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The night in Waipio

 「それはぜったい、行ったほうがいいよ。」
いつもは慎重な物言いをする大家さんが珍しくスパッ、と、そう言った。
「ワイピオの谷間のあそこで、夜を明かす、ってことが、大事なんだよ。星を見上げてさ。」

 そうしてわたしは、当初お茶だけでも、との予定だった未だ会ったことのないナオミちゃんと、電気のないワイピオ渓谷で一夜、合宿することに心を決めた。

 その日はキラウエアで朝陽の昇るのを拝んでからハイクして、お昼に一度戻ってベッドに滑り込み。1、2、3で眠りに落ちて一時間半ほどでアラームで起き、洗濯機を動かしシャワーを浴び、ブランケットや水や着替えをバックパックにぎゅうぎゅうとパッキングしていたら初めましてのナオミちゃんが迎えに到着。挨拶もそこそこにママラホア・ハイウェイをびゅん
びゅん飛ばして、ホノカアを通りワイピオを目指す。

 ワイピオのルックアウトから渓谷に降りるのに、ナオミちゃんのマヒアイ(=農業を営む人)のクム(=先生)が、コンパクトなバギーに3人乗りで連れて行ってくれるから、荷物は最小限に、がお約束だった。お土産の日本酒は持って行くけれど、ビールやデリや一眼レフは諦めることにした。

 渓谷では、ただただゆったりと、陽が暮れてゆくのを楽しんだ。
 「向こうから何番目、見えるだろう、あれが、ナナウエ。ナナウエはシャークボーイ、の意味(※未確認)なんだよ。」
 谷間から見上げる、ワイピオのいくすじもの滝には、すべて名前がついていることなどをポツポツと教えてもらう。

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 太陽がコハラの山の向こうに姿を消し薄暗くなってくると、3人の誰からともなく、そろそろ飲もうか、という流れになった。小屋のキッチンにストックしてあるワインはどれでも開けていいよ、とクムが言ってくれたのでお言葉に甘える。
「どれがいい?」とナオミちゃん。
「どれでもいいよ。でも、好みでは、赤かな。」
「赤・・・これ、赤だ。ピノ・ノワールだって。」
「カベルネ・ソーヴィニヨンの重たいののほうが、より好みだなぁ。」
結局、わたしの希望通り、カベルネ・ソーヴィニヨンを探し当てる。

 キャンドルに灯りをつけ、さつまあげや干し芋やフィッシュ・ジャーキをちまちまと食べながら、ゆっくりとワインを楽しむ。こんなときは、たのしい会話がなによりのおつまみだ。
 辺りはすっかりと暗く、真っ暗だね、と言ったら、今夜はまだほとんど満月のラーアウ(多分この日は十八夜。ラーアウ・クー・カヒの頃)だからまだ明るい方だよ、でも離れのお手洗いに行く時は、これを使うといい、と
電池式の灯りを渡してくれた。

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 それは丑三つ時にちゃんと使うことになった。歩いて二分ほどの離れに、灯りを持って。
闇は、怖くないのだ。特にヘビや猛獣の居ないハワイでは。
「昔は、思いがけず人に遭うほうが怖かったよ。」と
そういえばアツコが以前言っていた事を思い出す。
その意味がわかる気がする、と雲の切れ目から見える星を見上げながら思った。



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