台風10号が残したもの ―― 気象界隈でのささやかな「劇場」
(文責:はむすた)
台風10号の情報を気象予報士として追いかけていた中で個人的に印象的だったのが、SNS上での出来事。
ツイッターで気象予報士の資格を全面に出してフォロワーを増やしている人間は数多くいるが、中でもテレビに出演しているorしたことがあるとフォロワー数は桁で多くなる。
そのうち、今回の台風10号接近前に気象界隈で物議をかもしたのが、TBSなどにたまに出演する河津真人さんのツイート。
まだ台風9号が九州に接近する前、つまり9号への注意喚起が重要だったタイミングで、発生してもいない(気象庁が「発生の見込み」すら発表していない)台風10号(仮)の今後の予想図を出しながら、西日本に対する10号への警戒を呼び掛ける内容だった。
もちろん、気持ちはわからなくもない。
気象予報士は、コンピュータが計算した将来の気象予測を元に解析・解説する立場にあり、その計算結果の中に、まだ不確定要素は多いとはいえもし現実になったら厳重警戒レベルの現象が含まれているのであれば、早めに一般の人に知ってもらって対策してもらいたい。
気持ちは、わからなくもない。
が、実際にそれをやるかどうか、ましてやツイッターでやるかどうかは、話が別だ。
ということで、批判的な気持ちで見ていた気象予報士もいたことだろうと思う。
そこへ降ってきたのが、ツイッターのフォロワー約20万人を誇る気象研究所の研究官・荒木健太郎さんのツイート。
台風予報って不特定多数を含む一般向けには,防災上の理由から気象庁以外はしてはいけないと気象業務法で定められてるんです.法が現代の状況を反映していないという議論はさておき,SNSで不確実な情報で(意図的に)不安を煽る気象予報士からはリテラシーの程度が知れます.
普段、美しい空や雲の写真を穏やかな文章とともに投稿することが多い彼の"怒りのツイート"は、なかなかに効果的だった。
あれよあれよという間に1万6000回のリツイート。
もちろん、荒木さんのツイートは河津さんを名指ししたわけでもないし、リツイートやリプライでわかるように書いたわけでもないし、なんならその時点で発生前の台風の予想図を出してツイートしていた気象予報士なんてゴマンといたが、見る人が見れば「公開処刑」だったわけである。
今回はそんなささやかな「劇場」を傍観していた私だが、正直なところ、この流れは止められないと思っている。
つまり、不確実な情報をもとに不安をあおるようなSNS上の情報発信が増えていくことは、必至だと思う。
良いことだとは思わない。
今回の台風10号の例で言っても、SNS上で主に拡散されていたのは強烈な台風が高知県付近に上陸する図だったが、実際には接近する場所もタイミングもかなり違っていたし、気象庁から進路予想図が出てからの注意喚起でも間に合うパターンの進路だったので(台風の中には発生したその日のうちから大雨になる場合もあるが、今回はそうでなかった)、防災上適切だったとは言えないだろう。
が、もうこの流れは止まらない。
そもそも、医薬品の扱い方からテロ頻発地域の安全情報にいたるまで「命にかかわる誤報」が当たり前の時代に私たちは生きている。
気象だけが聖域というわけにはいかない。
実は、少し前までは、聖域「のような」状態だった。
それは気象情報が手に入りにくかった上に、「映える」可視化をされた図が少なかった、つまり情報として「不便」だったので、注目されることを目的にツイートする人が少なかったからだ。
でも今は違う。
「映える」図や「バズる」情報が個人でも簡単に手に入るようになった。
結果として、気象分野でも「命にかかわる誤報」は飛躍的に増大した。
聖域なき情報氾濫時代に、情報を使う側に「使う技術」が求められるとともに、情報を発信する側である気象庁やマスコミの「伝える技術」もより高いレベルで要求されている。
ちなみに、一般の人でも気象情報を入手しやすくなったということは、本来は個人が防災対策をしやすくなったことを意味している。
時代の変化は逆風ばかりではない。
ありすぎる情報のご利益をいかに利用して、その弊害をいかにかわし、「命を守る」という最終目的にいかにして辿り着くか。
「使う側」「伝える側」双方の知恵が試されている。
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