お正月のお餅(後日談)

「今年も無事に鏡開きまでに全部お餅を食べ終えることができたわねぇ」
 空っぽのお餅の貯蔵庫を見て安堵の表情を浮かべるのはお餅の神様。
「お疲れ様でしたモチ子様」
 頭を下げるのはお正月のお餅料理を作るのを手伝う一人の天使。
「あらっ、あなたも私のことモチ子って呼ぶのね」
「あ、ごめんなさい。おむすびのがうつっちゃった」
「ふふ、いいのよ。私も気に入っているから。モチ子って名前」
 お餅の神様の性別は男。でも心は女。そう、お餅の神様はオネエです。
 そのため、おむすびちゃんはお餅の神様のことを「モチ子」と呼ぶようになったのです。
 どうやらそれがみんなにも広まったようです。
「毎年、このお餅の貯蔵庫が空っぽになったのを見るとほっとするわ。みんなにとってお正月はのんびりできるかもしれないけれど、私にとってお正月は1年で最も忙しくて緊張する時期なの」
「今年はちょっとペースが遅くてひやひやしました。おむすびの行動はファインプレーでしたね」
「ほんとそうよ。おむすび様々よ」
「あの子一生懸命お餅食べていたからきっと今頃お口直しに他の物を食べているんでしょうね?」
「ふふ、きっとそうね」
 モチ子と天使はおむすびちゃんのことを思って空を見上げるのでした。

 モチ子と天使の言う通り、おむすびちゃんは何かおいしい物を食べようとしていました。
 ただ、おむすびちゃんはいたのは天界ではなく下界だったのです。
 そうです、長く続いたお餅料理に解放された今、おむすびちゃんはご飯を食べに下界に降りてきたのです。
 なぜわざわざ下界に?と思った方がいるかもしれませんが、天界と下界では、基本下界の方が料理はおいしいのです。
 それは人間の食を楽しむという欲求が料理の質を日々向上させているからでした。
 おむすびちゃんは少しでもおいしい物を食べるため下界にやってきたのです。
 おむすびちゃんは贅沢の限りを尽くそうと思ったのですがそういうわけにもいきませんでした。

 ―1時間前―
「ちょっと!!何よこの100G (ゴールド:天界のお金の単位)10円って!!どれだけG安円高なのよ!!」
「わしに怒るな。しょうがないじゃろ市場が不安定なんじゃから」
 外貨両替所でおむすびちゃんがそこの担当の老天使に掴みかかっています。
「いつも100G=100円でしょ?10倍じゃない!!」
「だったら下界に行くのを止めたらいいじゃないか。みんなこの為替相場で下界に行くのを止めておるんじゃ」
「そういうわけにはいかないのよ。私には、私には…行かなきゃいけない使命があるの!!ねぇ、なんとかならない?」
「そう言われてもなんともならんな。まぁ一時的なものだから…すぐに円は下がるが思うんじゃが」
「くっ…」
 おむすびちゃんは両腕を組んで悩みます。
 今日は下界に行くのを諦めて大人しく天界でご飯を食べようか?
 別に天界だってご飯はおいしいのです。
 でも、でも、でも、下界はもっとおいしい食べ物がある。
 しかしこれほど円高だと下界に行ったところで高級料理屋に入ることもできません。
 それでも下界にご飯を食べに行きたい。
 おむすびちゃんは苦悶の表情を浮かべ悩みに悩みました。
「えらい苦しそうな表情をしておるが、どうるんじゃ?」
「————ドン!!」
 おむすびちゃんは外貨両替所の机に50000Gを叩きつけます。
「行くわ!!下界!!5000円に両替してちょうだい!!」
「ほ、ほんとか?おむすびちゃん本当にええんか?」
「いいわ、両替してちょうだい!!乙女に二言は無いわ!!」
 おむすびちゃんは5000円を受け取り、下界へ向かったのでした。

