新人天使おむすびちゃん:お正月のお餅(前編)
―1月3日—
今日も天界では朝からお餅料理が振る舞われています。
朝昼晩、全てお餅料理です。
その理由は毎年下界から億を超える数のお餅が天界に届けられてくるからです。
そのお餅は毎年鏡開きまでに全て食べ終えなければなりません。
それまではずっとお餅料理が続きます。
億を超えるお餅など途方もないように思えますが実はそうでもないのです。
天界には八百万の神々がおり、そして八百万の天使がいます。
各々が1日10個ほどお餅を食べれば、億のお餅など軽く食べることができるのです。
それでもお餅料理が続くということはとんでもない数のお餅が天界に届けられているということなのです。
お昼ご飯の時間を迎えました。
おむすびちゃんは今年に入って25個目のお餅を口の中へと運びます。
ちなみにお昼はきな粉餅です。
甘じょっぱいきな粉がお餅と上手く絡み合い口の中で踊り出します。
とってもおいしいです。
えぇ、とってもおいしいですとも…
結局おむすびちゃんはきな粉餅を3つ食べました。
朝昼晩。お餅、お餅、お餅。
そして多分明日もお餅、お餅、お餅。
今年は後何日このお餅料理が続くのでしょうか?
例年通りに行けば…後3日くらいは続きそうです。
鏡開きまでに全てのお餅を食べないといけないとは分かっていても…やはり辛いものがあります。
おむすびちゃんはふと、後お餅がどれほど残っているか気になり始めました。
羽をパタパタと羽ばたかせてお餅の神様が管理するお餅の貯蔵庫を見に行くことにしました。
パタパタパタ。パタパタパタ。パタパタパタパタパタパタパタ。
三々七拍子のリズムで羽を羽ばたかせていうるうちにお餅が保管されているとされる貯蔵庫の前にたどり着きました。
大きな大きな貯蔵庫です。おむすびちゃんもここに来たのは初めてで、これほどまで大きな貯蔵庫とは思いもしませんでした。
中を覗いてみようと貯蔵庫の引き戸に手を掛けますがびくともしません。
カギは…掛かっていないようです。ただ引き戸が大き過ぎるためにちょっとやそっとの力じゃ開けられないようです。
並みの天使ならここで諦めるのですが…というか普通はこんなところに来ません。
おむすびちゃんは並みの天使ではないのです。
どうしても残っているお餅の数が気になるおむすびちゃんは意地でもこの貯蔵庫の戸を開けることにしました。
手に唾をつけて戸にしがみつきます。そして力一杯戸を引きます。
…かすかに戸が動きそうな気配がします。おむすびちゃんの力でなんとかなりそうです。
おむすびちゃんは更に力を込めました。顔が真っ赤になり額から汗が噴き出ます。
歯を食いしばり更に戸を引きます。今のおむすびちゃんに「諦める」という文字は存在しません!!
「ブッ!!」
力むあまりに大きな屁をこいてしまいました。
周りに誰もいないとしても乙女としては少し恥ずかしいものがあります。
しかし、それでもおむすびちゃんは戸を引くのを止めようとしません。
「ゴゴ…」
乙女心を犠牲にしてまでの捨て身の頑張りによって、やっとのことで少しだけ戸を開けることができました。
これで貯蔵庫の中を見ることができます。
おむすびちゃんは頭をねじ込ませて貯蔵庫の中を覗きます。
「………」
おむすびちゃんは口を開けて茫然と立ち尽くします。
貯蔵庫の中にはまだ途方もない数のお餅が残っているではありませんか!!
まさかこれほどまでのお餅がまだ残っているとは…
「見たわね」
「————!!」
おむすびちゃんが振り返るとそこにはお餅の神様が立っていました。
ちなみに性別は男。でも多分、心は女。オネエというやつです。
「ゴゴゴゴゴゴ…」
おむすびちゃんがあれほど苦労して戸を開けたのに、お餅の神様は片手で軽々と貯蔵庫の戸を開けてしまいました。正に力餅です!!
