無心の歌

あぁ、また朝が来てしまった。カーテンから忌々しく鬱陶しい陽の光が差してきて、俺の眠気を剥ぎ取る。

咳き込みながら億劫だけど布団から起き上がる。そこらにジェンガみたいに積み重ねられて、読む事もなくなった参考書をどかす。自分自身いつ買って何のために使おうと思ったかも忘れてしまった物物物の山々。片付ける気力も沸かない。悪臭は漂ってこないからまだマシ、だと思う。

洗面台で自分の顔も確認しなくなってからどれだけ経ったのか分からん。相当寝ぼけ眼で酷い面している事はわかる。手鏡で適当に確認しつつ、最低限髭は剃ってボサりがみな髪だけはジェルで整える。

じゃないと、一日程度の単発バイトでさえ受からなくなる。今日はどこだったか……と布団近くで転がるスマホで確認する。確か電線工事中の一人警備だ。ぐるぐる警備棒を回して数時間立ち続けていれば、今日の分の飯程度はどうにかなる。明日は……まあ考えてない。

ふと指が誤タップして、特に見るつもりも無かったニ年前の今日の写真を俺の許可もなく提示して来た。地元の友達とボーリング場で悪ふざけしている写真を俺はすぐにスライドして消す。見たくもない。何か思い返すことさえ、今の俺には苦痛だった。

上京してきて暫く、俺は大学受験のために身を粉に、頭がどうにかなる位に勉学にのめりこんで来たつもり、だった。絶対にあの大学の門を叩くまで地元には帰らない、そうでなきゃ親は勿論頼ったらきっと意思が揺らいでしまうと思って――――俺自身の意志で疎遠になった友人達や、受験に専念したいと言う理由で別れ話を涙ながら飲み込んでくれた恋人の事を裏切る事になってしまう。

自分自身を孤独に置いてまで選んだ受験の道だった筈、なのに。気付けば浪人まっしぐらになり、それからあれだけ燃えていた筈の熱意もひっそりと冷めていき、今はこの有様だ。完全に親は、特に親父は激怒していて、もうお前の学費に費やす金はないから地元に帰るか、どうしても都会に残りたいならそこで定職に就け、どちらにせよ大学は諦めろと、この前電話口で怒鳴られた。

俺は反論も出来ず、無感情にはいはい言いながら電話を切った。わかっている。俺の半ば強引な判断による上京も、ただ一人暮らしで勉強に集中したいというふんわりとした希望も、判定ギリギリながらも受かる見込みがあると言う言葉を信じて両親は認めてくれた。その結果を俺は見事に無碍にしてしまった。この今住んでいるアパートだって俺の決意を信じて一緒に探してくれたアパートだ。ここもいつ追い出されるか分からないからほぼ毎日バイトしてる。

分かってるんだよ。もう自分自身、帰郷するくらいしか道は無いのは理解してる。だけど、俺は俺に期待してくれた人達を裏切る事も嫌気が差すし――――俺は俺自身が一番こんな人生を選んでいる自分に嫌悪感が増している。どうせ地元に帰ったところで仕事さえ就けるかわからないが、再リスタート出来る気さえしない。

あぁ、クソ。腹が空いてるからかどうしようもない考えが脳みそを巣食ってしまう。見るも無残な、汚れた食器の転がる流し台から目を背けて、適当に薄汚れた鍋にお湯を沸かし,袋麺と調味料とジップロックから野菜を取り出して放る。旨くも不味くも無いただの野菜ラーメンを布団近くまで持ってきて、立てたちゃぶ台にスマホリングでスマホを立てて、適当な動画を見ながら食らう。

何でも良いや、という心境で地上波から違法で横流しされているバラエティの動画をタップして――――ふと、ある動画が目に留まった。

あまり名前も知らない芸人が、野外で、というか公園だろう。寒々しい水辺を背後にいかにもちゃちなセットを使って、売り出し中のアイドルやらと特に面白みもないクイズを繰り広げている。人相は良いがきっと性格は悪そうな、ふくよかなクイズ司会者の芸人が、三人のアイドルにクイズを出題する。

