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この異世界は、異世界じゃない〜第十六話〜

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➖遠的と通し矢➖

「影沼……遠慮しておく」

「残念だったな、これは命令だ!」

 命令か……痛いの嫌だけど、あとで治癒も出来るし、気が済むまでボコられて……いや、【ヤチホコ】である影沼の指示ということならアレを試してみてもいいかもな。

「オレの専門は「弓」なんだが勝負しないか?」

「ふん、オレは【ヤチホコ】だぞ。当然、弓も一流なんだが、弓なら勝てるとでも思ったか?」

「まぁ、お前くらいなら勝てそうかなぁ……と思って」

「ハァ!?この【ヤチホコ・ハヤト】様に向かって舐めた口きいてるなぁ、結城旭!」

よし、乗っかってきた。これで痛い目に遭わずに済むぞ!あとは……

「出来れば【スサノオ・ゲントク】様の前で勝負したいんだが、可能なのか?」

「テメェ……どこまでも無礼なヤツだなぁ!そんなことが許されるはずないだろうが!」

 激昂した影沼の両腕に胸ぐらを掴まれる。殴られる覚悟で言った旭がグッと目を瞑ると……

「いいんじゃないかしら。その勝負受けても」

豪奢な着物に身を包み、壇上の高い位置から声がする。辺りが静まると、皆が彼女のほうを見つめている。

 ここで登場か……漆原紫苑うるしばらしおん……玄徳先生の孫

 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢

「旭……お前は、「強弓」を引けるか?」
「強弓というと、30キロ以上ですか、玄徳先生」

「そうだ、「通し矢」をやってみろ」

「通し矢!?……ですが、僕に30キロ引ける筋力は無いです。筋トレしないと……」
「弓を引く筋力は、弓を引いてつけろ!無駄な筋肉などいらん」

「は……はい!」

 一般的に弓のつるの重さは15キロ以下、30キロの重さを引くことは、現代の弓道ではほとんど無い。しかし、「通し矢」では30キロでないと不可能だと言われている。

 通し矢……京都蓮華王院(三十三間堂さんじゅうさんげんどう)で、本堂の軒下(長さ約121メートル)を、南から北に矢を射通すこと。通常の弓道では的までの距離は28メートルであり、弦の重さは12キロもあれば充分だ。

 さらに、弓道における遠的えんてきでは60メートルだが、天井に制限がないため山なりに射線を通すが、弓術の「通し矢」では軒下で行うので天井が存在する(約5メートル)……よって直線的(ライナー)で的まで届かす必要がある。しかも121メートル先までだ。

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「旭……これほどの重さの弓を引くと、チカラの入れ方次第ではすぐに破損させてしまうことが多い。しかし、お前は何事もないように上手く引く……素晴らしい技術を身に付けたな。わたしはお前を、いずれ「鎮西ちんぜい」として迎え入れたいと考えている。おい!紫苑よ、こっちに来い」

「はい!お爺さま……」

「孫の紫苑しおんだ。私の娘の子だから「漆原うるしばら」という」

「漆原紫苑です。結城さま」

「ど……どうも」

「どうだ。ちょうど同い年らしいじゃないか。旭……紫苑……将来を考えていく上で、お互いを意識してみないか?」

「まぁ、お爺さまったら!気が早いですわ、わたくしたち、まだ15歳ですよ。ですよねぇ、結城さま……いえ、旭さま」

「――?そ……そうだね」

「そうだ!わたくし、旭さまと同じ高校を受けてみようかしら」
「――え?でも、そんな理由で進路を?」

「そんな理由ではないですわ。将来を共に歩むかもしれない方と、同じ道を歩むのですよ」

「それはならんぞ、紫苑。自らのレベルを人に合わせるなぞ愚か者のすることだ。お前は常に高みを目指せ。そのほうが母親も喜ぶ」

「……はい、お爺さま……」

「旭よ、紫苑と仲良くしてやってくれ」
「よろしくお願いします、旭さま」

「えっと……はい。よろしくお願いします」

 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢

「し……紫苑さま。では、【スサノオ・ゲントク】様も見て頂けるのですか?」

「当然ですわ!わたくしのほうからお願いしてあげるから、それまでに準備しなさい」

「「はい!」」

 キタ!こっちの紫苑は、かなり立場が上なんだな。玄徳先生にお願い出来るなんて、ずいぶんと可愛いがられているんだな……前の世界では、そんなこと出来るような雰囲気ではなかった。

 むしろ、言いなりというか。命令は絶対だったもんな……

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 的までの距離ざっと50メートルか……弓は……強弓
、充分だな。弦は……30キロ以上ある、けっこう重い。影沼はわざと俺に重い弦を持たせたようだ、ニヤけた顔が視界に入る。

 ヨシ!「ゆがけ」もちゃんとあるんだな。

 ゆがけ……弓の弦を引くときに使用する革製の手袋

【ヤヲヨロズ】は、もともと袴のような格好だから、身が引き締まる……ふぅ。

「ひ弱なお前に、それが引けるのか?」

挑発するような影沼の表情を見て、とりあえず無視をする。弓は自分との戦いだ……相手の挑発は無視することが、相手への挑発にもなる。

「ちぃ!緊張で声も出ねぇ〜のか?」
「……」 
 影沼の言葉では旭の心は乱れない。

模擬戦は一時中断。【スサノオ・ゲントク】が壇上で二人の勝負を見つめる。脇に立つ紫苑もまた薄ら笑みを浮かべているようだ。

 新人のサルタ達も、ヤチホコ・ハヤトの射技が見れると、憧れを見るように固唾を呑む。

 先攻……【ヤチホコ・ハヤト】の一射目。距離50メートルの「遠的」、的の大きさは通常100センチだが、「近的」用の36センチが使用されている。

 どよめく観衆、先程までは静まり返っていたが、あまりにも的が小さいことで周囲からは「いくらなんでも無理だ」という声が飛び交う。

 ヤチホコ・ハヤトから、ただならぬ闘気が発する!

周囲のざわつきすら掻き消すほどの殺気!そして迫力のある「斜面打起こし」……鋭い眼光が50メートル先の的を見据える!

 「斜面打起こし」とは……弓を的の方向に斜めに構え、矢の先が少し下がった状態で少し押し開いて、額の高さまで打ち起こして、引き分けていく射形。

 やや、上向きに矢を放つ!

 ビシュッ!空気を切り裂く矢が、綺麗な放物線を描き的を目掛けていく!

 タ〜ン!と的中の音が響く……

 ドッと、沸き立つ観衆の声。スサノオ・ゲントクに一礼してドヤ顔でこちらへと歩み寄って来る。

「さすがね!」と紫苑の言葉にもヤチホコ・ハヤトへの信頼がうかがえる。紫苑からすると、サルタ風情がヤチホコに逆らうな、という警告だったのだろう。

 そう考えると、この悪質な政治を行なっているのは……紫苑だな。こっちの玄徳先生の性格は知らないがさっきの演説を聞く限り、「増税」で民を苦しめているとは到底思えない。

 だったら、なおさらこの勝負には大きな意味がある。こんな距離じゃ足りない…
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