お餅の神様がおむすびちゃんに語り掛けます。
「あなたは…おむすびちゃんよね?どうしてここへ来たの?」
おむすびちゃんはここに来た理由を隠しても仕方ないので正直に答えました。
「いやぁ、後何日くらいお餅料理が続くのかな~って。どれほどお餅が残っているのか気になっちゃって…」
いくらおむすびちゃんでも申し訳ないと思う気持ちは持ち合わせています。おむすびちゃんはお餅の神様の顔を見て話すことができませんでした。
「ふふふ、あなた正直ね。確かにそろそろ飽きてくる頃だもんね。そうねぇ、今年はお餅の減りぐらいが遅いから後1週間は続くかしら?」
「えっ!?1週間?」
鏡開きは早いところで1月11日。
今日は3日なので食べ終えるのに後1週間掛かるということはかなりギリギリになってしまいます。
「こうやって毎年お正月はお餅料理が続くでしょ?やっぱりあまり食べない神や天使がいるのよ。そんな輩が今年はちょっと多いみたい。困ったものよね」
お餅の神様はしょうがないという感情と呆れたという感情が混ざったような表情をしています。
まぁでも後1週間もお餅料理が続くと思うと、正直気が滅入ります。
お餅の神様はおむすびちゃんから貯蔵庫のお餅の方へと視線を変えます。
「それにしても人間たちってさぁ、毎年毎年まぁ忘れることなくお餅をお供えしてくれるわよね。私たち神がうんざりするほどの膨大な数のお餅をさ」
お餅の神様はうっすらと笑みを浮かべます。
「でもこれって、人間たちが私たちのことを信じてくれている裏返しなのよね。だって人間たちが私たち神のことを信じてくれていなかったらこんな量のお餅をお供えしないはずだもん。このお餅は人間たちが私たちのことを信じてくれている証なのよ」
おむすびちゃんもお餅の方へと目をやります。目に映るのは途方もない数のお餅です。
お餅の神様は話を続けます。
「うんざりするほどの量のお餅。でもこのお餅一つひとつに想いが込められていると思うと…無碍にはできないでしょ?」
お餅の神様の話を聞いて、おむすびちゃんは自分の中で感情が湧き起こるのを感じました。
うんざりする量のお餅には変わらないのですが、何かこう胸が熱くなってくるのは気のせいでしょうか?
「みんなも本当はこのお餅の大切さ分かっているのよ。でも毎年当たり前のように続くからそのありがたさをちょっと忘れちゃっているのよ」
お餅の神様がそう言い終えるのと同時におむすびちゃんは自分の頬を両手で強く叩きました。
「よっしゃー!!」
「なになに?どうしたのおむすびちゃん?」
おむすびちゃんはニヤリとした表情でお餅の神様の方を向きます。どうやら何やら思いついたようです。
「ちょっくらやることができたんでこれで失礼しやす」
おむすびちゃんはお餅の神様に頭を下げると、天使の羽を出し、ものすごいスピードで飛び立ってしまいました。
「………」
一瞬で空へと消えてしまったおむすびちゃん。
お餅の神様はおむすびちゃんが消えていった方向の空をしばらく見上げていたのでした。
思い立ったが吉日。この言葉はおむすびちゃんのために存在しているような気がします。
おむすびちゃんがこれからしようとしていること…それはみんなにお餅を食べてもらうことです。
人間たちが1年の幸福を願って供えたお餅。
食べたい奴だけが食べればいい?そんなのダメです!!
幸せを信じて願う人間たちの想いに応えてあげるために私たち天界の者が全員でお餅を食べてあげることに意味があるのです。
何としてでもみんなにお餅を食わせてやる!!
おむすびちゃんはその決意をもってあるところへ向かっていました。おむすびちゃんはぐんぐんとスピードを上げます。
あまりのスピードのため唇がぷるぷると震え出し、髪の毛や皮膚が後ろへと引っ張られるほどでした。
ここは天界のみんなが知らない秘密の場所。
そこで気持ちよく寝息を立ててお昼寝をしている者がいます。
何か素敵な夢でも見ているのでしょうか?
「おじぃーちゃーーーん!!」
遠くからどこかで聞いたような声がします。
気持ちよくお昼寝していたのは…ゼウスでした。
おむすびちゃんが猛スピードで向かっていた場所とはゼウスのいる場所だったのです。
しかしゼウスは不思議でした。この隠れ家の場所は誰にも教えていません。
それなのに…なぜおむすびちゃんはこの場所を知っているのでしょう?
そんなことを考えている間にも「おじいちゃん」と呼ぶ声がどんどんと近づいてきます。
ゼウスは起きようとしたのですが…そのまま居留守を使うことにしました。
なに、大丈夫。家の扉には鍵が掛かっているのですから。
「バリ―――ン!!」
あぁ、忘れていました。おむすびちゃんは想像の上を行く存在であることを…
普通は扉から家の中へ入って来ます。
サンタクロースは煙突から家の中へ入って来ます。
そしておむすびちゃんは…窓を蹴破って家の中へ入って来たのでした。
おむすびちゃんの体には無数のガラスの破片が付いていますが、それを気に留めることなくゼウスに話しかけます。
「おじいちゃん、何のんきにお昼寝しているのよ!!さぁ行くわよ!!」
ゼウスはおむすびちゃんに有無を言わさず叩き起こされ、外に連れ出されてしまいました。
そしてまた物凄いスピードで飛び立って行くのでした。
つづくぅ~。
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