『白鳥は水面を泳ぐとき、滅茶苦茶足元をばたばたと泳がせている! ○か×か!』

すると三人の内のやけに色が白く、それでいて華奢で折れそうなほど手足の細いアイドルが、そんな外見に反して異様に元気良く、座っていた椅子から飛び跳ねるように立ち上がると大きな声で言った。

『○っす!』

隣に座っている黒髪のアイドルがスマホの小さい画面でもわかる程、何故か冷や汗を掻いているような表情を浮かべている。司会者はニヤつきながら手元に紙を広げ、あさひちゃん残念! 答えは×でした! と告げた。あさひ、という名前らしいそのアイドルは、えー! なんでっすかー! と膨れ面、と言う表現を具現化した様な反応を見せた。絶対バタバタしてるっす! と言い出して聞かない。

司会者の隣の学者が、白鳥はお尻に油の線があり、その油を羽毛に塗りつけて撥水性を持たせて空気を溜めているから優雅に泳いでいる、と解説してるのを不満げに聞いているあさひ。もうあさひちゃん、先生のお話をちゃんと聞かないと駄目だよ、と黒髪のアイドルが優しく諭すと、何か腑に落ちたのかあさひは急に落ち着いた。けれどこう、反論? してきた。

『そうなんすね……。でもバタバタして泳いでる方がカッコいいっす。わたしは、そっちの方がいいっす!』

――――俺は不思議な事に、そう言って聞かないあさひの顔立ちに見入っていた。よくよく見ると紺碧の色彩が綺麗な両目や、整いすぎている目鼻立ちも目を引くけど何でこの子はこうも番組の進行やフリっぽいものを恐らく無視してまで、こんな主張をしているのかが変に気になってしまった。司会が苦笑しながら進行を進めようとしたり、黒髪のアイドルがもう、あさひちゃんったらと変な空気をどうにかしようと頑張っているのもわからなそうに、あさひはにこにこと微笑んでる。

あっ……とバイトの集合時間になっちまう。急いでスマホを消して鍋を流し台に突っ込んで俺は警備のバイトへと急ぐ。しかし頭の片隅にはあの変なアイドル……あさひ、って名前の子の事が奇妙にこびり付いて離れなくなっていた。アイドルどころか、芸能人なんざ全く興味も関心も沸かない類の人種な筈、なのに。

それがきっかけで徐々に、俺は色んな媒体であさひの事を調べる様になっていた。283プロダクションという芸能事務所に所属して、ストレイライトなるグループにいる事。そのセンターとして目覚ましい活躍をしている事とか、バラエティでは突拍子が無かったり斜め上の発言や行動をする、言い方は悪いが飛び道具的な起用をされている事とか色々わかった。とはいえその時点では別に特出して何か秀でている様なアイドルに思えなかった。

しかし、283プロが公式配信している、過去のあさひのソロライブを見――――俺は思わず画面に釘付けにされてしまった。あのバラエティとかでの、良くも悪くも実年齢よりも幼い振る舞いを感じさせない位、あさひは四肢を目一杯全力で振り上げ、ステージを縦横無尽に動き回り、力強く躍動感に満ちたダンスを息も切らさずやり抜いていた。加えて、物凄く肺活量が必要そうな激しい曲調の歌を歌いながら。

おまけに、歌い終わった後に、にっこりと小さい口元から白い歯を覗かせて笑いながら観客を煽る。何だこの中学生……中学生だよな? と俺はライブ後にプロフィールのページを再度確認しに行ってしまった。それ位普段というかライブとそれ以外の時のギャップがとんでもない。成る程、ファンはあさひのこういう変わりように胸を打たせるのかな、とぼんやり思ったりする。ふと、あのあさひの言葉が頭を過ぎった。

