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自宅の近所にある古い一軒家を借りた話/前編

ことの発端の、少し前の話

前提として追記しますがこの記事は株式会社Rockakuの移転の話ではありません。どちらというと、個人でコワーキングスペース借りるくらいの気持ちで、一軒家を借りた話だと思ってください。念のため。

僕は東京と埼玉の県境の埼玉側、戸田市…駅でいうと埼京線の戸田公園の近くに住んでいます。
学生時代に出会った奥さんの実家(現在の自宅)があって、こそこそ通っていた時期を含めれば、もうかれこれ20年、この街と関わってきました。

ここは一時期は市がお金をかけて道を整備した商店街で、それなりに賑わっていたそうです。が、20年前の段階ですでに営業していたお店は8軒ほど。ご多分に漏れず近場に大型商業施設ができたりして、この数年でさらに減って、5軒くらいになっていました。

そんな中で、僕がずっと気になっている物件がありました。それが写真の建物です。まあ、古い床屋さんですね。とは言え、床屋だった時代を僕は知らなくて。でも、何というか、雰囲気がすごくよくて、商店街の出口の角にあるというロケーションもいい感じでした。5年以上前に、床屋の雰囲気を生かした喫茶店だったことがありましたが、1回入ったくらいで、いつの間にかなくなっていました。

その後、何かの倉庫や作業場として使われている気配はありましたが、物件の魅力を生かした使い方はされていなくて、漠然と「もったいないなあ」くらいの気持ちで眺めていました。


ゲームで言えば背景グラフィックのような存在だった

この時点では、まだ、この物件は、僕にとって「ちょっと気に入っている風景」にすぎなかったんですよね。何というのかな、昔のバイオハザードとかそういうゲームで、謎解きに関わる扉とか宝箱みたいなオブジェクトと、ただ、背景として描かれているグラフィックって、ちょっとレイヤーが違う感じだったじゃないですか。僕の日々の中で、この物件は後者でしかなかったんですよね。

それが急に、謎解きに関わる扉……つまり、僕の日々にコミットする存在に変わったのは、コロナ禍が新しい日常になりはじめてしまった2020年の7月のことでした。


リモートワークとか、会社の経営とか、子育てとか

僕は東京の大塚(山手線の池袋の隣ね)で会社を経営しています。小さいながらもビルを一棟借りて、けっこうな費用をかけてリノベーションした思い入れのあるオフィスを構えています。でも、4月以降、ほぼ会社に行くことがなくなりました。社員も数人いますが、みんなリモートワークを継続中です。

およそ4ヶ月にわたって会社を使わなくなり、家で仕事をすることが当たり前になってきた。そして、この状況はそう簡単に元に戻らなそうだな……という予感が、ほぼほぼ確信に変わりはじめてきた頃合いに、第二子が誕生。上のこども(約2歳)の世話をしながら、おくさんのフォローをすると言う暮らしの中で、いよいよもって、毎日、大塚のオフィスに通勤するという生活に現実味がなくなってきました。

とは言え、簡単にオフィスを引き払えないのも事実です。改装費の件は仕方がないとして、登記先のアテもないし、オフィスにある家具や機材の置き場も確保できない。すぐに引き払わないにしても、ずっと自宅で仕事するのもそろそろしんどいしなあ……なんて、考えていたとき、状況は一変しました。


「背景グラフィック」だと思っていた存在に足を踏み入れる瞬間

上のこどもと散歩をしていたとき、この物件の窓という窓が全て開け放たれていたんですよね。「あれ?空いたのか?」と、僕は急に心躍るモノを感じました。

本気で借りようとまでは思っていませんでしたが、「そもそもこの物件がどんな存在で、借りることが可能なのか?可能なら家賃はいくらくらいなのか?いや、そんなことより、まずは中をのぞいてみたい!」みたいな衝動的な気分でベビーカーごと物件に足を踏み入れ、「すみません!誰かいませんか!?」と、大声で呼びかけていました。

が、呼んでも誰も出てきません。

それでもめげずに、その日は何度も足を運び、「誰かいませんか?」を続けました。しかし、結局は誰にも出会えませんでした。


地元のことは、地元の人に聞くのが正解

ただ、一度、そんな風に動いてしまったが最後、気になって仕方ないわけです。まずは不動産サイトで検索をかけてみる⇒ない。地元の不動産屋をはしごしてみる⇒ない。詰んだかな……と思ったんですが、やっぱり気になるわけです。で、一考しました。

この物件の真っ正面には、商店街でも数少ない現役店舗のひとつで、老舗のクリーニング屋があるんですよ。僕はそこの常連で、こどもの散歩中にも挨拶するくらいには親しい関係性がありました。そこで、思い切って、クリーニング屋の女将さんに聞いてみたんです。

「この物件の持ち主というか、管理している人というか……そういう人を知りませんか?」と。そしたら、即答で、管理人さんを紹介してくれたんです。もうね、この時点で、背景グラフィックではなくなっていました。扉のカギが半分開いた感じです。

早速、引き合わせていただいた管理人さんと話をすることができました。女将さんが「いつもお子さん連れて歩いてて、面倒見のいい人なんですよ」と口添えしてくれたのも頼もしかったですね。

おかげで、オーナーは床屋時代のご主人の息子さんで、管理人さんの親戚であること。今は別のところに住んでいることがわかりました。

とりあえず、怪しいモノではないというアピールのために名刺を渡し、オーナーにつないでいただくことになりました。数日後、オーナーと面談しながら内見。そこには想像を超えた「時間の澱」みたいなものが眠っていました。以下は内見時に撮影した写真です。

喫茶店時代につくられたカウンター。ハンドメイド感ありますが、しっかりしたつくりです。

別アングルのカウンター。

床屋時代の遺物である鏡とコンセント。ここは電源席にもできそう。

これも床屋時代の遺物であるソファー。リアルヴィンテージ。

店舗の奥には4畳半の座敷。

階段を登ると……

12畳の雰囲気ありすぎる座敷が。ここで落語会とかやりたいなあ。


家賃を聞いた瞬間に、運命は決まった

「で、お借りするとしたら月いくらでしょうか?」
オーナーは非常に物腰やわらかに、金額を遠慮がちに伝えてくれました。
が、が、が、その金額は、衝撃的でした。

いや、ありえねえすよ。ざっくり想定の3分の1くらい……都心だったら平面駐車場も借りられないくらいの金額じゃないでしょうか。

もう、心は決まりましたよね。借りる方向で、条件を聞きました。その条件がね、なんというかよかったんですよ。

「大騒ぎしないことと、そうですね、この建物を大事にしてくれること……ですかね」

1週間後、契約書が届き、僕の人生には関わりがないはずの「背景グラフィック」だったこの物件は、僕の新しい拠点になりました。

つづく


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