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カレーの市民

……お前たちの指は、その手と同じに尊く、お前たちの足は体と同じく尊い。身体は手足の奉仕を求め、それがやるべきことを創造する。一番小さなものが一番大切なものなのだ。私の暗い瞳は幸いにも、その経験を忘れることはない。
(ゲオルグ・カイザー『カレーの市民』より)

1347年8月
フランス百年戦争が始まって十年

フランスの港町、カレーは、侵攻したイングランド三万四千の大軍に包囲されていました。
守るのはカレーの市民たちで、軍人はいません。

そして包囲は一年の長きに渡り、フランスの援軍は戦意喪失でイングランド軍に蹴散らされ、カレーは飢餓状態でとうとう降伏することになりました。

しかし、イングランド国王、エドワード三世は降伏条件を出します。「市民の主な指導者6人を、直ぐ処刑できる状態にして差し出せ」
それは、この一年間苦労させられた憎き敵に対する報復でした。

その要求に対し、ウスタシュ・ド・サン・ピエールが真っ先に「私が行こう」と応じ、続いて他の5人も自ら名乗りをあげて、処刑用のロープを身体に巻きつけ、エドワードの元にやってきます。

ピエールたち6人はフランスの王侯貴族でもなければ、ましてや軍人、傭兵ですらありません。にも関わらず、死を覚悟でやってきたその姿を見て、怨敵憎しの気持ちはどこへやら。イングランド軍は皆感動し、王妃にいたっては涙さえ流している状態。

騎士道を重んじるエドワードもその姿を見て深く感動したものの、国王という立場で降伏条件を出しています。簡単に言葉を翻すワケにもいきません。

しかし、そのまま処刑しては冷酷残忍な君主と見られてしまい、配下の諸侯たちの心が離反する可能性もあります。つまり処刑したところで、エドワードに全くメリットが無い状態になったのです。

しかし、彼は国王です。立場によってのみ発言します。

「処刑せよ」

そう言ってから、王妃に目配せをすると、待ってましたとばかり王妃はエドワードに請願します。
「ああ! 王よ、この勇敢なる者たちにお慈悲を!」

エドワードはその願いに飛びつきます。周囲の意見に耳を傾ける。コレは王という立場上必要であります。

「王妃にそう言われては、再考せねばなるまい。えーと、とりあえず、彼らに食事を……」

そして、処刑覚悟でやってきたカレーの市民たちはエドワードに手厚くもてなされ、その後無事カレーに戻り、現在に至るまで英雄として称えられています。


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