バタバタ……か。このステージ上での誰もが引き付けられてしまう様なパフォーマンスの裏できっと、俺なんかが想像し得ない程の汗や涙を流しているんだろう。勝手な妄想を押し付ける感じになって気色悪いけど、それでも俺はあさひが白鳥を自分と重ねて、周囲の段取りを無効にしてまで発言したのかもなと一考した。

……ふと、ちゃぶ台の周りの自分の周囲に目をやった。

読みもしない本、ただの鉄の塊な筋トレグッズ、惰性で買った使いもしない日用品。兎に角片付けさえ放置した物体が山々となり、足の踏み場さえなくなっていた。なんか、中学生があれだけ頑張って芸能活動してるのに無性に恥ずかしくなってきて、俺はひとまず目に付く範囲で汚いゴミを片付けて、必要な物と不要な物の仕分け作業に手を出す事にした。

作業は馬鹿馬鹿しい事に一週間も掛かった。けれどそうすると、不思議に鬱々としていた考えが失せ、部屋が小綺麗になっていく度に俺の脳みそもクリアになっていく。俺自身単純な頭をしているのもあるだろうけど、こんな簡単な事さえ億劫になっていたほどに身動きが取れなくなっていたのかと気付いた。図らずも、あさひのおかげで。

そうしていると、次は――――嫌な事、逃げていた現実と対面する事になる。ここに残るか、地元に帰るか。その二択にまだはっきりと出来ず、けれど一先ず働いていないとまたこんな状態になりそうだから、短期ではなく週五日形態のバイトに応募した。身支度を適当ではなく床屋に行ったりして整えて、暫くまともに使ってなかった洗面台をガッツリ掃除した。それなりに綺麗になった鏡で自分の顔を眺める。あぁ、すっげえ間抜け顔と思いつつ、思ったよりも見れる顔だった。

受かったバイトをサボらず遅刻せず、まともにこなしながら俺は気付けばあさひの活動を夢中になって追う様になっていた。バラエティやロケでは何故か見てる方の俺がハラハラしつつ、台本「ではない」部分での素のあさひが出てくる場面を見るのが楽しみになってきた。水を抜いた池の底の生物そっちのけでクワガタ探しに行ったり、芸人の泣き出す演技になんで泣いてるんすかと理屈責めしたり。本当ハラハラする。

そして生のライブは倍率がとんでもない高い―――あさひ自身のライブもストレイライトのライブも全然チケット当選は出来ないんだけど、今の時代配信方式のお陰でそのライブの様子は後から見る事が出来る。

ライブは言わずもがな、最高だった。時にキメッキメにライトを浴びて格好良く踊り抜く姿も、時に挑発的な微笑を浮かべながらソロパートを歌い上げる姿にもゾクゾクする。あさひと並びあの時は失礼なうろ覚えではあったけど、最近メンバーの二人も好きになってきた。黒髪の子、冬優子とクールな趣の愛依と揃っての一見個性はばらばらだけど、ダンスも歌もガッチリと重なり合うストレイライトとしての活躍にもグッと来た。後、雑誌インタビューはこれ編集通してるんだよな……? となる素っ頓狂な対談に笑いつつ、人懐っこい笑顔や元気なポーズを見せてくれる姿にも夢中になった。

――――そんな日、勇気が付かなかったり、はっきり言えば嫌々で連絡が途絶えていた親から、親父から留守番電話が入っていた。あの時はつい熱くなって冷静になれずすまなかった、けれど、お前の将来について本当に心配してる、いつでも良いから電話が欲しい、話し合いたいという内容だった。俺はその連絡をじっと聞き込み、深く深呼吸して、心を冷静にした。前まで頭の中のようにごちゃついた部屋は、必要な物以外はきっちり捨てたり売ったりして、自分で言うのも何だけど落ち着いた部屋になった。洗面台やキッチンも出来る範囲で清潔にした。バイトもたまに歯軋りしたりもするけど、嫌にならず続けている。ただそう……まだ、重要な決断だけが、出来ていない状態だ。

