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市民文庫書評『教育と格差社会』佐々木賢著

〇 以下は、「ボランティア情報2009年6月号収録」(とちぎボランティアネットワーク編集・発行)

『教育と格差社会』佐々木賢著 青土社 定価1600
円(税別)
評者 白崎一裕(那須里山舎)

教育に良い教育も悪い教育もない、教育は、現実の矛盾
を覆い隠し教えられる人を抑圧する装置だ。このような
分析から著者は、以前から「教育無化論(教育という行
為を批判する論理)」を唱えて、左右のイデオロギー論
争、教育行政や教育技術のマニュアル的議論が蔓延する
「教育論壇」に新風をおくりこんできた。それも、浮世
離れした「評論家」論議ではなく、定年にいたるまで定
時制高校、それも「底辺校」とか「教育困難校」という
レッテル張りをされる学校の教師をしながら「現場から
」の思索を著作というかたちで発表してきたのだ。以前
、著者は、ある講演会で「私は、学校や教育を拒否し、
忌み嫌う子どもたちの代弁者でありたい」と述べていた
。「教育無化」という論理は、まさに、その「代弁の論
理」であろう。
 本書は、その「教育無化」の論理を、現在の「格差社
会」「貧困」問題と絡めながら論じた力作である。現実
の教育活動(ここでいう、教育とは、著者の定義にした
がって「資格をもった教師が生徒に資格を与える営み」
とする)は、教養や愛国心や道徳や正義などを教えるも
の(白教育という)と、良い就職口やそれに有利な学校
歴やそれにともなう階層上昇を求める(黒教育という)
という二重構造をもっている。そして、実は「黒教育」
が多くの庶民にとっては関心事であり、その現実を抜き
に教育の理想論をかたっても何の意味もなく、その「黒
教育」の実際を直視することが重要なことなのだ。たと
えば、著者が例としてあげるA君の例をみてみよう。最近
は、専門学校でも通信制を併修すれば、四年生大卒の資
格が得られる。それをA君は、真面目に勉強し「経営学士
」の資格を得て家電大手の量販店に就職した。しかし、
そこでは、朝から晩まで挨拶の練習のみをさせられ、商
品知識や営業の研修などなかった。そして、その職場で
は一人の店長を除いて70人もの従業員が数年間で離職
するというのだ。こういう先の見通せない不安定な職場
が若者を中心に蔓延している。この状況は正社員も派遣
もフリーターも同じ構造をもち、実は、それらの境目が
きわめて曖昧になっている。こういう状況で「大卒」と
いう教育資格は、いったいどういう意味があるのだろう
か?また、グローバル化により金融資産を1憶2000
万円以上持つ富裕層A層があり、年収800~1000万
円のB層があり、年収300万円前後の多数派C層があり
、そして、失業・無業者のD層がある。これらの階層は固
定化してきていて、C層やD層の若者は学校で勉強しても
、それが将来につながる実感がない。教育は、こういう
現実を目くらましのようにみえなくさせる幻想をふりま
くだけの活動となっているのだ。
 本書は、このすさまじい「格差」「貧困」のまえに、
社会全体が「教育の目的」を見失っていると結論づける
。まずは、この若者の現状を具体的に変える社会をつく
ることだ!
著者は、そう強く主張しながら、実は、そこにこそ「教
育再生」があることを暗示しているように思える。

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