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月刊ボランティア情報2010年11月号・市民文庫書評『<働く>ときの完全装備』橋口昌治他著 『<働く>ときの完全装備~~15歳から学ぶ労働者の権利』橋口昌治・肥下彰男・伊田広行著 解放出版社 定価1600円+税

月刊ボランティア情報2010年11月号・市民文庫書評『<働く>ときの完全装備』橋口昌治他著
『<働く>ときの完全装備~~15歳から学ぶ労働者の権利』橋口昌治・肥下彰男・伊田広行著 解放出版社 定価1600円+税

評者 白崎一裕

以前、私塾をやっていたときに、中学3年生の生徒から「将来のことなんか聞くな!」と言われたことがある。その生徒にとって何のイメージもなく展望もない「将来」は、抑圧以外の何者でもなかったのである。このとき、評者は学校教育とはいったい何なのだろうか?と強い疑問をもった。子どもたちは、学校で「将来のために」というお題目で勉強させられる。しかし、その「将来」とは労働市場になげこまれ社会の部分品となり、消耗品として廃棄される存在として扱われるのだとしたら、まさに「将来」は抑圧ではないか。いまや、学校教育は1990年代以降進行した労働市場の変容に対応していない空虚な内容を教え込むと共に経済原理から要請される人材分配機構に成り下がっている。

しかし、本来、公教育とは、ひとびとが自らつくりあげた法による権利と義務の下に社会を成立させていく堂々たる「市民」を養成するものであったはずである。また、教師は、法の精神を実現する存在としての市民のありかたを、生徒たちとの対話の中から導き出していくファシリテーターであるべきだろう。本書は、「本来の」公教育のありかたを実践し法の精神を身につけた市民でもあり労働者を、社会へ送り出すための実践的教科書である。

副題に「15歳から学ぶ労働者の権利」とあるように、中等教育終了後からすぐに必要となるであろう「労働基準法」「労働組合法」などの労働関連法とセーフティネットとしての「生活保護法」をセットで学ぶことができる。教材は、「知識」を単に覚えるということではないようにということで「ロールプレイ」(ドラマ教育)の方法がとられていて、具体的な労働現場で遭遇される事例に演劇的に参加できる問題解決学習の構成となっている。ロールプレイ編には「未払い賃金を取り戻そう」「派遣は何でも屋じゃない!」「セクハラを許さない職場に」「団体交渉をやってみよう」「雇用保険をちゃんと使おう」「生活保護のことを知っておこう」等々の12場面が登場する。それぞれ「教師用解説」が付さ
れていて明晰な法や制度の本質が説明されている。本書は、15歳からとなってはいるが、この教師用解説も含めてすべての大人のための市民教育テキストとして最適なものとなっている。

経済危機が悪化するなか新自由主義的政策が蔓延し、正規・非正規を問わず労働者が使い捨てにされる現在だからこそ、労働現場を変革し人間の尊厳ある暮らし方を擁護するために本書をぜひお読みいただきたい。「今を生きる若者に伝える必要があるのは、労働者としての権利、すぐに使える自衛と連帯の方法」(本書P10)。すべての大人はこの言葉を深く心に刻む必要があるだろう。

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