 ちなみに天界のお給料は毎月25日に支払われます。下界と同じです。
 おむすびちゃんはまだ新人です。月にもらえる給料は185600G。
 金は天下の回り物。おむすびちゃんは貯金など一切しません。毎月あるだけ使います。
 そんなおむすびちゃんにとって50000Gを出すのは苦渋の決断だったのです。

 そんなこんなで下界に舞い降りたおむすびちゃん。
「何が何でもうめぇもん食ってやる!!」
 断固たる決意を持っていたのです。

 さて、今日は下界で食事をするわけですから透明ではいられません。
 それにいつものTHE天使!!というような白い恰好をしているわけにもいきません。
 おむすびちゃんは人間の女の子らしい恰好に変装しました。
 ニットのセーターにタイトスカート。それにダッフルコートを羽織ればバッチリです!!
 人間たちは誰もおむすびちゃんが天使だと気づきません。
 これで胸を張ってお店の中へ入れます。

 おむすびちゃんはどのお店で食べようかしばしば町の中を歩きます。
 牛丼屋で牛丼を思いっきり口の中へ掻きこむのもいいですが、それだと1000円で十分です。
 5000円も持っているのですからもう少しいい物を食べてもいいじゃありませんか。
 おむすびちゃんはしばらく歩いてついに食べるお店を決めました。
 おむすびちゃんが選んだお店…それはロイヤル大蔵省でした。
 ロイヤル大蔵省はファミレスです。
 ですが他のファミレスより若干値段が高めに設定されています。
 だって「Royal」、宮廷ですから。そして大蔵省。これで安いわけがありません。
 でもそこまで高級とまでは行きません。ちょっとしたご褒美に食べるにはもってこいの場所です。
 おむすびちゃんが今年最初のお餅以外の食事をするにはもってこいのお店だと、意気揚々とお店の中へと入って行きました。

「いらっしゃいませ~!!」
 笑顔が素敵な女性店員さんがおむすびちゃんを迎えいれてくれます。
「お客様は1名…あ、2名様ですね。ご案内いたしまーす!!」
「————!!」
 おむすびちゃんは後ろを振り返します。
 そこにいたのは…ピースサインをするゼウスでした。
「…なんでおじいちゃんがいるの?」
 なぜゼウスがここにいるのか?
 そうです、ゼウスはおむすびちゃんの後を付けていたのです。
 ゼウスもお餅料理から解放されて何かおいしいものを食べたいと思っていたのです。
 何かおいしい物を食べようと天界をふらふらしていた時、ちょうど外貨両替所にいるおむすびちゃんを見つけてピンと来て後を付けていたのでした。
 ゼウスはまぁまぁという顔をしながらおむすびちゃんの背中をぽんぽんと叩き、一緒に席へ案内されるのでした。

「メニューはこちらになります。ご注文が決まりましたらそちらのボタンでお呼びください。失礼します、ごゆっくりどうぞ」
「はい、ありがとうございまーす」
 おむすびちゃんとゼウスはメニューを眺めます。
 メニューを開くとおいしそうな料理の写真がいくつも載っています。
「うわ~、おいしそう」
 思わずよだれが出そうになるおむすびちゃん。見ているだけでも心が満たされていきます。
「———うっ!!」
 しかし、料理の写真の横に載っている値段を見ると現実に戻されます。
 さすがロイヤル大蔵省。結構な値段がするではありませんか。
 加えてG安円高の影響を受けているおむすびちゃんは表記値段の後ろにさらに0が一つ付くのです。
 慎重に選ばなきゃいけません。
 しばらくメニューとにらめっこして何を食べるか決めました。
「おじいちゃん、決まった?…うん、店員さん呼ぶわね」
「——ピンポン!!」
「はい、ご注文お伺いしまーす」
 先ほどの女性店員さんがおむすびちゃんの元へ注文を聞きに来ます。
「え~っと、私はクラブハウスサンドで」
「はい、クラブハウスサンドですね。え~っとそちらのお客様は…」
 ゼウスはメニューに指を差します。
「はい、和牛すき焼き御膳でございますね」
「————!!」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってもらえますか!?」
 おむすびちゃんはびっくりします。
 和牛すき焼き御膳。それはなんとまぁ、メニューを開いた最初に載っている季節限定のロイヤル大蔵省押しのメニューです。
 それを躊躇なく選ぶなんて。
 やはりゼウス、侮れません。
 定番メニューのクラブハウスサンドも十分美味しいのですが、おむすびちゃんも負けていられません。
「ごめんなさい、クラブハウスサンドを止めて和牛ステーキ御膳にしてください」
「はい、クラブハウスサンドをキャンセルで和牛ステーキ御膳ですね。ご注文を確認させていただきます…」
 おむすびちゃんは鼻息をフンフンしながらゼウスをみます。
 ゼウスもやるな!!という顔をしておむすびちゃんを見ていました。

