ボケツッコミ戦争
「10日間会社に来れないだあ!?」
拍子抜けしたような、珍しく取り乱した師匠の大声が携帯中に響き渡る。
「絶賛長崎一人旅満喫中のとこ悪いねんけどな、そやねん。いや、ほんま、ごめん。というか、どーするよ。出勤する社員おらんで。」
仲の良い会社の上司がコロナになり、その濃厚接触者として一番に私の名前が上がったのだ。
「出勤不可の判定理由はなんや。」
「2m以内に居て、一瞬でもマスクを外して食べ物を口にしたから。」
「なんじゃそりゃあ〜笑わせんなよ、、、いやあ、でもね。分かってましたよ、俺は。いつかはこうなることを。ついにここまでコロナがおよんできましたか。まあ、予測範囲内ですがね、、、ふっ、、」
「ちょっと焦ったからって、カバーするように冷静ぶってイキるな(笑)」
彼の腹の立つようなキメ顔が脳裏に鮮明に浮かび、すぐさま抹消する。
私のツッコミが”予測範囲内”だったのか、満足げに笑う師匠。
「いやあ、まあしかし、しゃーないな。にしても、なんなんやそのようわからん基準。しょーもねえなあ。」
「てかあんた、今どこよ。外の風うるさすぎ。」
「え?あー、雪山登山なう」
聞いたのが間違いだった。
暴風のせいで、声の半分は悲しくもかき消されてほぼ聞こえない状態だ。
そもそもかろうじて電波の繋がる位置にまだ居たことに感謝する。
雪山で1人、背中に総重量15キロにも及ぶテント一式を背負い、白い息を吐き、好奇心に目を輝かせながら一心に登る師匠の姿が実にリアルに、そして安易に想像できた。
そして即座にイメージ画像を振り払い、答える。
「うん、ツッコミどころは満載やけど今それどころちゃうから一回飲み込むわ。とりあえず今後のスケジュール考えよう」
そんなこんなで私は上司の指示で、その日は強制帰宅で以後出勤不可となった。
陰性結果を提出し、潔白証明をしたにも関わらず、それでもしばらくは動けずじまい。
私の代わりに、休みを削って急遽出勤することとなった雪山登山男ことアンドロイド師匠。
最悪なことに私が休む期間、プロのカメラマンをホテルに招き、ホテル全体の重要な宣伝写真の撮影が行われる。
しかもそのスケジュールの中に、私自身が進めるプロジェクトの為の撮影が組み込まれているのだ。
その張本人が不在で、行われるという異例の事態。
私の代理人として、全ての流れの引き継ぎをすべく師匠との電話会議が前日の夜な夜な始まった。
ど真剣な仕事の引き継ぎ
のはずが、ものの5分でそんなものは崩れ去り、脱線の嵐になることをこの頃の私達はまだ知るよしもなかった。
『いつでも電話大丈夫です!』
なぜかいくら仲良くなっても、LINEの時だけは終始カチカチ敬語で、崩れ去る心の距離間。
そんな少々笑えるメッセージを確認し、会話は始まる。
「師匠おつかれはん、もうどうせ寝る準備万端なんやろ」
「おつかれ様です。もちろん、あたりまえやん!」
時計にふと目をやると、まだ午後9時半すぎ。
「相変わらず小学5年やん、うちの姪っ子とはったはったやでほんま」
「悪かったな。睡眠とは人生の質をいかに高めるものか、っていう話を今から良ければ語ろうか?」
「うん、今は結構です。たぶんその話3時間コースになりそうやから。」
少ししょんぼりする彼をよそに、引き継ぎを進めていく。
ただでさえ毎日のようにすぐ1m隣にパソコンを並べ、朝から晩まで喋り散らかしているのに、よく話が尽きないものだと我ながら感心する。
写真撮影をしてくださるカメラマンの写真のタッチなどを把握すべく、互いにカメラマンの公式ウェブサイトを確認し始める。
写真の構図や背景の構成を練ろうと、参考にそのカメラマンが過去に撮影した作品一覧を師匠と眺めている時だった。
師匠が突然、悪意のあるにやついた声で言う。
「なあ、ちょ、この写真見て。とりあえず見て。」
「横におらんねんからどの写真かわかるわけないやろ、どれや。」
だいたい彼のこの類いのノリで、良かったパターンは一度もない。
「今送った。頼む、見てくれ。」
LINEに送られてきた写真を見て思わず、飲みかけの水を吹き出しそうになる。
「タイトル命名『転倒ブルーベリーと切りかけナイフ』これで決まりやろ。ぜっっっったい誓ってもいい。頼む、俺に撮らせてくれたほうが100倍上手い。」
