ヤバい奴とツンデレ野郎
ヤバい奴がくる。
毎朝恒例のブリーフィング(朝礼)で師匠と2人顔を青ざめる。
今日到着するゲストの顧客情報に目を通していた時だ。
「こ、こいつ、、、きもすぎる。。」
隣で、思わず声を漏らす師匠。
「”極度の女好き。水着姿の女性の写真を何度も見せつけてきて、相手の話を聞かず一方的に話し続ける。かなりしつこく女の子大好きなので対応は常に塩対応で細心の注意を払うように”だとよ。なんなよこれ、、勘弁してくれよ。」
そのゲストは、会員ステータスは最高ランク、と同時にヘビーリピーターである。
過去の記録を読み上げながら、ドン引きしている師匠の横でなんだか嫌な予感がする私。
「思い出したわ。私この前なこのおっさんに水色のビキニ姿のおばはんの写真拡大しながら何十枚も見せられて、訳のわからん質問の連続で20分くらい捕まったわ。あ、あとね、あの人絶対あべのハルカスのマスコットキャラクターの”あべのベアー”っていう水色のぬいぐるみ連れてくるで。ほんで絶対自分の隣の席に座らせるから見てて。シンプルまじでキモいから、いやガチで。」
「それまじかよ、、、最悪やな。、俺今から休憩行くけどなんかあったらすぐ呼べよ。」
「珍しく男らしいことゆーやん。ほんなら頼りにしてら」
そんないつも通りのゆるい会話を交わし、1日が始まる。
最悪なことに、彼が休憩に行った直後ラウンジに現れる例のヤバい奴。
ヤバい奴の右手に握り締められた直径50センチ程のあべのベアーとともに胸糞悪い記憶が蘇る。
「久しぶりだねえ。」
いつお前とそんな仲になった。そして声さえも気持ち悪い。
心の声が危うくも漏れそうになるのを必死に堪える。
何故私は今、椅子に座らせたあべのベアーの前にホットコーヒーを丁寧に出しているのか、自分でもよく分からなくなってきた。
ぬいぐるみになんの罪もないのだが、こいつ絶妙に腹の立つ顔をしている。
史上最強の塩対応にも関わらず、あれやこれや質問や話のネタを絞り出し、あの手この手で私を引き止めてくるヤバい奴。
「あそこのビルの地下一階にあるコンビニの種類は何だったかなあ」
「セブンイレブンです。(それ知って何になる)」
「これさあ、こないだホテルでもらったお手紙なんだけど、まあ見なよ」
「はい、ありがとうございます。(なんで他のホテルで貰ったスタッフからのテンプレートのメッセージカードを白黒コピーまでして私にわざわざ見せてくるねん。理解に苦しむ)」
「じゃあ君はもうこのホテルは何年?どんなもんよ」
「4年と数ヶ月です。」
「僕と出会ったのはちょうど2年前のあれはー、そうだな、2月2日だな!!」
「そうでしたかね。」
「今日の夜ご飯何がいいと思う?選んでよ。時間もどうしようかなあ」
師匠助けてくれ、、、そろそろ私の頭の血管が切れそうだ。
話の内容があまりにもしょーもなさすきて後半記憶にもないが、もはやゲストではなくあべのベアーと目を合わせてテキトーに頷きながら話を聞いていた気がする。
師匠へのヘルプ信号も送れぬまま無駄な時間が過ぎていく。
他のゲストもちらほら来だしたにも関わらず、ラウンジには私1人。
そんな中、ヤバい奴が一瞬トイレに席を立った。
今や!!!!
目を盗み、師匠にメッセージを素早く送る。
「やべえ奴、きやした。」
「助けに行く。」
即既読になったかと思えば、光の速さでドアを勢いよく開けてラウンジに現れた救世主。
あの時だけは一瞬白馬に乗った王子様に見えたとでもいっておこう。
目配せで「俺が行くから下がれ。」と5.6メートル先からこちらに向かって声が聞こえてくる。
互いにすれ違い際にスパークリングワインとナフキンをスムーズにノールックで受け渡す。
彼とはこういうスムーズな連携が苦労せずとも取れる。
不思議なもので、手に取るように互いの動きが読めるのだ。
私の代わりに犠牲となった師匠の背中に心から感謝を告げ、業務に戻る。
その後、私が休憩から戻って来た時だ。
裏のキッチンから表のホールに出る扉を開こうとした瞬間、ちょうど下げたワイングラスをトレイに乗せた師匠が勢いよくキッチンに入ってきた。
次の瞬間、私より20センチ以上も背が高い彼がグイッと身をかがめ、目の前3センチの距離に顔を寄せてきた。
一瞬で目が点になる。
そして私の左耳元にグッと身を引き寄せて一言囁く。
「今は表に出るな。ヤバい奴まだおる。俺が前おるからここにしばらく隠れとけ。」
いや、なんかのアクション映画のワンシーンか。
それか抜けきらない厨二病の吐き台詞か。
「とりあえず近いわ!!!」
ソーシャルディスタンスもくそもない。
無自覚でこの距離感なのがたまに恐ろしく感じる。
最近では、アンドロイドにはそういう機能がおそらく備わっていないのだろうと諦めの域に達してきている。
自らが犠牲となり、朝からヤバい奴の見張り役に徹する彼の真面目さと責任感の強さにいつもながら感心する。
裏で洗い物を黙々とする私の様子を数分おきに何故か伺いにくる師匠。
そうして、時計の針が17時30分を刺す。
イブニングカクテルタイムのスタートの合図だ。
「師匠、残念ながらお時間ですよ。お願いしやす。」
「ぐあーー!!また俺オーダー聞かなあかんのかよおおおお!!!!」
