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ロコたろうと学校

 保育士資格を取得するまでは数日に一度公開していたのから比べたら、だいぶ投稿頻度がゆっくりになっています。ご無沙汰しております。
 私が住むところ、桜が3月中にかなり開いてしまい、さて、上の子の入学式までもつのかしら? というぐらい。3月末のうちにきょうだいそろって毎年同じ桜の木の下で写真を撮っておくのが、恒例行事。今年も果たすことができました。

ここがヘンだよ!?

こっ、細かっ!

 さて、前述のとおり。この春、2016年生まれの上の子が小学生になる。それに際して1月末ごろから入学説明であったり、書類や口座開設、制服を買いに行ったり、小学校入学ということは保育園卒業もあり、締め切りや行事に常に追われている感じだった。
 もしかしたら、そんなに大変でなかったのかもしれないけれど・・・。私は大変だと感じた理由としては、
 
・持ち物の規定が細かい。
 筆箱の形に始まり、鉛筆の濃さ、定規の長さ、消しゴムの色味まで。定規や鉛筆、消しゴムなどは「キャラクターものは避けるように」との指定があり、これはまだ、「遊んでしまうから」という理由は・・・、まあ何とか。けれど、鉛筆の濃さが、書き方用の4B と通常授業用の2Bと指定。

 濃すぎん?
 あまり濃いと、かえって手でこすって黒くならない? 通常使用と書き方用と、濃さが異なる理由は?
 
 消しゴムの色味の指定。キャラものを避ける理由は、まあわかったよ。でも、色までなぜ? 定規も、15cmで、って12cmじゃあかん理由は?(これについては、友人より、「ノートの端から端が、だいたいこのぐらいだから、じゃない?」との説あり)
 
 他の文具についても、「それでないといけない理由は?」と尋ねたくなるのを、ぐっとこらえて、その後の説明を聞き続けた。
 
・袋のサイズも細かい
 もうひとつ細かいなと思ったのが、「諸々を入れる袋のサイズ」。まず、5種類ある。給食1、給食2、体操服、靴入れ、これらを入れる大きいもの。このうち給食1と給食2は大きさが異なり、給食2と体操服は同じ大きさだけど紐の長さがちがう。この3つは全長で何cmと指定がある。そしてよく見たら袋部分も○cmと指定付き。フックにかけたときに下につかないように、とのことなのだけど、それなら袋部分の大きさを1の位まで指定する必要があるだろうか?
 
 ここで気になったのが、こういった袋を「買う」人にとって、この細かい指定のものが都合よくそろうのだろうか? ということ。私自身、年1回のミシン稼動チェックの意味も兼ねて、雑巾やこういった袋などは自分でつくりたいほうなのだが、それが無理だなと判断すれば、既製品を買うことも視野に入れてはいる。だから全部買うというのも、私の中では選択肢のひとつだ。もしかしたら3年後、下の子のときには、つくるという選択肢がなくなっているかもしれない。
 ここまで細かい数字を出されるということは、それに従ってくれという無言の圧力だと思うのは、私の勘繰りすぎだろうか。 
 
・さんすうブロック
 1年生のあいだにお世話になるものに、算数セットなるものがあった。時計や数え棒、ブロックなど、算数の勉強に使う(であろう)ものが一そろい入っていたものだ。カッコで「であろう」としたのは、私たちの時代は算数セットでも使わないで終わるものが半分ぐらいあっただろうか、ということから。
 それを鑑みてか? 上の子は、算数ブロックを購入するよう指示があった。これを購入できるのは、ある特定の店だと言う。
 ああ、制服とか文具とか販売しているような地域のお店があったな。そういうところで取り扱っている物なら、まあ確実だよねとは思った。
 が、気になったのは、ここから。算数ブロックは「○○商店(特定の店)で扱っているものと同じもの」。
 
 えっと・・・。同じでなければいけない理由は?
 1年生の途中で、他都道府県から転校してくる子にも、同じことを言います??

私が天邪鬼なのは承知の上で

 なんでそんなに細かいところにこだわる? と思う方もいるのかもしれない。でも私は、ものすごく気になって仕方がない。あるいは私の関わる先を知っていて、「フリースクールに携わるヤツは、どうせ学校に対しては否定的なんだろ?」と思われる・・・、のかもしれない。
 一応、この件に関して。私は、学校も、フリースクールも、どちらも良し悪し備えていると思っていて、だからどっちが良い(または悪い)と決めることはできない。それにもし学校に本当に否定的なのであれば、子どもを学校に通わせるということはしていない。と、言い訳に聞こえてしまうかもしれないが、お断りをしておくとして。
 
 ここには、「同じこと」に対する同調圧力がもたらす私自身の苦い経験も関係しているのかな、と思う。

転校先で

 私は小学校で転校経験がある。父の転勤に伴うもので、県をまたいでの引っ越しだった。
 当然、学校の備品としてあるものが私にはなくて、だから代わりのものを使ったりしていたが、これが格好のネタになる。
 指定の無地の道具箱をふたと箱部分に分けて、机の中に引き出し状にして使っていたのだが、私だけその道具箱は、幼稚園のときからのプラスチック製のもので、「おどうぐばこ」としっかり描かれている。
「ロコたろう(実際は本名)の引き出し、おどうぐばこだって!」
と、クラスの男子からのからかいの対象になり、当時音楽の授業で習っていた歌の替え歌にされたり。
 また、方言をしゃべることができないのも、「変な言葉づかいをしている!」と、みんなと違う点を次から次へと取り上げられ、「あいつはおかしいやつだ」という空気がどんどんつくられて。
 軽微ではあったかもしれないけど、こうしていじめって起こるんだなという例を、私は経験している。

「みんなと同じ」ばかりがいいのか?

 そんなこともあって、私は過度な同調圧力には、ちょっと敏感なのかもしれない。かといって、じゃあみんなバラバラでいいのか?  というのも、ちょっとちがうと思っている。中途半端、曖昧かもしれないが、一定のルールは必要だし、過度なものである必要もない、と思っている。
 どちらの場合でも、本当にそのルールは必要なのか? そう考えることは、必要だと思っている。
 もし、袋のサイズなどが「昔からそういうふうに決められていますので」というだけが理由なのであれば、もしかしたらそのルールは必要かそうでないか、考え時なのかもしれない。
 
 文句ばかり言っていないで、じゃあ実際に言えばいいじゃないか、と思われるだろう。うん、私だってそうしたい。でもそれ以上に「これだからフリースクールの人は」と、冗談でも本音でも、言われることを何としてでも避けなければと思うと、なかなか言い出せない。小心者な自分にイライラする。もっと自分に勇気がほしいなとも思うけれど、学校とケンカをしたい訳ではないから、とりあえず最初は黙っていることにしよう。他人の顔色を伺ってばかり! ああ、やっぱり小心者だ・・・

とりあえず小学生の母、がんばります!

 すでに頭が痛い小学生の母。この先も、なんとかやっていきます。いや、やってかな進まへん!
 
 というわけで、今回はモヤモヤを記録する投稿となりました。離れてみてわかる「それってどうなの?」。これからも色々と出てくるかもしれません。その都度、うまいこと折り合いをつけるなどして乗り越えていきたいと思います!


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