こやつは、どこからその確固たる自信が湧いてくるのやら。
師匠が命名した悪意たっぷりのタイトル通り、確かに切りかけの五段重ねほどのパンケーキの汚い切断面とクリームのカスなどがべったりと付着したデザートナイフまで映り込んでいる。
そして写真の中央奥に無造作に転倒しているブルーベリー集団が不自然に映り込む。
プロとは到底言えないほどの絶望的なクオリティに絶句し、もはやネタにさえ思えてきた。
そして時間差で、2人とも堪え切れず同時に爆笑。
ひとしきり気が済むまで笑ったところで、師匠が辛口コメント。
「この写真を自分の公式ウェブサイトに堂々と掲載する感覚が俺にはわからぬ。美的センスのカケラもねえなあ、ほんと。やべ、明後日の撮影心配になってきたってよほんまに。。。」
「激しく同意。引き継ぐんが申し訳ないくらいやわ、うん。すまん。としか言いようがない」
「ちょ、また見つけてもたわ、俺。次の写真見て。」
そういってまた意地悪げなセリフと共に送ってきた写真が一枚。
丸ソファの上に絶妙に斜め45度傾いて置かれたケチャップとマスタードの意味不明な写真。
「「え?」」
2人の声が電話越しに見事に重なる。
そして師匠が何かを発見する。
「写真の左下、よう見てみ。ちっちゃい字で「New York!!」って書いてるぞ」
「「どこがやねん!ほんでなんの写真やねん!!!」」
またしても2人被るツッコミ。
「このケチャップとマスタード、アメリカンホットドッグにかけて食べろってか。笑わせんな」
絶妙に下手くそで、よく意味の分からない師匠の付け足しツッコミがあとに続く。
そして話は引き継ぎからさらに逸れてゆく。
うちのホテルでは、アート界の異端児と呼ばれるバンクシーとのコラボ企画を進めている。
その話を師匠にしたところ、実際にシリアでかの有名なバンクシーの作品を見たという。
「シリアの国境を渡った時の話と内戦の歴史を話そうか?」
とノリノリで食い気味で聞いてくる師匠。
そしてまだ何も返事もしていないのに、フライングして勝手にその話が始まる。
結局丸々1時間半彼のバックパッカー時代の旅の話をみっちり聞くこととなった。
口数は普段少ないが、話のツボにハマると止まらなくなる性質があるこのポンコツアンドロイド。
おそらく地球に来る時にどこかネジが外れた状態で降り立ったのだ。
うん、きっとそうだ。
と私は勝手に思い込み、いつも師匠にその記憶をすり込んでいる。
やり続けること1年半、最近になってようやくアンドロイドキャラを認め始めた。
そんなこんなで、ところところ人間的感覚と感情が欠落している欠品アンドロイドの出来上がりというわけだ。
次の日、撮影当時がやってきた。
私は自宅で無事撮影が完了することを祈るばかりだ。
私のレシピで、代わりにカクテルを作って飾り付けまで師匠がしてくれることになる。
正直、心から信頼して任せられるのは彼以外居ない。
撮影がようやく無事終わったようで、一言目の報告LINEがこれだ。
「全力振り絞りました!!!レモンとライムも。」
あーーー、セリフさっっっむぅ、、。
親父ギャグよりひどい。
なんなんだそのダサいLINEは。
恐らく、彼なりのジョークのつもりだろうが、「全力を振り絞る」をカクテルに使うレモンとライムを絞る動作に掛けているのだろう。
もちろん理解はできるが、あまりにもダサい。
ダサすぎるではないか。
私の代わりを任された責任からか、前日に撮影のスケッチまでして本番に臨んだという彼に対し感心を通り越して、もはや怖い域まで来ている。
しかも絶妙に師匠のスケッチは下手である。
物が歪んでいる、もしくは奥行きを気にするがあまり影までつけ出す事態だ。
そして一枚の撮影データが送られてくる。
モデルさんがベッドの上でカクテル片手に本を読みながら満足げな表情をしている写真だった。
そして、師匠が突然語り出す。
「この写真のコンセプトを今から説明する。彼女は数年ぶりにアメリカのニューヨークから日本に帰国したばかり。日本の急成長と変貌ぶりに驚きを隠せない帰国子女。気持ちのリフレッシュに一人女子旅を計画し、このホテルに滞在することに。帰国したての疲れを取るべくようやくベッドの上で一休み。今日だけはせめてリッチな気分を味わおうと、ふとお部屋のドリンクを手に取り、おしゃれなカクテルをレシピを見ながら作ってみる。そのカクテル片手に彼女のアメリカにいた頃から欠かさず毎日読んでいたお気に入りの本の続きを読み始める。実にうっとりと穏やかな時間の流れを噛み締める。。そんな瞬間をカメラに収めて切り取ってみました。いかがでしょうか!!!」
