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市民文庫書評『負債論~~貨幣と暴力の5000年』デヴィッド・グレーバー著 以文社 酒井隆史監訳 高祖岩三郎・佐々木夏子訳

●以下の文章は、とちぎボランティアネットワーク機関誌「ボランティア情報・2017年7月号に掲載したものを修正したものである」

『負債論~~貨幣と暴力の5000年』デヴィッド・グレーバー著 以文社 酒井隆史監訳 高祖岩三郎・佐々木夏子訳 定価:本体6000円+税

評者 白崎一裕(那須里山舎)

 お金とは、借金の歴史であり、お金(負債)が経済を回している!このように言われると皆さんはどう思うだろうか。
 そもそも、お金とは何なのだろうか。太陽や空気や水と同じで、なくてはならないものなのにその正体を深く考えたことがない。そんな存在ではないだろか。著者のグレーバーは、このお金と人間の歴史の絡み合いを膨大な歴史・人類学的証拠から紐解いていく。まず、お金は、そもそもどのようにして発生したのか。常識ではこう考えられている。大昔にモノとモノを交換する物々交換が始まりお互い欲しいものを交換し合った。しかし、お互いの欲しいものが一致しない場合もある、また、お互いの交換条件が合わないこともある。何かと不便だ。そこで、交換するときの道具を決めることにした。それは、石ころや葉っぱでもいい。石ころや葉っぱの数でお互いの交換品の値打ちを決めることにしたのだ。でも、石ころや葉っぱだと割れたり、腐ったりする。そのうちに、石ころや葉っぱは、銀や金などの変質しにくい金属に変わっていった。これが、お金の起源であり、物々交換からお金が誕生したという説だ。実は、経済学でもこれが定番の学説となっている。
本書において、この経済学の通説は、お金の本質的意味を覆い隠す詐欺的行為だと批判する。商品交換行為の結果生まれた道具としてのお金というのは、お金を商取引の一部に還元してしまい、その政治的行為を見えなくしてしまうというのだ。現在の歴史学的知見では、交換からお金ができたのではなく、最初に「お金ありき」だったのだという。そして、そのお金は借金(負債)の記録として誕生する。話は4000年ほど前の古代メソポタミア文明のシュメール人国家に遡る。シュメール人たちは、巨大な神殿国家を運営していた。そして、彼らは、その神殿を維持するための経済的行為である「税」(貢物)や国民に対する分配物の管理を、粘土板に刻んだ「借用証書」(借金証書)を用いて行っていたとされる。この「借用証書」は、人々の間をやり取り可能で「お金」のように流通していたらしい。まさに借金証書がお金となっていたのだ。
この「借金こそがお金」である歴史の系譜を現在まで辿ることの意味は何なのだろうか?それは、人間がお金に振り回され、お金で政治が動き、戦争が起こされ、貧困・格差や差別が生まれ、お金で人々が傷つき死んでいくという世界への批判的視座の提供である。
たとえば、現在のお金のシステムも借金で供給されている。現在の我が国の中央銀行にあたる日本銀行は、毎年80兆円もの国の借金(国債)を買い上げ、その資金を市場に提供し続けている。つまり、アベノミクスの原資は借金ということだ。さらに、市場に放出された資金は、銀行システムの貸し出しを通じ「銀行預金」として増大していくという構造になっている。この銀行マネーシステムを信用創造(マネークリエーション)というが、信用創造を通じて経済が回転していく。問題は、この「銀行預金」を通じて創造されたお金は、借金=負債=ローンだということだ。実際、市場に出回っているお金の総量のうち、中央銀行が発券・発行している通貨は、全体の一割にも満たない。残りの9割以上の通貨は、すべて上記の「銀行預金=負債」である。加えて、負債には利子がついている。すなわち、現在のお金とは、すべてが「利子付き負債」ということなのである。この利子は、実体経済の裏付けを持たないから、利子を稼ぎ出すために絶え間なく経済は成長を強いられることになる。言い換えれば、利子付き負債が、環境を破壊し、過労死を生んでいるともいえるのだ。(あるドイツの経済批評家の計算によれば、商品の最終価格の約半分が直接・間接の銀行への利払いとなっているという)
こうしてみると通貨の発行は、中央銀行と市中銀行(一般の銀行)というシステムにより負債として発行されていることがわかる。この延長にリーマンショックやインフレ、不況などの経済の不安定さがあるのだ。
私たちは、この利子付き負債システムを超えていくことができるのだろうか。そのためのヒントも歴史に隠されている。それは、通貨の発行権を中央銀行と市中銀行から民主的な政府に移行させ、通貨の発行を国民自身の責任で行うという仕組みだ。こうして、利子付き負債ではない「政府通貨」ないし「公共通貨」の発行の形態をとることが可能となる。実は、戦前の大恐慌の際に、我が国の高橋是清がこのシステムで恐慌からの逸早い脱出を可能にさせた。
現在の世界的経済不安定状況のなか、いまこそ、この負債システムからの脱却が強く求められている。その道は、「人々(人民・市民への)へのヘリコプターマネー(公共通貨発行)」とも言われて議論がはじまっている。公共通貨を公共的な国民活動や所得保証(ベーシックインカム)の財源に使うというプランである。これこそが、現代の隘路を超えていく未来への方法なのだ。

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