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ポジショニングの話

僕が木地師として第一歩を踏み出した時
ここ越前漆器の産地河和田の木地師の現状を言うと引退間近の老人が数名
仕事と言えるのか程度の量を分け合っていたのが現実だった。

そもそも漆器業界自体が右肩下がりな上に
河和田はプラスチックなどの合成樹脂をベースに漆、あるいは塗料で仕上げる
業務用漆器の製造がメインの産地であり
木地師という職能は当然、不要ということになる。
当然と言えば当然の状態だった。

と、言いつつもプラスチックや塗料仕上げ、業務用漆器を否定しているわけではない。
むしろ生き残りをかけた生存競争に食らいついていった河和田のしぶとさは
シンプルに凄いと思う。
この辺りについてはまた違うタイミングで書こうと思う。

話を戻そう。
そんな状況で僕のようなバカが急に木地師をやると言い始めた。
珍しいものには世の中は食いつくのが常だ。
河和田に数十年ぶりに若手の木地師が誕生しただの
最後の木地師だなどとテレビや新聞に引っ張り出されることも少なくなかった。
今思うと随分と無責任な話だ。

もう一度言うが無責任な話だ。
もてはやしはするが特にその後、その現れた若手木地師の将来に
誰も責任をとるつもりはない。
仕事を斡旋してくれるわけもなく自分自身で道を作らないといけない。

ただ、ここでどう受け止めるかでその後いかようにでも未来は変えることができる。

最大のポイントは
僕はここ河和田で唯一の若手木地師だということだ。

様々なウィークポイントを内包しつつも僕一人だけだ。

他産地ではそうはいかない。
特に木地師が多く集まる石川県山中では未だ30工房ほど現存し
木地師を養成する施設も存在するため若い木地師希望の若者も集まってくる。
つまりそちらでは何十分の一の存在に物理的になる。

唯一と何十分の一だ。
つまり僕は図らずともスタート時でいいポジションにつけれた。
これはとても大きなアドバンテージだ。
いろんな足りない部分があるとは言え
パラメーターで抜きんでた属性があるのだ。
これはぽっと出である人間にすぐ得れるものではない。
自分で言うのもなんだがこれはいわゆる「持っている」というやつだ。

ざっくり「運」とも言う。

もちろん計画的にしっかり状況を見極めて自分のポジションを作れる方もいる。
悔しいかな僕自身は前者だった。

ただ、まだまだ足りない。
確かに一人という絶対的に優位なポジションにはつけれたが
他の木地師よりも圧倒的差を付けられて技術は足りないし
顧客もいない状況だった。

そんな状況で僕のような素人に毛が生えた程度の人間が
生き残るにはどうしたらいいか。

まずは他が目指さないところを目指すことだと僕は考えた。
基本、人が多く集まるところでは競争が多い。
競争がないところで戦おう。
むしろ戦わずして勝つ。
逃げと言われるかもしれないがこれは弱者の兵法だ。
そもそも勝ち負けではないフィールドなので
勝つも負けるも、強いも弱いもないのだが笑

僕が最初に掲げたのは以下だ。
ステップ1・カッコいい工房を持つ(いきなりバカっぽい)
ステップ2・いわゆる職人として下請けの仕事を待つのではなく自社商品を作り自ら売る。
ステップ3・それによりデザインがわかる職人として認知される。

まずはステップ1だ。
そもそも僕はスタートから出遅れている。
30を過ぎてかんなを持ち始めた人間が中学卒業と同時に弟子入りしている
ベテラン達に到底かないっこない。
そもそもそういうところでストイックさを出せるほど人間ができていない。
そうなると技術でトップはまず難しい。
なにより当然研鑽に研鑚を重ね技術を高めることが
これまでの工芸の正しい道のりなわけだから
そこに人は集中する。
競技人口が多いところで戦わないといけない。
そしてそこは数と単価の叩き合いになる戦場で正直しんどいという気持ちもあった。

とは言え、何かは欲しい。
一つでも何か抜きんでたものがなければ淘汰される時代だ。
そこで僕が着手したのは工房のリノベーション。
もちろん、歴史を経た工房のカッコ良さは言葉にする必要もないのだが
もちろん、そんなものはすぐに手に入るものではない。
安易かもしれないが技術でトップを取るのは難しいが
まずは日本一クールな工房を持つ木地師にならなれるのではないか。
あとのことは後々埋め合わせしていけばいい。
そんな気持ちで工房を作った。

まずはなんでもいい。
一つでもトップを取ること。

そしてステップ2。
リノベーションと同時に僕が始めたのは自社の商品を作ることだ。
これは当然仕事がないのだから自分で作らなければいけないという
現実もあるのだが
ここもポジション取りの話だ。

ここで僕は杉の間伐材を使用した木製の鉢植えを作る。

本来木地師であれば器だ。
お椀を作ってなんぼ世界。
ただ、その世界が飽和しているのは目に見えている。
あまた世にある作家の作品はもちろん
100均のお椀まで雄叫びを上げて突進してくる。
漆器だけでなく陶器もあればガラスや金属などの強者達がひしめく
群雄割拠の戦場だ。

勝ち目がない。
埋もれてそこらへんで打ち捨てられ名も無きまま白骨化するだろう。

やめだやめだ。
お椀はやめておこう。
全く違う角度からプロダクトを作ろう。
そうやって杉間伐材で作られた「Timber pot 」は誕生した。

ここからはステップ3も関係してくる。
なぜなら目的はただ自社の商品を売ることで儲けるということだけでなく
違う角度からアウトプットし、自らそれを販売することによって
他業種や他産地からの仕事を単純に下請けとしてではなく
デザインがわかる職人として物作りの上流から関われるポジションを取りにいく、
言わば戦略だったからだ。

もちろん一足飛びに上手くいったわけではない(今だって上手くいってるとは思っていない)
おそらく僕は産地から見ると期待外れの木地師だったに違いない。
随分叩かれたし、心ない一言を浴びせられることも少なくなかったが
ブレずにやり続けた。
とにかく、バカなりに一生懸命だったのだと思う。

何事も継続だ。
やり続けるうちに僕の味方も少しずつ現れてきてくれている。
そういう方々が少なからずいるってことがわかるだけで
随分と気持ちが楽になる。

僕はその後もこうやって常にポジションを意識している。
常にというととても意識が高いような感じがするが
なんとなくやってるところがほとんどだ。

ざっくり
こっちの方向の方が良くないかな?

何か大きな流れを感じると特にそこはピリッとなる。
多くがそっちに流れると、疑ってみる。
逆サイドスカスカちゃうか?
こっちの方が綺麗な水流れてるんちゃうんか?と考えてみる。

それはどんな時でもそう。
新型コロナだって例外ではない。
また何か大きなものが現れても同じだ。
またその都度
どっちがいいか、どっちが気持ちいいかと心に委ねてみればいいだけだ。

そう、シンプルに心に聞いてみる。
今までもこれからも。

2020/6/13  ろくろ舎 酒井義夫





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