先延ばしにしてはいけないだろうな……と頭に過ぎりつつ、やっぱり俺は駄目だ。すぐに決められない。どうしてもスマホやネカフェのパソコンではなく、テレビを――――中古の型落ち品だけど、少しでも大きな画面であさひの活躍を見たくてテレビをわざわざ買ってしまった。それで今日、ストレイライトとあさひのソロステージがあるらしい、地上波のジャパンレコードグランプリをリアルタイムで見る事に頭を切り替えた。それからきちんと、向き合って考えようと。この日だけはバイトを早上がりした。

出来合いではあるけど、ちゃんとした夕飯を用意して、テレビの前に座る。どうせ夢中になったら箸が止まってしまうけれど、兎に角新人賞に輝いたあさひがどんな踊りを、表情を見せてくれるのかがとても楽しみで――――と思った矢先。何故か、映し出されたのはストレイライトのハイライトだけだった。勿論これ自体はとても良かったけれど、何で、あさひのステージが……と、俺は何とも言えないモヤを抱えつつ、テレビを消した。

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……後日、色々な週刊誌がまるで鬼の首を取った様に、あさひがステージに立ちながら、突然パフォーマンスを止めた事をすっぱ抜いて誇張し、どうせ憶測だろう文章を立て続けにスクープしてきた。俺はそれらを絶対に視界に入れないように生活しながらも、途端にメディア露出が減ったあさひが、たまらなく心配になる。本人の意向か、283プロの配慮かはわからないけど。

だけど、俺がこんな時に出来る事なんて、あさひに出来る事なんて俺自身には何も無いのはわかっている。あさひからしたら、顔も名前も存在さえも知らない、何の接点もない路傍の石みたいなもんだ。

けれど、信じる事は出来る。しっかりと出ている番組やライブ配信を見返したりして応援の意思を寄せたり、少しでも出来る事はある筈だ。ストレイライト関連の商品を買ったり、冬優子や愛依の活躍も応援していく。それしか出来ないけど、俺は多数いるファンの末端の末端の末端だとしても、あさひの復帰を待って、信じて、その行動をし続ける。それしかないから。

……けど、俺はまず、俺自身の問題を乗り越えないと。スマホの通話記録をタップして、あの番号に電話を、掛けた。

「……もしもし、父さん。留守電聞いたよ、俺は――――」

※※※

……どこにいても人、人、人のごった返しで嫌なんだけど、その人の一人に俺自身も入ってると思うと笑える。それに、俺位しかスーツ着てないのも変に悪目立ちしてる様に思えるけど、仕方がない。どうしても、就活後のスケジュールで家に帰る時間が無かったのだ。

どうせ当選は無理だろうな、と思いつつ、一つ決断した自分への労いに応募したファン感謝祭イベントにまさか当選するとは思わなかった。俺はかなり無理な時間割りなのも辞さず、こうして駆けつけた。初めて、この目でストレイライトを。そして何より……あの事件以降、活動を控えていたあさひがこのステージで復帰する。流石に地元で面接した後にニ時間半電車に揺られるのはしんどかったけど、その瞬間を見られるのなら、疲労や移動費なんて些細だ。

前のグループの出番が終わり、次はストレイライトのパフォーマンスとなる。周りの気合の入った服装のファンが素早い動作でペンライトを準備したりするのを見ると、俺は本当に浅いファンだなと自覚する。とはいえストレイライトを、あさひを思う気持ちだけは、負ける気はまるでしない。

ステージ上部に敷き詰められているライトが一寸消灯して、周りのざわつきが収まる。ストレイライトが登場する前の緊張からか、周囲の息遣いの荒さや吐息が聞こえてくる。俺も何故か腹が痛くなっ――――てきそうな次の瞬間。

天井の沢山のスポットライトが一斉に一つの方向へと集中して、その明かりに向かって誰かが、いや、あさひだ。あさひがステージ中央へと走ってきて急ブレーキを掛けるみたいに立ち止って、観客席に向かって両手を高く振った。

