新人天使おむすびちゃん:お正月のお餅(後編)

 おむすびちゃんとゼウスはみんながどんちゃん騒ぎしている広場へと着きました。
 多くの神様と天使たちが楽しそうにお酒を浴びるように飲んでいます。
 おむすびちゃんは拡声器を取り出します。
 そしてみんなに驚いてもらうよう大きな声でしゃべりかけ始めました。
「静まれぇ!!静まれ!!静まれ!!静まれぇ~!!」
 一番騒いでいるのは間違いなくおむすびちゃんです。
 びっくりした広場にいる神様と天使たちは声がする空を見上げます。
「せっかく楽しく飲んでいるのにうるせぇなぁ~。誰だ~?」
 みんなは目を凝らします。
 しかし、頭上に誰かがいるということは分かるのですが、眩しい太陽が背になって一体誰がいるのかよく分かりません。
「おじいちゃん!!ちょっと太陽さんに雲かけて」
 ゼウスは言われた通りに太陽にちょっとだけ雲をかけました。
 これで自分たちの姿を広場にいるみんなに認識させることができます。
「ん?あれ…はっ!!」
 頭上にいる者の正体が分かった途端、広場の神様と天使たちの表情が豹変します。

 広場にいるみんなが自分たちのことを認識したのを確認して、おむすびちゃんはゼウスのお腹を触り始めました。
「広場で酒を飲む者どもよ、このたぷたぷのお腹が目に入らぬか!!」
「あわわわわわ…」
 広場にいる全ての者たちは酔いが冷めるのと同時に全身の血が引くのを感じました。
 今、自分たちの頭上にゼウスがいるということ。そしておむすびちゃんがそのゼウスにとんでもなく失礼を働いているということ。
「こちらにおわす方をどなたと心得る。恐れ多くも全知全能でお腹がたぷたぷのゼウス様であらせられるぞ!!え~い!!一同、ゼウス様の御前である。頭がたか~い!!ひかえおろう~!!」
「ははぁ~!!」
 全ての者がゼウスにひれ伏しました。そして全ての者がおむすびちゃんの行為を許してもらえるよう心から願いました。
 当の本人であるおむすびちゃんは何とも言えぬ興奮を覚えていました。
 この間、時代劇のテレビで見て、一度やってみたいと思っていたのです。夢が叶いました。
 一方のゼウスは…恥ずかしくてたまりませんでした。顔を真っ赤にして目をつむっています。今すぐにでもこの場を立ち去りたいと思っていたのでした。

 さて、掴みはOKです。おむすびちゃんは本題へと入ります。
「やいやいやい、今日ここへ来たのはお前たちに物申したいことがあったからだ。みんな心当たりがあるだろ?」
 しかし、それを聞いてもみんなキョトンとした顔をしています。
 おむすびちゃんの意図が分かりません。それはゼウスも同じでした。
 寧ろ広場にいるみんなは全知全能のゼウスに失礼を働くおむすびちゃんを注意したいくらいでした。
「う~ん、みんなすっかり忘れてるなぁ。ねぇおじいちゃん。大変だと思うけどみんなをお餅の貯蔵庫のところまでワープできる?」
「————!!」
 ゼウスはおむすびちゃんの言いたいことをなんとなく理解できました。
 そして舐めるなと言わんばかりに鼻で笑い、杖を空に掲げました。
 すると、どうでしょう。広場にいる数多の天使と神様たちが光に包まれます。
「ゼ、ゼウス様!!一体何を!?」
 そして次の瞬間!!おむすびちゃんとゼウスを含む広場にいる全ての者はお餅の貯蔵庫まで飛ばされました。

