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ことわざ・がたり  " 思えば思わるる "



「何の絵や」 ...不意の問いに振り返る、女子大生?
「何描いとん」 ...大きな瞳から目をそらして...「狂気...かな」、
「何や、真面目な狂気やなぁ」  ...言われなくても...

3年に一度、名古屋を中心に開催される国際芸術祭"あいちトリエンナーレ"
そのオープニングを祝うコンサートが愛知県芸術劇場で催されることになり、 その大ホールを飾る作品群の製作指揮に北教授が抜擢された。
沸きたつゼミ、その場で教授からオーケストラの背後に鎮座する、メインとなる作品を任されたのが1ヶ月前。愛知芸術文化センター 大リハーサル室でゼミ全員が作品に取り組んでいる。俺は初めて挑戦する3m × 2m の巨大なキャンバスに脚立の上で向き合っていた。

「あのね、南君は1年の時に日展の洋画で入選したうちのゼミの星なの」
「製作中に気安く声を掛けないで」と、ゼミのU子とK子。

名古屋の芸大に入り、大マグレの日展 入選で"彗星の如く現れた天才"と騒がれたけど、そのあと鳴かず飛ばずで2年が経った。北教授から「君に足りないのは狂気だ。もっと自分の内なる深淵に向き合いなさい。」と言われ、もがいてはいるけど、正直よくわからない。

「何やキッツイ顔してたで、そんな怖い顔して描いたらあかんで。」
長い綺麗な髪が揺れて、肩のヴァイオリンケースにかかった。
と、ガヤガヤと大勢が部屋に入ってくる。
「君、オーケストラの人?」、大きな瞳で「そうや」
「あの人たちも?」、振り返る髪が「そうや」
「何するの?」、綺麗な笑顔で「練習や」。
「えっ、ここで?!」 振り向くと、ゼミ全員が呆然...
「ほなな、がんばりや」

美術と音楽の奇妙な同居が始まった。


「ストップ、ストップ! だめだダメだ駄目だ! ソロもダメ、ファーストもダメ、何だそのチェロは! お前らこの偉大な協奏曲の意味をわかって演奏しているのか!もっとロシアの大地を感じろ! それと...」
またや、またあの音楽プロデューサや、デカイ声でよう怒鳴るなぁ。
あの3馬鹿トリオ、入替り立替りダメ出ししよって、練習にならへん。
隣の美術組もめっちゃ睨んでるやん。
メガネで出っ歯のプロデューサと、デブのディレクター、チビのアシスタントの3馬鹿トリオ。用は無いっちゅーねん。

「オーケストラの練習だけでも充分うるさいのに、怒鳴り声まで、いい加減にしてよ!」 とうとう噛みついて来よった、U子さんやったっけ。
この前、作品のオブジェをコントラバスの連中に「邪魔」や言われてた腹いせやろなぁ。そりゃまぁ作品作りに集中できる環境やないからなぁ。
散々文句言うてたけど、結局ここしか空いてへん言われてたしなぁ。

「すいませんね」 オーボエの真面目な西さんがプロデューサとU子さんの間に入らはった。「まぁまぁ」と入ってきたんは、南君やったっけ。
「20分の休憩!」 メガネの出っ歯が吐き捨てよった。

「音楽にはトンと疎くて、何ていう曲なんですか?」と南、「チャイコフスキーのバイオリン協奏曲といいます。ヴァイオリン ソロが美しく超絶な曲なんです。」と西、「みなさん関西の方ですか?」「いえ、私たちは名古屋のアマチュアオーケストラで、ソロの東さんが大阪の音大の3年です。東さんは、昨年の日本クラシック音楽コンクール ヴァイオリン 大学部門で全国大会1位に輝いて、このオープニングコンサートに招待されたんです。」
「彼女、コンクールでの競技人生からオーケストラとの共演へと、一歩踏み出そうとしているんです。」
「アマチュアの私たちが東さんの足を引っ張らないか、心配で心配で。」

愛知芸術文化センターを出て、オアシス21を抜けて、久屋大通 セントラルパークを南に歩くと、錦通と広小路通の間に希望の泉がある。
珍しい三段の噴水で、てっぺんにいる女性像は名古屋テレビ塔をバックに両手を広げて空を見上げている。
煮詰まるとここへ来てデッサンをするようになった。強い陽射しの中の希望の泉を、木陰から見上げて切り取る、一心不乱に、最近は...ほぼ毎日。

「すごいなこの絵、強い光や、眩しいくらいや」 また突然...
大きな瞳がすぐ横にあった。
「大きい方はあんまり進んでへんな、こんな絵が描けるのにな。」
なぜだろう、口から想いが吹き出した、大マグレの入選から足りない狂気まで、一気に。
「うちもな 悩んでんねん、今までコンクールで魅せる技を磨いてれば良かってんけどな、曲の表現力や解釈いう見えへん壁にぶつかってんねん。」
「オーケストラいう映画の中でな、主人公のアンヌがヴァイオリン協奏曲を弾くねんけど、その楽譜はアンヌのオカンが遺した楽譜やねん。ま、そこまで色々あんねんけどな、でな アンヌのオカンはヴァイオリンの名手でユダヤ人でな、冷戦の時代にシベリアに送られて亡くならはんねんけどな、亡くなるその時までヴァイオリン協奏曲に取り憑かれたんやて、取り憑かれるほどの執念がいるねん、この曲には。」
「なに? 芝居の話? 本当に悩んでんの?」と、しかめると、
「曲に向かう気持ちのことを言うてんねん!」とツッこむ大きな瞳。