漫画の主人公しか使わなさそうな擬音語をひとしきり叫び、両手で頭を覆い激しく腰を曲げ落胆する師匠。
こんなこと言ったら怒られるだろうが、なかなか笑える光景だ。
「よし、行ってくる。」
胸に手を当て決意表明をして、表に飛び立っていく師匠の背中を見送る。
数分後。
「なあ、ちょっと聞いてくれよ。」
「どしたん?セクハラされた?」
「んなわけ(笑)流石に男の俺は今回は対象外やろ。いやな、俺がアルコール類は召し上がりますか??って聞いたらさ」
「おん、」
一呼吸置いて、表情をモノマネモードに切り替える。
「いやあ、それが健康診断でひっかかってねえ、!ってどーーーでもいいんだよお前の健康状態!!!!」
と、叫びながら手に握りしめていた使用済みの丸めたラップを野球のピッチングのように大袈裟に振りかぶってゴミ箱に投げ入れる師匠。
あまりにもその姿がコミカルでまんまとツボにはまる私。
「ちょっ、まって呼吸できん笑笑」
「笑い事ちゃうねんぞ。俺は朝から被害しかくらってない。」
ひとしきり、ヤバい奴との会話の内容をシェアし、段々と不機嫌になる師匠。
「もうさ、学生時代は男子校でずっと育って女子と話す機会も一切なく、クラスではいつも隅っこの地味グループ。部活は天文学部のゴースト部員。そんな華のない学生時代を送る。やがて大人になりお金だけは持って、ようやく青春時代を味わうかのように背伸びして念願の女性にいざ話しかけてみる。しかしながら経験の浅さとコミュニケーション能力の欠落により女性との距離感や話の内容がうまく掴めない。もはやそれが間違いということにさえ気付くこともないほど大人になってしまった。そんなところやろ。てかあのブカブカのズボンとだっさいシワシワの青のチェックのシャツはなんやねん。そんだけズボンのベルトMAX締めてもダボダボなんやったらむしろ履くな。それかシャツちゃんと入れろ!」
「何なんやその細部に渡る妄想。途中までほんまなんかなと思って信じてたわ。話に飲み込まれるとこやったわ。ほんでなんかイメージ安易に出来たわ。むしろなんか可哀想になってきたわ、うん。ほんで最後はもはやただのファッションの悪口オンパレードやないか(笑)」
「せやろ。だから俺はその背景を思い浮かべながら達観的に憐れみの目で見てる。」
死んだ魚の目をして、白けた顔で遠くを見つめる師匠。
「なるほどね。的確な描写と実演どうもありがとう。」
「いやいやそれほどでも」
「将来、師匠も女性に対して対応ああなるんやろ。」
「まじかよ。俺もかよ。もうちょっと流石にましや。」
いつもの如くそんなバカな茶番が2.3分続く。
師匠の全力ラップピッチングも見れたことなので、私もようやく表舞台に顔を出すことにしよう。
退席時、ヤバい奴が私に向かって
「明日は何時から出勤ですか。11時に僕来ますね。また明日」
と。
超絶棒読みで一言。
「かしこまりましたありがとうございました。」
お辞儀から顔を上げると、ヤバい奴を間に挟んで私のちょうど向かい側に、にこやかな偽善の笑みを浮かべ丁寧に深々とお辞儀をする師匠が見えた。
彼のお辞儀から上げてきた顔を見てこれまた爆笑。
両手で中指(f⚪︎ck youサイン)を立て、目を見開き全力で睨みをきかす師匠。
「二度と来んじゃねえ。」
映画のラストシーンを飾るであろう、1番の決め台詞を吐き捨てる師匠。
いや、人間の怒りの感情剥き出しやないかい。
どこが達観して憐れみの目で見てる、だ。
珍しくかなりお怒り気味の師匠を横目に、なんだかフッと笑えた。
「ありがとうやで色々と。たまにはええとこあるやん」
「いやいやそれほどでも」
「基本はいつもウザいしアンドロイドやけど」
「いやいやそれほどでも」
おまけに、頭をぽりぽりと掻く動作とお得意のドヤ顔付きだ。
いつものお決まりのくだりである。
私がディスった内容に対して、「いやいやそれほどでも」と返すノリは一日2.3回以上ある。
「褒めてへんわ!!調子乗るな!!」
いつものように勢いよく師匠の肩を叩く音がラウンジに鳴り響く。
退勤後、日付が変わる少し前に一通のLINEのメッセージが来た。
師匠からだ。
「今日は休み明けで休みの間も今日もめちゃ頑張ってて刺激になりました!ありがとうございます!」
焦って打ったのか、照れくさかったのかなんなのか、破茶滅茶な日本語文で送られてきた。
そして何故か話す時はタメ口なのだが、LINEだけは頑なに敬語である。
日本語でメッセージが来ているだけまだましか。
彼は、なかなかくさい感謝の台詞を言う時は照れ臭さ故に大抵英語でメッセージを送ってくる。
実は、昨日まで師匠は絶賛4連休中で四国へソロツーリング旅をしに行っていたのだ。
連休に入る最後の出勤日は、
「俺の代わりに、ラウンジどうかよろしく頼んどくな。守っといてくれ。」
と毎回必ず決まったセリフを私に言い残し、退勤していく。
私は彼の返信にこう続けた。
「照れ屋か!!今日1日一緒に横におったんやから、いつでもお褒めの言葉直接お待ちしております。こちらこそいつも私のメンタルサポートありがとう。」
そんな戦友であり、従兄弟のような我らの愉快な茶番と冒険と、そして波乱は明日も続く。
ROGORONA
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