「いや、うん。長いわ!!!!なんなんその巧妙に練られたコンセプト。ほんまの話か思うわ。その豊かすぎる想像力どっから湧いてくるんかな??ほんで私そこまで求めたっけな、、まあええわ、うん。とりあえずありがとう。その言葉に尽きるわ。そんだけの熱量持って夜通し考えてくれたことにまず感謝する。」
色々ツッコミどころは満載なのだが、彼の努力を決して踏み躙らぬようとりあえず心の内に無理矢理しまっておくことにした。
「あのさ。基本的に人前では口数少ない真面目キャラじゃなかったん?だんだん最近崩れてきてますけど大丈夫そ?」
「いや俺、実は結構口に出さないだけで頭の中で常に色んなこと考えまくってるで。すごいしょうもないこととかも。それを普段黙ってるだけで。」
「なんや、ほんなら一個今考えてることゆーてみいよ。」
「今な、俺メール返信しててんな。『この度は誠にありがとうございます。』て打とうとしてん。そしたらパソコンの予測変換間違えて押して『この度は誠にアリアナ・グランデ』って打ってもてさ!!めちゃおもろない!?あかんおもろすぎて一人で笑ってまいそうになる!」
「…。」
なぜこやつの笑いのセンスは親父ギャグ止まりなのか。
いや、むしろそれ以下なのである。
「なあ、おもろいと思わん?!」
追い討ちをかけるように、ウキウキした声で尋ねてくる師匠。
頼むからこれ以上私に同感を求めて来ないでくれ。
「せやな、おもろいな、うんうん。」
「もう感情ここにあらずやんかよ。」
拗ねる師匠。
毎日2人で漫才をしているんじゃないかと錯覚してくるほどにボケ散らかし、おちょけ散らかし、収拾がつかない日々。
ボケツッコミ戦争が至るところで勃発するのだ。
そんな彼と自宅待機期間を終え、10日ぶりの再会を果たす。
「〇〇さん、、(私の名前)僕と、結婚して下さい!!」
出勤早々、真っ赤な薔薇の花束を勢いよく私に突き出し、目の前でいきなりひざまずき出す師匠。
相変わらず朝からボケ具合は全開、通常運転そのものである。
「あら、〇〇さん、、、(師匠の名前)よ、喜んで!!!」
とりあえず、全力でぶりっ子のジェスチャー付きで片足を上げてプロポーズの承諾をしてみせる。
2人して堪え切れず爆笑。
ひとしきり笑ったところで、
「んでもって、朝っぱらからなんやそれ。」
急に塩対応に戻る私。
「わからん。ラウンジの裏のエレベーターホールに置かれてあった。俺が部屋でゲストに提供した飲みかけのシャンパンボトルと一緒に。多分今日チェックアウトした部屋を清掃してる時にお部屋から出てきた忘れ物や。」
花束を無造作にぐるぐる振り回しながら答える師匠。
「うそやろ、、、、それってまさか私が花束手配したプロポーズのゲストのやつやったんちゃうんかいな。。まさか失敗したんじゃ、、、」
最悪のケースを想像し、急に青ざめ出す2人。
そこで師匠が話を切り出す。
「一つの仮説を立てるとしよう。問題はいつどのようにして振られたかである。プロポーズの相談を受け、〇〇さん(私の名前)が事前に手配してあげた薔薇の花束。夜お部屋でシャンパンを飲みたいので開けてサービスしてほしいと依頼の電話が鳴る。俺が部屋に向かい、注いだシャンパンを片手にグラスを重ね聖なる夜に乾杯をする。心地よく酔いが回ってきた頃に、クローゼットに隠しておいた薔薇の花束をおもむろに取り出す男性。心躍らせながら彼女の目の前にゆっくりとひざまずく。『結婚してくだ」
「うん、ちょっと待てい!!!ゲストよりあんたの仮説が心躍りすぎやわ、うん。仮説やなくてもはや妄想寄りやわ。ほんで聖なる夜てなんやねん、いつも思うけど絶妙にサムいねん。でもなかなか巧妙な推測で感心する。超能力で過去でも見えるんかいな。」
「俺には見える。明確にな。」
「はいはい、わかったよ。どうぞ続けて。」
再び師匠がご機嫌に語り始める。