会場全体を震わせるような歓声があさひを包み込んだ。俺はよくわからないけど死ぬほどテンションが上がりまくって、自分でも出した事が無いくらいの大声を、というか俺自身の声も聞こえないくらい、あさひの名前を叫んでいた。その時の心境は生であさひが見れた事とかってよりも。

兎に角あさひが、元気でよかった。

ただそれだけだった。あのままあさひが仮にアイドルを辞めてしまっていたら、復帰出来なくなっていたら、俺は身勝手ながらもきっとこの世界を恨んでいたと思う。俺自身の生活にどう影響しなくても、だ。それ位、俺はきっとあの時――――何気なく、偶然見かけたあさひに救われたのだ。あの言葉に。

『だってバタバタして泳いでる方がカッコいいっす。わたしはそっちの方がいいっす!』

きっと、あさひ自身は覚えてないだろう。けど、そっちの方がいい。らしくて、良い。あさひには到底全く敵わないけど、でも俺も――――バタバタする方を選んだから。

あさひの後に冬優子、愛依がゆっくりと後ろから歩いてきて、三人が横並びになる。観客の歓声が、色んな気持ちが渦巻いているであろうざわめきに変化して波間の様に広がる中、冬優子と愛依がそっと、あさひの隣に寄り添った。そうして、俺らへと話しかけてくれた。

「ファンの皆さーん! 今日は感謝祭に来てくれて、ふゆ、本当に嬉しいです、ありがとうございます!」

その一斉に再び沸きあがる歓声。けれど冬優子はそこで一旦呼吸を置くと、次の言葉を発した。会場がそれを聞き逃さない様、しんと静かになる。

「あのね、ライブを始める前にあさひちゃんが皆に伝えたいことがあるの。会場の奥の皆にまで届くように伝えるから、しっかり聞いて欲しいな。ふゆのお願い」

声は聞こえてはこないけど、愛依が恐らくあさひちゃん、と声を掛けながら背中を優しく押した。一歩足を踏み出すと、あさひは――――深くお辞儀をすると、真剣な面持ちでしっかりと、話し出した。

「皆来てくれて本当に……ありがとうっす。後……心配をおかけして、ごめんなさい」

そんな事ないよー! とか、待ってたよー! というファンの叫びが遠くの客席から聞こえてくる。それを茶化したりする人はここにはいない。俺は声に出す勇気は出ないけど、今叫んだ人の声に滅茶苦茶同意する。

「わたし、色々考えて怖くなったり迷ったりして……それでちょっとだけ立ち止まっちゃって……だけど」

――――もしかしたら俺の思い過ごしかも、いやきっと、思い過ごしの勘違いの、気持ち悪いうぬぼれだと思う。でも俺はあさひが、あさひが一瞬だけでも、俺の方を見てくれた、そんな気がした。

「だけど、わたしにはまだ見てない景色がある、見たい夢がある。だから――――わたしまだまだ、アイドルし続けるっす。冬優子ちゃんと愛依ちゃんと、一緒に」

その宣言が発された瞬間、雄たけびの様な喜びの声や、絶え間ない拍手が嵐の様に会場を席巻した。俺自身もよくわからないけど両手の拳を握り締めて叫んでいた。俺は隣の人も、その隣も隣も顔も声も名前も知らない人だけど、きっとこの瞬間だけは心通じる友達になれている、気がした。

「それじゃあ皆、行くっすよー! ストレイライトで――――」

興奮の坩堝で会場全体が滅茶苦茶熱い中、あさひが冬優子、愛依と顔をちらりと見合わせては、あの馴染み深い、歯を見せる笑顔をして――――二人と頷きあうと、声を合わせて、言った。

「「「Wandering Dream Chaser」」」

※※※

もう、無我夢中だった。

ペンライトは持っていないけど、周りの人に合わせて、俺はストレイライトの曲一曲一曲を絶対に聞き逃さず、自分の中に留めようとしつつ、盛り上げる為に必死になった。スポーツだった。ただ、曲に合わせて手拍子したり声を上げるだけなのに、人生で一番運動した気さえする。