 大きな貯蔵庫に着いた天使や神たちはたじろきます。
「ここは一体…」
 おむすびちゃんが拡声器を持って答えようとした時、そこにお餅の神様が現れました。
「こんな大勢で一体どうしたの!?」
 お餅の神様は多くの神様と天使が貯蔵庫の前にいることにびっくりします。
「あ、モチ子様~!!そこの貯蔵庫の戸を開けてくれな~い?」
「モ、モチ子?それってあたしのこと?」
「そうだよ。ねぇ、みんなに中を見せてあげたいんだけど、いいでしょ?」
「別にいいんだけど…ふん!!」
 モチ子様が片手で大きな貯蔵庫の戸を簡単に開けてしまいました。みんなその力餅にびっくりします。
 しかし本当に驚いたのは貯蔵庫の中のお餅の量でした。
 みんな目を見開き、そして口を開けて驚きます。
「すごい数のお餅の量…」
 広場でどんちゃん騒ぎをしていたおむすびちゃんのである先輩の天使がつぶやきます。
 おむすびちゃんがみんなに語りかけます。
「…みんなびっくりしたでしょ?毎年人間界から送られてくるお正月のお餅がこれだけ多いんだよ」
「こりゃすげぇ数だな。これだけ毎年贈られてりゃそりゃ餅料理が続くわけだ」
 お酒好きの神様が一升瓶片手に驚いています。
「このお餅ってただのお餅じゃないことみんな分かってるでしょ?人間たちが幸せを願って想いを込めてお供えしてくれているお餅だってこと、みんな理解してるんでしょ?」
「………」
 それを言われてみんな下を俯きます。お酒ばかり飲んでちっともお餅を食べないことにやはり罪悪感があるのでしょう。
「毎年毎年、お正月はお餅料理が続いて飽きるのは分かるよ。でもさぁ、このお餅ってやっぱり食べなきゃダメだよ。天界にいるみんなで食べなきゃ。それが大切だと思うの」
 みんなおむすびちゃんの言葉になぜか胸を揺さぶられます。
 おむすびちゃんの言っていることは天界にいる者なら誰でも知っていることなのに。
 そう、誰もが知っていること。
 おむすびちゃんは当たり前のことを言っているのに過ぎないのです。
 でもなぜでしょう?おむすびちゃんからは何か大切なことを教えられているようなそんな気がしてくるのです。
「人間たちの想いを無碍にしちゃダメ!!想いには想いで応える。それが私たち天界に生きる者たちの使命だ!!だからみんなでお餅を食べよう!!」
そこにいるみんなはいつの間にかお餅を食べなきゃという気持ちになっていました。
 それは全てを知っているとされるゼウスでさえも。
 不思議なものです。全知全能と言われる神が1人の新人の天使に教えられるなんて…
 おむすびちゃんは破天荒で突拍子もない新人天使ですが、ゼウスはそんなおむすびちゃんの大ファンなのでした。

 ここで大きく声を張り上げる者がいます。
「さぁ、みんな!!今日の夕飯はお餅を入れたちゃんこ鍋にするけど、みんないくつ食べるの?」
 それはお餅の神様、モチ子様でした。
 その問いに一番に答えるのはやはりおむすびちゃん。拡声器を使わずに自分の声で大きく叫びます。
「私、5つ!!いや、6つ!!」
 それを聞いていた先輩天使が続きます。
「おむすびに負けてられないわ。お餅はカロリー高いけれど、今日はダイエットお休みね。私も6つ!!」
「やいやい、天使たちに負けてられんわい。わしゃ7つじゃ~!!」
「じゃあ俺は8つ!!」
「10!!5つ!!3つ!!」
 みんなの声を聞いてにっこり微笑むおむすびちゃん。
 おむすびちゃんはゼウスに話しかけます。
「おじいちゃん、これでみんなお餅食べてくれるかな?」
 おむすびちゃんの頭をゼウスが優しく撫でてあげました。
 モチ子様もおむすびちゃんへ近づき頭を撫でてあげます。
「おむすびちゃん、どうもありがとう」
 みんながお餅を食べてくれる気になってくれてとっても嬉しいようです。
「こりゃいつもより何倍も多く作らないといけないわね。さぁ作るわよ~!!」
 モチ子様は腕をまくり厨房へと向かおうとします。
「あっ、モチ子様!!ちょっと待って!!」
「ん?どうしたの?」
「おじいちゃんは太っているからお餅2つね!!」
「————!!」
 ゼウスはそんな殺生なという顔をします。ですが、
「オッケー!!野菜多めでね!!」
 親指をビシッと立てて厨房へ向かって行きました。
 がっかり肩を落とすゼウス。そんなゼウスにおむすびちゃんが話しかけます。
「おじいちゃん大丈夫!!おじいちゃんの分も私たちがお餅を食べるから!!」
 おむすびちゃんはゼウスに向かって親指を立てました。
「——ビシッ!!」
 そこにいる全ての者たちもゼウスに向かって親指を立てたのでした。
「なんだかなぁ~」
 ゼウスはそっと1人で呟いたのでした。
 めでたしめでたし。

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