公は叫びました。
「もう少しだけ」と彼の妻は言いました。そして叫びました。「アンヌ、アンヌお姉様、誰もやってこないかしら?」
「見えるわ」と彼女は言いました。「馬に乗った人が二人。でもまだずっと遠くだわ。」
「神様、ありがとうございます」と哀れな妻は喜びにあふれて答えました。「お兄様たちだわ。急いでくださるよう精一杯合図をしてみるわ。」

その時、青髯はものすごい大声でわめきましたので屋敷中がガタガタと震動するほどでした。窮地に陥った妻は降りてきて彼の足元に身を投げ出しました。涙にむせび、髪は肩のまわりに乱れて広がっておりました。
「そんなことをしても無駄だ」と青髯は言いました。「お前は死なねばならないのだ!」そして彼女の髪を片手でつかみ、もう片手で剣を高々と上げると、彼は彼女の首を今にも打ちおとそうとしました。哀れな婦人は、彼の方へと顔を向けて死にそうな目で彼を見つめながら、心を落ち着けるためにもう少しだけ時間を与えて下さい、と頼みました。
「いや、駄目だ」と彼は言いました。「神にその身を委ねるがいい。」そして、今にも剣を振り下ろそうとしました。

まさにこの瞬間、門を激しく叩く音がしたので、青髯は急に手を止めました。門は開け放たれ、二人の騎士が入ってきました。剣を引き抜き、彼らはまっすぐに青髯のところへと駆け寄りました。青髯は彼らが妻の兄たちであることを知っていました。一人は竜騎兵、もう一人は近衛銃士でした。そこですぐさま彼は助かろうとして逃げ出しました。しかし二人の兄は追いかけ、彼が玄関ポーチの階段にたどりつく前に追いつきました。そして彼らは青髯の体を剣で刺し貫いて殺しました。夫同様死んだようになっていた哀れな妻は、立ち上がって兄たちを迎える力もありませんでした。

青髯には後継ぎがいませんでしたので、彼の妻は彼の全財産の女主人になりました。彼女はその一部を姉のアンヌが若い紳士と結婚するのに当てました。その紳士はずっと長い間アンヌを愛していたのでした。また、兄たちのために隊長任命辞令の購入費用を用立てました。そして残りを彼女自身がとても立派な紳士と結婚するのに使いました。その紳士は彼女が青髯と過ごした恐ろしい時間を忘れさせてくれました。

このお話の教訓
好奇心は抗いがたいものですが、多くの場合、深い後悔へと導きます。お嬢様方にはお気に召さないかも知れませんが、好奇心のお楽しみはすぐに終ってしまうものです。ひとたび満たされればお楽しみは消え、その代償は高くつくのが常なのです。

もうひとつの教訓
この恐ろしいお話にものの道理をあてはめてみれば、読者の皆様はこのお話がずっと昔に起ったことだとおわかりになることでしょう。この頃では不可能なことを妻に要求するような恐ろしい夫がいる筈がありませんし、妬み深い不機嫌な夫もおりません。だって、夫の髭の色が何色であれ、今日の奥様方ならふたりのうちどちらがご主人様なのかを夫にわからせることでしょうからね。

『青髯』を終ります。
「見てはならない」と言われれば見たくなるのが人間の性。
「やってはならない」と言われればやりたくなるのが人間の常。
だから、「本当にやってはならないこと」には何重もの物理的・心理的な鍵をかけて、万が一を防いでおかなければならないのだと思います。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。


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