「勇気を振り絞り、プロポーズの言葉を伝えた男性。すると、おもむろに彼女は立ち上がり窓の外を虚ろな目で見つめ始める。「私、実は子供が出来たの。でもね、あなたとの子じゃな」」
「ハイストップ!!!うん、悲しい!それあまりにも悲しすぎる結末やわ!その仮説どうか変えてくれへんかな。聞いてるこっちが辛なってきたわ。チェンジでお願いしやす。」
映画でいう、一時停止ボタンをすぐさま押す私。
「しゃあねえなあ、ならシナリオを変えよう。」
少し不満げにあらすじを書き換え、再び語り始める。
「俯き加減の彼女はこう続ける。「私、まだ心の準備ができてないの。あなたと描いていく未来が。だってまだ私達付き合って1ヶ月よ?」」
「いやおかしいよね!?その男ただの馬鹿なん?アホなん?付き合った期間のカウント間違えてない?year(年)じゃなくてmonth(月)なの?!無茶苦茶やないか。ほんまいい加減にしろその妄想地獄!」
思わずツッコミを入れずにはいられない話の展開に、腹を抱えて崩れ落ちながら爆笑する師匠。
「いやあ、ナイスツッコミ!いいねー。まあなんにせよ妄想は膨らむばかりだから一旦忘れよう。恐らく残念ながら撃沈したパターンだな、今回のプロポーズは。」
「なにが、ナイスツッコミ!いいねー。やねん。ナイスバッティングー!の調子で言うな。感心してる場合か、あほう。せやな、たぶんこれは失敗に終わったな。」
とそんな茶番を職場復帰初日から繰り広げる2人。
笑いのウォーミングアップを終え、ようやくパソコンを開き、仕事に取り掛かる2人。
と思いきや、事件は起こる。
「なあ、この資料見てくれよ。どう思う??今whats appで共有した。」
がっつり仕事モードの師匠が、真剣な眼差しで資料を見つめている。
「Wtats app」というのは、主に私達の他部署間との連絡ツールであり、いわゆるLINEのようなチャット機能と通話機能があるアプリケーションである。
「ちょっと待ってや、今から見るわな。」
アプリを立ち上げようとした時だ。
画面が一瞬開いたと思いきや、0.5秒ほどで画面がスッと消えた。
「Using another user(他の人が使用中)」
と表示が出る。
左に目線をやると、満足げにニヤニヤし勝ち誇る師匠の姿。
「こいつ、、、っ」
わざとだ。
ぜっっったいにわざとである。
ラウンジとして一つのアカウントを2人のパソコンで共有しているため、同時に2台のパソコンでこのアプリケーションを開くことはできない。
その弱点を周知しておきながらの、このような嫌がらせをしてきやがった。
「うざすぎるっ!なんなんやこのストレスフルな職場環境は。あんたは気になる女子にちょっかい出す小学5年男子か!そんなとこやろ!ええ加減にしろい!」
「まあまあ、そう言いなさんな。ごめんって。」
あまりの低レベルな嫌がらせに呆れて笑えてくる。
まんまとトラップに引っかかってぽんぽこ怒り散らかすタヌキに対し、終始満足げなアンドロイド。
悔しい、なんとしても悔しい。
数10分後。
「なあ、今送った資料最終確認してくれへんかな。」
「よろこんで。」
私の推測では、彼がwhats appを開く瞬間に同時に私が押せば私の方のパソコンで開き、彼の画面が私の時同様の現象が起きるはずだ。
私と同じ横取りされた、なんとも言えぬ屈辱感を存分に味わうがいい。
さあ、こい!!!!
力任せに勢いよくボタンを押した。
「ふっ。甘いな。まだまだ修行が足りんな。」
またしてもドヤ顔の師匠。
な、なんやと。。。
私の画面を見ると再びあの悪意たっぷりの画面。
「Using another user(他の人が使用中)」
いい加減にしろやあああ!!
「俺に勝とうなんて100年早い。」
彼の圧倒的な速さ、先読み力でまんまと再び敗北するタヌキ氏。
そんな茶番中、VIPのお客様がふとラウンジに立ち寄る。
「「ようこそ。お越し下さいました。」」
2人の声が重なる。
コロッと表情を一変させ、
さて、我らの出番ですかね。
と言わんばかりに互いに目配せをし、お客様の方へ一歩歩き出す2人。
我らの仕事はホテルマン。
そう胸に確かに抱きながら、今日も誇りと情熱を燃やし続ける。
我らの喜劇はまだまだ続く。
ROGORONA
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