俺達の頑張りがどれだけ貢献してるのかはわからないけど、ファン感謝祭で最も反響が大きかったのはストレイライトだった。その事でアンコールが巻き起こり、滅茶苦茶疲れてるし息絶え絶えな筈なんだけど、俺は震えている膝を無理矢理叩いて元気付けて、目前のストレイライトに目を向けた。目、どころか顔、全身を。呼ばれて急いで下手から走ってきたからか、結構息切れているように見える冬優子と愛依に対し、ニコニコ笑顔を振りまきながら両手を振っているあさひに、あぁやっぱ凄いわこの子と変に冷静になる。

観客と楽しそうにレスポンスを交わしながら、あさひは噛み締めるように、言った。

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……って、確か言ってたと思う。まさかアンコールが成立するとは思わずこっちもビックリしたから、割と記憶はあいまいだけど、でも、あさひが言ってたのは絶対確かだ。――――わたしが、一番楽しいと。

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アンコールの曲目が終わった後、あさひと冬優子と愛依が最初と同じ様に横並びになって、ストレイライトの一種決め台詞をズバッと決めたのも確かに覚えてる。でも本当に興奮の立て続けで、記憶が混濁している感じはある。だけど確かなのは、これからもあさひはアイドルであり続け、そして――――ストレイライトとして、輝き続けるという事だ。

ファン感謝祭帰りの人々で駅に向かうまでの道路が埋まっている中、俺は今まで体験したことのない余韻に浸っている。このまま苦労して地元に帰るか、もう適当なネカフェで夜を明かすか人ごみを掻き分けながら迷っていると、ふと、誰かが、俺の名前を呼びながら走ってきた。

えっ? と驚きながらその場に止まって振り向くと――――あの隣で、俺の隣で俺以上に懸命に、ストレイライトを応援していた青年が必死な形相を浮かべながら困惑している俺の元に駆け付けてきた。そうして肩で息をしつつ上半身を上げながら何かを取り出した。

「あの……定期券、落とされたみたいで。間に合ってよかったです」

「あっ……あぁ! すみません! 夢中になってて落としたの全然気付かなかったみたいで……マジで助かりました! ありがとうございます」

「いえいえ……あの、こんな事いきなり聞くのもアレなんですけど……ストレイであさひちゃん派なんですか?」

「……」

俺は返答に一寸迷いつつも、この青年と確実に友達になれる、いや、なりたいと思いながら、答えた。

「人生を変えられたレベルで――――好きです」


※※※

こんな文章贈られても何なんすかこれ? だと思いますが芹沢あさひさん、お誕生日おめでとうございます。これからのご活躍を楽しみにしています。

~勝手に今回の小説を書くのにリスペクトしている作品~

芹沢あさひと僕

なんかもう、強い、凄い。

放課後クライマックスガールズの小宮果穂を演じられている声優、河野ひよりさんがラジオ番組で語った、自身をモブ男子に置き換えて披露したあさひへの思いを謝罪Pさんが動画化した作品という凄いねじれ構造な作品。

でありながら河野さんの思いも、謝罪Pさんの動画のクオリティも非常に秀逸という恐ろしい作品です。にしてもここまで人を狂わせるシャニマス、恐ろしい……。僕はまだまだ狂いが足りない……。それと謝罪Pさんは滅茶苦茶凄いあさひPなので他作品も注目です。

30歳になった田中摩美々のアコースティック・ソロライブに行きたい

うゴグ(ugogg)/阿部(シャニマス)さんによる、実在感と言いますか、この世界に仮に、というかもしも田中摩美々さんが実在していたらきっとこんな光景なんだろうな、と思ってしまう位文章表現も情景描写も巧過ぎて悔しいnoteです。同系統? な大崎甜花さんの小説も完成度にビビリます、お勧め。


以上、梶原一郎でした。次の更新は多分もっと気軽な感じになるかもしれないし、ならないかもしれません。最後まで読んでいただき(いるのかな……)ありがとうございました。

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