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デュエル歌合戦

 サイド攻撃を仕掛けようと君は左サイドを駆け上がった。けれども、ゲームは右サイドを中心に組み立てられていた。10番と7番がテンポよくパスを回し幾度となくチャンスを生み出していた。敵もそれに応じて右サイドに守備の重点を置き始めた。そうなると攻撃は目に見えて渋滞を起こした。「よこせ!」君は大きく手を上げてアピールした。ピッチの中にサイドチェンジという言葉は存在しないようだった。向こうが陸ならば、こちらは海だ。君の前には敵のアタッカーが立っていた。

「どうしてマークする?」
「危険だからだ」
 ゲームは逆サイドに傾いているのに何が危険だ。左サイドには攻めもなければ守りもない。忘れ去られた左サイド。もしかしたら誰も見ていないのかもしれないと君は思い始める。ただ無意味な上り下りを繰り返して、地味に消耗していく肉体。退屈と少しの寂しさの中で折句の扉が開かれた。

「監督が希望の星をつかむ手に」
「ハミングをする炊き込みご飯」
 何だって。
「駆け上がる希望の消えた土を蹴り」
「ハムを拾って食べてもいいの」
 腹減ってるのか。
「過大なる期待の裏でつぶされた」
「バームクーヘン食べてもいいの」
「どうして返すんだ?」
「お前の動きに合わせるのが俺の仕事だ」
「そうか。だったらもっと真面目に返せ!」
「お前もな」

「回想の汽車が運んだ月の夜に」
「はくしょん!メシの種をまきたい」
 何だって。
「軽やかに着こなしていたつかの間の」
「ハーフタイムに食べる焼きそば」
 腹減ってるのか。


「形なきキッスがうそをつく頃に」
「ハンバーガーを食べ尽くす君」
「お前、腹減ってるな」
「それがどうした」
「歌に私情を挟むんじゃない」
「他に何があると言うんだ」
「もっと大きな世界を歌うべきだろう」
「お前がちゃんとビジョンを出せよ」
「お前とは合わないな」
「当たり前だろう」

「カシミアの胡瓜に苦い罪を着せ」
「はさみ将棋を楽しむがいい」
「快楽と恐怖が交じるつむじ風」
「判定はアンタッチャブルだぜ」
「癇癪のキックが語り継ぐものは」
「墓石ほどに他愛ないもの」
「どういう意味だ?」
「俺にわかるはずがないだろう」
「俺のかきつばたをよくも壊してくれたな」
「お前のかきつばただと?」
「俺のじゃない。だがお前のものでもない」
「だったら何だ」
「歌うならちゃんと魂を込めて歌え!」
「半分はお前のせいだろう」


「神さまが君を描いた翼ある……」
「……」
 割れるような大歓声が歌を断ち切った。ついに右サイドの攻撃が実を結んだのだ。下の句を聞かず恐る恐る君は喜びの輪の方に近づいていく。ようやくチームの一員になる瞬間が訪れた。君は抱きしめるべき対象を探してチームメイトの顔を見回した。ゴール前で跳ねているのは、ウサギ、リス、キリン……。折句サイドでくすぶっている間に、急速な世代交代が起こっていたようだ。絡めそうな相手を見つけることはついにできなかった。10番はカモシカ。7番は今はユニコーンのものだった。


気まぐれに
世界をかける
キッカーは
例に背いて
生きるのが好き

折句「キセキレイ」短歌


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