 しばらくすると、料理がおむすびちゃんたちの元へ運ばれて来ます。
「お待たせいたしました~、和牛ステーキ御膳にこちらが和牛すき焼き御膳です。ご注文は以上でおそろいですか?…はい、それではごゆっくりどうぞ~」
 おむすびちゃんの目の前には鉄板の上で和牛ステーキがジュージューと音を立てておむすびちゃんを魅了してきます。
 そしてゼウスの前にも濃い目に味付けされたであろう和牛すき焼きがゼウスを魅了してきます。
 おむすびちゃんもゼウスも食べる前から和牛にテクニカルノックアウトされてしまいました。
 今度はよだれを止めることができず口からダダ洩れでした。
「いただきます!!」
 周りに配慮することなく大きな声で挨拶をしておむすびちゃんたちはそれぞれ和牛を口の中へ放り込み、そして白いご飯を掻きこみました。
「おいしぃ~」
 おむすびちゃんから発せられた言葉はたったそれだけでした。
 だらだらと解説するような味の説明は不要です。
「おいしい」という言葉とおむすびちゃんの恍惚な表情が全てを物語っていました。
 おむすびちゃんたちは会話することなく黙々とご飯を食べ続けました。

「はぁ~、おいしかった。ごちそうさまでした」
 お腹も心も満たされたおむすびちゃん。
 やはり下界にご飯を食べに来て大正解でした。
「おじいちゃんも食べ終わったね。じゃあ行こうか」
 席を立ち、レジへ向かいます。
 レジへ向かう途中、おむすびちゃんはあることに気が付きます。
「あれ?私、おじいちゃんと食べに来たから、もしかしてごちそうしてもらえるんじゃない?えっタダじゃん!!」
 5000円をそのまま外貨両替所に持っていけば、手数料は取られますがお金はほとんど戻ってきます。
 おむすびちゃんは小さくガッツポーズをしてレジの店員さんにレシートを渡します。
「はい、お会計ですね。全部でちょうど5000円になります」
 おむすびちゃんは後ろを振り返りながらゼウスに話しかけます。
「おじいちゃん、ごちそうさ————!!」
 後ろを振り返ると、ゼウスは両手をおむすびちゃんに合わせていました。
「ちょ!!おじいちゃん!!お金持ってきてないの?」
 ゼウスは舌を出しながら自分の頭をコツンと叩きます。
「ん゛ん―!!」
 おむすびちゃんはポケットに入れていた5000円を店員さんに渡します。
「はい、5000円ちょうどいただきます」
「ご、ごちそうさまでした」
「こちらレシートです。ありがとうございます。またどうぞお越しくださいませぇ~」
 おむすびちゃんとゼウスは店員さんの素敵な笑顔を見ることなく足早にお店を後にします。
 ゼウスはお店の外に出るとすぐに透明化し、逃げるように天界へと帰って行きます。
 それをすぐさま追いかけるおむすびちゃん。
 ゼウスの背中を見ると「ごちそうさま」という文字が書かれた紙が貼ってあるではありませんか。
 完全にバカにしています。
「じじぃー!!待ちやがれぇー!!」
 おむすびちゃんもゼウスも元気に天界へと帰っていくのでした。
 めでたしめでたし。

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