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38歳、藝大受験してみた。⑤

お目当てだった楽理科の説明会および模擬授業は、お目当てだったのに申し込みしそびれるという失態により、気づいたときには締め切られていた。だがせっかく予定を空けてあったので、オープンキャンパスには行ってみることに。全体の説明会や演奏会といった申し込み不要のイベントに参加し、大学の雰囲気を見てみようという試みである。またもや子どもたちの中で浮かなくてはならないのかと、模試の経験を踏まえて心配したのだが、こちらは保護者も多数参加していたので大丈夫であった。ほっ。

誰かの母親ヅラして、まずは全体説明会。

パイプオルガンの演奏から始まり、いろいろな人が出てきて大学や学部、そして入試についての説明をしてくれたのだが、音楽の話は面白いほどちんぷんかんぷんであった。この「面白いほど」というのは比喩ではなく、私は自分の知らないジャンルの話題で通じ合って盛り上がってる人たちを見ていると、楽しくなって笑ってしまうタチだ。まるでアメトーークの〇〇大好き芸人を見るような気分で、意味不明な言葉が飛び交う説明会を存分に楽しんだ。

特に一生忘れないと思うのが、ソルフェージュ科の偉い先生の話。この時点での私はまだソルフェージュが何かも分かっていなかったのだが、要するに楽譜の読み書き能力で、入試科目としては楽典(音楽の文法みたいな筆記)、聴音(音楽を聞き取って譜面に書き取る)、視唱(メロディーやリズムをその場で読み取って歌う)がある。楽典の注意事項として、先生が「漢字の間違いにも注意してください。…メツゴドとかね」と言ったとき、一瞬の間を置いて会場がドッと沸いた。

なんだこの音大ジョーク…!

だいぶあとになってから、「減5度(ゲンゴド)」という音程を「滅5度」と書いて減点される受験生が結構いる、という意味だと分かった。でもきっと、ジョークよりアメトーークが好きな私には、分からなかったあのときのほうが面白かったに違いないと今でも思っている。さて、とはいえさすがの私も、ただ面白かったから「呼ばれてる」と勘違いしたわけではない。全体説明会のあと、楽理科の説明会場に移動し、「申し込みそびれちゃったんですけど入れますか?」とダメ元で聞いてみたところ、あっさりOKだったのだ。

藝大はさすが秘境と言われるだけあって、オープンキャンパスなんて開かれたイベントが開催されること自体、この年でなんとまだ三年目。運営の試行錯誤ぶりといったらそれはもう微笑ましいほどで、事前申し込みにしても、とりあえずやってみた程度のものなのだろう。これはもしかしたら、翌日の模擬授業も飛び入り参加できるかも?と思って聞いてみたら、これまたあっさり「大丈夫だと思いますよ」。そして翌日、実際に行ってみたら普通に入ることができ、それだけでもだいぶ呼ばれてる感があったのだが、本格的に呼ばれたのはこの模擬授業の内容である。

本当は難しくない現代音楽。

これが模擬授業のタイトルで、現代音楽と聞いて普通にポップスを思い浮かべて「本当は」も何も難しくないでしょ、とお思いの向きには私もそうだったことを白状しておきたいのだが、実際には20世紀初頭の前衛的な音楽のことで、その中心人物が何を隠そう、私が愛してやまないミュージカル『レ・ミゼラブル』の作曲者の大伯父にあたるアーノルド・シェーンベルクであった。大伯父がなんか偉い人だと聞いたことはあったのだが、まさかここでその名前を聞こうとは…!この不意打ちにすっかりご縁を感じてしまい、私は38歳、藝大受験への道を邁進することを決意したのであった。

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