見出し画像

錆戦日誌23・とある決着

《あなたが戦う理由はなんですか?》

「あ。あ?」
「この鉄火場で居眠りとはな」

対面の傭兵が嫌味を言う。例の雀荘だ。いや、おかしい。ここへ来ることが万一あったとしても、こいつと卓を囲むことは二度とないはずだ。

「ようやく気がついたか」

上家には知らないやつが、いや、思い出した。いつかのコンビ打ちの男だ。下家には誰もいない。まさかこんな奴らと三麻とは。

「お前らとはもう絶対に卓を囲まないと思っていたんだが」
「安心しろ、これが最後だ」
「馬鹿を言え、俺は帰る」
「帰さねえぞ」
「世界がやばい、ってンだろう。その手は通用しな――」

椅子のひじ掛けに手をかけて立ち上がろうとしたが、椅子に吸いついているかのように腰が持ち上がらない。

「どうなってる。お前ら何をした」
「俺たちじゃねえ。居眠りが長すぎて、何も覚えちゃいねえのか」
「時間が止まっているんだ。かれこれ56億年分くらい」

は?

「じゃない、また俺を担ごうとしてンだな。この前の変な男もそうだったが、今度はそいつと組んだんだろう。そうなんだろう、なあ!」
「観念して打っていったらどうだ。どうせここから出ることもできねえんだ」

手牌に目を落とす。理牌するまでもなく役なし。いや、9枚しかない。対面も上家も9枚だ。まさか、ルールが変わっているのか。

「確認させてくれ。これは負けても大丈夫なのか」
「さっきも言った、これが最後だと」

上家の男が答える。

「俺に勝たせるつもりは」
「無論ある。だが、俺もこのルールで打つのは初めてだ」
「あんたは」

対面の傭兵は鼻を鳴らす。

「俺にはここを出ても行き場がねえんだ。だから、お前たちも道連れにしてやろうと思ってる」
「正気か。56億年も俺が起きンのを待って、まだ居座るって?」
「腹も空かねえ、喉も乾かねえ。何より、ここには戦いがねえ」
「鉄火場って言ったのはそっちだろうよ」

「失礼」

下家に、いつの間にか男が座っていた。

「よかったら、停滞を打破する手伝いをしたい」
「あんたは」
「我々は失敗した。だから、君には我々の代わりに」

5枚捨てて5枚引く。霧式麻雀は俺が知っている霧的麻雀より、別のカードゲームに近い様式だ。それに、誰かがアガると全員から点を取るため、手伝うも何もなかった。

「これだと俺が自力でアガるしかないじゃないか!」

このルールでコンビ打ちをするとなると、積込みくらいしか思いつかない。見たことのない牌も混ざっている。「F」「A」「M」「E」、数字がないところを見ると字牌の類か。

「逆転の方法は、ある」

目下最下位の、下家の男が呟いた。

「完成させればその時点で勝利が確定する役がある」

5枚捨てて、5枚引く。

「L」「A」「S」「T」「F」「R」「A」「M」「E」

未来を、

傷跡を、

連環を、

希望を、

祝福を、

受け入れて進みますか? y/n

「あ。あ?」

狭苦しい操縦棺だ。錆びつき、破壊された屑鉄の山。屹立する、停滞した時間の主。

「56億年……」

今がいちばんだからずっとこのままでいい、なんて冗談じゃない。そういうのはひとりでやっててくれ。

「できれば、グレムリンに乗るのもこれで最後にしたいんだ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?