「表現力や解釈って終わりがないかも、悩んで悩んで悩んだ末の小さな一歩をキッチリやりきること、重ねること、じゃないか?」...ガラにもなく...
「...なるほど...、なるほどな。」うつむいた顔が笑顔で上がると、
「あんたもな、その絵を描いてた時、すっごい笑顔やったで。」
「えっ」 何かが弾けた。

「なぁ、名古屋めし どっか連れてってくれへん?」
「えっ、えーと、ここら辺だと...あんかけスパ  かな?」
「ほな、行こか!」

奇妙な同居は1ヶ月も経つと、気軽に話せる仲間になっていた。
たまに顔を出す3馬鹿トリオを除けば、贅沢なアートな空間。
あいちトリエンナーレまであと10日ほど、ゼミもオケもそれぞれが仕上げに入っていた。
協奏曲の第2主題の練習で、なんども聴いた東さんのヴァイオリンソロが穏やかに豊かに流れている。

巨大な「光の女神」も完成に近づいている。あの時「何が足りない」が弾けて「俺はどうしたい」が目の前に広がった、気づかせてもらった。

あとは命を吹き込む女神の「瞳」だけ、最後の仕上げに立ち上がろうとした時、目の前の景色が「光の女神」が、グニャと歪んだ。
ドサッ あれっ、体が動かない。
「どうしたの?」と集まるゼミのみんな。
「すごい熱」とK子、「医務室の先生を呼んで! 早く!」とU子、
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「インフルね、根を詰め過ぎよ。医務室まで歩ける?」
K子とU子に両脇を抱えられた情けない姿で歩き出すと、うしろから

「逃げるんかい」 強烈、睨んでる...
「あんた、それでも女?」「インフルなんだからここまでよ」とU子、

「すぐ戻る」と睨む目に応え「先生、注射で熱を下げて」
「バカなの? 病人のくせに」「どれだけ体に危険なことかわかってる?」
「たぶんもうオープンまで戻ってこれないから、1時間 いや30分で良いから、お願いします。」
「だめ」 「やめなよ、南君」
キッチリやりきりたいと、一生後悔したくないと、嫌がる先生とゼミ全員を説得して熱を下げてもらい、バカ呼ばわりされながら、夏なのに厚手の上着で、マスクをしてニット帽を被り、「光の女神」を完成させた。

美術と音楽の仲間たちと、アートな空間に最後の挨拶を、
「お世話になりました。」とずんぐりむっくりな体で頭を下げると、
「看病してくれる人 おるんかい」 に笑顔で応えた。

あいちトリエンナーレがはじまった。
愛知県芸術劇場 大ホールでのオープニングコンサートは満員御礼。
病み上がりの俺もゼミの仲間と大ホールに入った。
舞台の中央に「光の女神」が鎮座している、なんか ちょっと 照れ臭い。

舞台 袖の西さんと目があった、手を振ろうとしたら、青い顔をしている、他の何人かも...みんな緊張している、マズイな。
ちょうどその時、客席真ん中の通路 舞台の方からあの3人が現れた、メガネの出っ歯とデブとチビが、周りに愛想を振りまきながらこっちに来る。
これだ!

大ホールに響き渡る声で、「イッヨッ!、極悪砦の三悪人!」

「ギャハッハッハ」「ワッハッハッハ」「ヒャハッハッハ」 大ウケ
メガネの出っ歯は、ポカンとしたあと真っ赤な顔で「無礼者!出て行け!」
笑顔で会釈をして席を立つと、視線の端に西さん達の笑い顔が見えた。
よーし。

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「なんか、デキすぎちゃうか」
お気に入りの赤いドレスとハイヒールでソロをやりきった。
夢だったヴァイオリン協奏曲、弓毛が千切れるほどの超絶技巧、オケとのシンクロ、悩み抜いた表現、そして今なお続くお客さんの拍手。
舞台の袖でひとり目を瞑り成功を噛み締めていると、戻ってくる仲間が

「正直、開演前のあのひと笑いに救われたよな。」
「みんな緊張でガチガチだったからなぁ、あれで体が楽になった。」
「実はあの震えてた時、南君と目があったんだよ、僕」と西、
「じゃぁ、アイツわざと...」
「酒落くせぇ真似しやがって...」
「あのあと、笑顔で大ホールを出て行ったんだよ、南君」と西、

「笑顔で出て行ったんやな?」と西に問い質すと、答えを聞く前にドレスのまま走り出した。愛知県芸術劇場を出て、オアシス21を抜けて、久屋大通 セントラルパークを南へ

おしまい


おまけ ダジャレ・がたり

オネェは 重くなる
食べれば 食べられる  (食物連鎖)
巴投げは 止められん
お蕎麦は 遅くなる


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