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ストームグラス クラウド

数年前、職場の部署内でビンゴ大会があった。
通常ビンゴ大会ではビンゴになった人から景品が貰え、その数も限られており、景品はビンゴになった順番によって決まっているように思う。
しかし、この大会ではそうではなかった。なんと全員分景品が用意されており、ビンゴになった人から好きな景品を選べたのだ。ただし、当然ながら景品は袋に入れられており、中身が何なのかまではわからない。早くにあがったからといって良いものが当たる保証はないし、残り物に福があるともいえる。ラッキーなことに割と早い段階でビンゴになり、はやる気持ちを抑えつつ景品を選びに行った。

さてどれを選ぼうか。あまり大きな袋を選ぶと強欲な人だと思われはしないか。かといって、せっかく早くに選択権を得たのだから小さい袋を選ぶのも勿体ないのではないか。なので、大きくも小さくもない程よいサイズの袋のものを選ぶことにした。
さぁ、何が入っているかな。景品やプレゼントの袋を開ける瞬間はどうしてこんなにワクワクするのだろう。袋から中身を取り出してみる。四角い箱である。この時点で私のテンションはMAXである。そしていざ開封の儀。と思っていたところに、箱にラベルが貼られてあることに気が付いた。

「ストームグラス クラウド」

初めて見る名前である。一体何なのだろうか。
箱を開けてみる。
 
「ストームグラスは航海士たちが天気を予測するために使用していたアイテムです。複数の化学薬品をガラス管に詰めたもので、溶液や沈殿、結晶の様子で近未来の天気がわかるとされています。科学的な根拠はありませんが、天気によって変化する結晶の様子をお楽しみください」
 
との説明文と共に、雲型のガラス容器の中に液体と結晶が入ったオブジェが収められていた。
胡散臭そうな代物を引いてしまった。もっと使えそうなものがよかった。
誰だよこれ選んだの。
このビンゴ大会の主催者の方たちはきっと一生懸命選んでくれたであろうに、ひどいことを思ってしまった。もし自分が選んだものに対してこのように思われたら、私だったら泣いてしまう。
 
結局ストームグラス(以下、彼と呼ばせてもらう)は職場の自席に置くことにした。天気を予測する可能性が少しでもあるのならば、どの位当たるのかを検証してみたい。理系魂に静かに火が付いた瞬間である。
添付されていた説明書の結晶の見方の項目を参考に、毎朝観察を続けてみた。懲りもせずに根気強く観察した。その結果、わかったことがある。
『天気は全く当たらない』
雨が降っているのに<快晴>だったり、夏なのに<雪>を表している。
予測する気はあるのだろうか。それとも、外気に当たらず温度管理されている室内に置いてあるために正確な判断ができないのだろうか。いっそのこと、職場の玄関の自動ドアの近くに置いておくと真偽が確かめやすいかもしれない。という話を同僚にしたところ、
「外が見えるところに置くなら、もう外見たら天気わかるじゃないですか」
との回答をいただいた。
ごもっともである。わざわざ彼に頼る理由はない。
もう少し頑張ってほしかったが仕方ない。潔く現実を受け容れ、私は観察に終止符を打った。私にとって彼は、もうただの雲形の置物である。
天気を期待するのはやめにしよう。ならばせめて、インテリアとしてデスク上に華を添えてほしい。しかし、そう上手いこと事は運ばなかった。
そして自席のデスク上で、いつしか風景と同化し忘れ去られた存在となりつつあった。

***

某書店に行った時のことである。
雑貨が置かれてあるスペースで、まさに自分が持っているものと全く同じストームグラスが売られていた。
やわらかなオレンジ色の照明の下、アンティーク調のテーブルの上に形の違う仲間とお洒落な雑貨と一緒に並べられている。
私の職場のデスクのものと本当に同一人物(?)だろうか。
そうは思えないほど堂々としており、誇らしげにすら見えてくる。
あぁ、そうか。然るべき場所で然るべきモノたちに囲まれていると、こんなにも輝いた姿を見せてくれるのか。適材適所。日向を好む植物は、日陰では育たない。

置かれた場所で咲いてほしい、などと思った私が間違っていた。
ノートパソコン・箱ティッシュ・味気のない卓上カレンダー・書類用のハンコ類・年中メリークリスマスのバリィさんのぬいぐるみ(手乗りサイズ)が置かれたデスクでは、彼の魅力を引き出すことができなかった。
私の元へやって来てしまったことが運の尽き。
彼の居場所が私の職場である以上、今よりもQOLの向上する環境を提供することは難しいが、少しでも気分よく過ごしてほしい気持ちが強くなってきた。
 
しばらく経って前述の書店に行った時、彼は姿を消していた。
きっと誰かに買われたのだろう。どうか彼が輝ける場の持ち主のところへ旅立っていればいいと思う。もし誰かのプレゼントとして買われたのだとしても、間違っても「何だよこれ」なんて思わない心の広い人の元へ届けられていてほしい。
私が言えたことではないが、myストームグラスのように不憫な思いをしてほしくはない。
 
彼がやって来て、早3年が経とうとしている。
相変わらず全く天気は当たらないが、オブジェとしてなくてはならない存在となっている。
何故か液体内の結晶が日に日に姿を変え芸術性を増しており、様々な表情を見せてくれるため見ていて飽きがこない。
こう思えるようになる日が来るなんて、私も精神的に成長したのだと思う。
ある一定期間で結晶の進化が止まってしまうので、時折本体をひっくり返して中身をリセットすることも忘れない。
私ができることは、これぐらいである。
彼とはまだまだ長い付き合いになる。
互いの落としどころを見付けていかなければならない。

彼は今日も私のデスクの端っこに静かに鎮座している。
季節は春、外は晴れ。今日の天気は「雪」らしい。