海藻とワタシ02

 畏怖。ただでさえ、周りに友人もおらず、岸から離れた海の上でビビってるのに、海底で無言で青く揺れる海藻に対し、夜に梵天様に睨まれた時みたいな感覚を覚えた。潜ってみたが、怖いのと、当時の未熟な潜水技能では触ることも叶わなかった。結局、生物採集実習なのに、何も採らずに岸に戻った。岸というか、磯にはこれまで見えていなかった小さな海藻が色とりどりに生えていた。いくつかむしり取り、実習室に戻り、図鑑と見比べながらあの梵天様を思い出して、先生に聞いてみたら、カジメという海藻らしいことがわかった。図鑑をみてもそうだとわかった。カジメか。

 梵天様に睨まれた以外にも色々と生物学的な興味もわいたこともあり、海藻のことを研究する研究室に所属することになった。ちなみに、かわいいあの子はイルカが好きだったはずが、なんかエビかなんかの研究室に入った。それ以降、10年ほどほとんど会うことがなくなった。なんせ、俺がほとんどその研究室にこもりっきりになってしまったからだ。

 以後、海藻の成分、特に多糖と関連酵素と生理について研究するが、それが何か人類の役に立つとか(実際、俺が扱ってたラミナランという多糖は大腸癌や免疫系など医学的な研究はされていた)そういうことにはそれほど興味なく、梵天様の体のことが知りたい、ほかのお仲間はどうか、祖先をたどるとどんなんか、とかに興味があり研究を続けていた。役立ちそうな化学のあれこれにも実は少しは興味あったが、それは、ほっといても他の科学者がやるに決まってる、という意味で興味がなかった。今の職業ではその手の研究ができる設備がないことや、職業上の目的もそこにないため多糖からは離れたが、その代わり、好きな時に梵天、、。いや、カジメに会いに潜り、その子供(藻場再生用海藻種苗)を育てたりしている。

 さて、俺が海洋系研究に進むモチベーションを与えてくれたあの子(実は、他にも何人かいた。海洋系は比較的女性が多い傾向があった)は、就職氷河期だったことも遠因になってるのか、それとも、自身が選んだ道なのか、少し自身を見失い右往左往したようだが、悩んだすえ、スピリチュアルや瞑想や農業などを通して、平和なコミュニティに出会い、好きな土地とも巡り合い、素敵に活躍しており、今だに交流も少しはある。

 スピリチュアルといえば、不思議な体験をしたことがある。修士(大学院)を出てから1年ほど東京でサラリーマンをして、再び大学へ戻り、海藻の研究を再開した時のこと。サンプルを採りに志摩の海に潜り、いつもとは違う場所、あの時の、梵天様に初めて睨まれた時の海中の谷に降りて行った。もちろん代替わりはしているが、そこはカジメの大群落がゆらめいていた(残念ながら2024年現在は磯焼けのため、一本もない)。俺は感慨深く感じ、「ただいま。」とあいさつをしていた。すると、イワシの大群がザッと現れて、俺の体を取り巻いた。まるで、梵天様たちが遣いをよこし、「おかえり。」と迎えてくれたかのように。海底で泣いたのはあれが初めての体験だった。

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