小説「背割りにて笑う猫」

国道1号線を三重県から岐阜県に越えていく時に渡る橋がある。その橋にはアーチ状の鉄骨がかかっていて巨大なボルトが無数に打ち込まれている。覆い隠すような塗装は新しいもののようで海に近いながらも腐食は見られなかった。

17時ごろから車が混み出すこの橋は中腹で北に伸びる分岐を持つ。というのも、橋の下には木曽川と揖斐川を割けるように伸びる堤防が続いており、分岐からこの上を走る道に合流できるわけだ。

背割って言うんや。四日市から職場に通う先輩がそう教えてくれた。黒崎はハンドルを切って1号線を外れる。初めて背割を走ろうとしていた。

三重に越してまだ1年と経たないが、わかったことがある。この地域の人間は車のスピードを管理できない。もしくは法定速度を教習所で教えてもらっていない。
断言できるほどに、この地域の道路が流れるのは速かった。更に救いようがないのは現地で育った人間に指摘をすると「だから他所者は」と、どこか誇らしげに地域性を語るのである。

アクセルを踏むこむ。北へ向かって走る。
右手側には木曽川、左手側には揖斐川。走るにつれて徐々に堤防が狭まって、すぐそばに川が流れている。
片側一車線の暗くなりかけた道を走らせる。
周りの人間がとばすものだから自然とアクセルを踏む足に力が入る。

流れる景色が速くなる。妙に飛ばしたくなる道。
両側が川の堤防なんてあまり走れない。
少し現実離れした世界が法律を忘れてさせる。

あの日、話が弾んだ女は駅前のロータリーで言った。
面倒くさいことが好きでしょう。
少しの間はなんのことかわからなかったが、一呼吸置いて
「たしかに」
たしかに黒崎は面倒臭いゲームが好きだった。例えば歴史シミュレーションゲームの類だ。
これは事態が進行するまでに数十分かかることもあった。それでも自分の手によって確実に動く何かが好きであった。

気が合うと思っていたのは黒崎だけだった。
「ぐずぐずしてるもんね」
吐き捨てられてしまえば野良犬になるしかなかった。

今日はスピードを出す日だ。枯れた草の匂いが窓から入ってくる。真っ直ぐ伸びる道の先には車の影が見えない。加速していく。今は光も置いてくるほどに速く走りたかった。

陽と闇の境目で距離感がボヤける。スピードメーターの針は80に差し掛かっていた。

向こうからトラックのライトがどんどん近づいてきて、気づくとすれ違っていた。重たいタイヤの音が車内に響いた瞬間、突如ハンドルがとられる。

教習所で5回目くらいの学科の内容を思い出した。走行するトラックの周りには空気の流れができていて、すれ違った際に車が引き寄せられるのだと。

黒崎の乗る軽自動車は吸い寄せるに容易いことだろう。
アクセルから足を離すが、姿勢が崩れていることに変わりはない。助手席に置いていたビニール袋がドアに押しつけられる音がする。中にはクリームがぎっしりと、これでもかと詰め込まれたパンが入っていたはずだ。

パンをかばうようにハンドルを左に切る。
今度はビニール袋がスライドしてきてサイドレバーのあたりに引っかかる。フロントタイヤが道路脇の砂利を拾いながらアスファルトを離れる。すぐにオレンジ色のポールが迫ってくるのでハンドルを右に切り直す。左手でビニール袋を掴んだ。クリームを潰した感覚がする。

幸いなことに対向車線に車やバイクはいなかった。
大きくセンターラインを跨ぎながらタイヤを鋭く鳴らして元の車線に戻った。

助手席にビニール袋を投げる。

久しく無かった信号機を遠くに見つけた頃には、背割りを走り出した頃の高揚をすっかり忘れていた。さっさと家に帰りたかった。

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