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【テレスコープ・メイト】第1話 -はじまりの朝-


目の前に、飛行機が墜ちてきた。
ただそこに墜ちる運命にあったかのように、機体は真っ直ぐに落下し、僕らの隣町を燃やした。中学3年生のアカリの父・聡一郎は、ロケットのエンジンを旅客機に応用し、大勢の旅行客を乗せて宇宙まで飛ぶ研究をしている。しかし、父の会社『テレス』が国の事業と提携すると、研究目的が一変し、聡一郎も変わっていってしまう。そんなある日、滅びゆく地球から限りある資源を持ち出し、月移住を試みている者の存在を知る。
宇宙の壮大さ、月の美しさを教えてくれたのは、“父”だったのに―。

地球が住めなくなった時、月へ移住することは、エゴなのか・進歩なのか。

【それでも、生きる意味】






この物語は、筆者が、現在のZ世代・α世代として生まれた子どもたちが大人になった世界を想像して書いた創作小説です。

文末に【企画書】の掲載があり、IntroductionとProduction noteをお読みいただけます。



#1 テレスコープ・メイト

meme.



目の前に、飛行機が墜ちてきた。


ただそこに墜ちる運命にあったかのように、機体は真っ直ぐに落下し、僕らの隣町を燃やした。

「・・・っ!!」

墜ちていく機体を肉眼で見たのは初めてだった。

それなのに、初めて見た気がしなかったのは、もはや見慣れてしまう程に毎日繰り返し報道されているテレビの中の光景と、まるで同じだったからである。


3週間前から繰り返し放送され続けている、飛行機墜落のニュース映像。


その現象は、まるでデジャブのように、僕らの日常に、繰り返され始めていたー。



―――――――――――――――――✈︎



【 登場人物 】

 田邊 星(タナベ アカリ)
 田邊 聡一郎(タナベ ソウイチロウ)星の父
 速手 鼓(ハヤテ ツヅミ)
 速手 伸弥(ハヤテ シンヤ)鼓の父
 延沢 英寿(ノベザワ ヒデトシ)テレスの創始者・元社長


1.墜落


アカリー!?朝ごはん食べないの?」

キッチンから母の声が聞こえてくる。
あくびをしながら1階まで降りると、資料を読みながらベーコンエッグを食べる父さんがいて、少し驚く。

「眠そうだな。定期テストの勉強は、はかどっているのか?」

父さんは僕に向かって言っているはずなのに、こちらには目もくれず、資料の続きを読み続けている。朝の挨拶もない。

当然だろう。飛行機が、墜ちたのだ。

逆に言えば、家にいることが不思議なくらいだった。ここ連日の飛行機墜落事故も原因究明班として、もうずっと、自宅に帰ってくることなく、オフィスに泊まり込んでいた。

「徹夜だよ。」

僕に何ができるわけでもないけれど、墜ちた飛行機のことを考えていたら、夜が明けていた。定期テストの勉強どころではないことは、父さんが1番よく分かっているはずだ。

「社長がすぐに駆け付けなくていいのかよ?」

一応、父さんに聞いてみる。

「今、ツヅミくんのお父さんが先に行ってるんだ。父さんも、また当分泊まり込みだ。」

「泊まる用の荷物取りに戻ってきただけなんだってー。」せわしなく準備をしながら、母さんがボヤいている。

「へぇ。」

アカリの父・田邊聡一郎タナベソウイチロウは、日本屈指のEVメーカー『テレス』の社長を務める。テレスは宇宙開発事業・航空事業にも手を伸ばす、日本の大企業だ。





「行ってきまーす」


背を向けて家を出ようとするアカリを、3つの“声”が追いかけてきた。


「ちょっとアカリ!ごはんは?」と、母。

『また、飛行機の墜落事故です。今回は羽田発新千歳行きの旅客機。機長、客室乗務員、乗客を合わせ182名を乗せたBeening7770便は、羽田空港を今朝7:52に離陸し…』テレビのボリュームが大きくなったのが分かる。

そしてー。

「暫く帰れないんだ。アカリのこと、よろしく頼む・・・!!!」


母の声とニュースの音声に、さらに畳みかけるようにしてアカリまで届いたその言葉には、確実に、鉛のように重たい、何かが含まれていた。


アカリのこと、よろしく頼む』

アカリは、ハッとした。

・・・まさか!?

一気に、あの日の言葉が脳内を駆け巡る。

父さんのその一言は、母さんに言ったように見せかけて、確実に、アカリへ向けて直接放たれたメッセージであるということを、その時アカリだけが理解した。

父さん、やっぱり、そういうことだったのか・・・!?

ついに、あれが、始まったというのか…!?

アカリを追いかけてくるどの言葉にも、もう、返事はしなかった。

そのまま振り返らずに、玄関の扉を開けた。

父さんもきっと、目線をこちらには向けずに、その言葉を言ったはずだと、そう思ったから。



2.飛行機事故に遭う可能性


最近、全国各地で、飛行機の墜落事故が起きている。

この前はセントレア発沖縄行き、その前は成田発鹿児島行き。今回Beeningが墜ちたことで、LCCも大手も関係がないことが分かった。

坂道を下っていると、キキキーーーっという音と共に、聞きなれた声が追いかけてきた。

アカリ!見たか!?昨日の!!」


ブレーキのさびかけた自転車で、ツヅミが後ろから坂を下りてくるのが分かった。

アカリと同じマンションに住むツヅミは、中学への通学路がほぼ同じだった。どちらかが遅刻さえしなければ、待ち合わせをしなくとも、必ずこの坂道の途中で一緒になる。

「あと少しだけ、軌道がずれていたらさ!」

坂の一番下の赤信号で、アカリは止まって振り返った。キキキーーー!!と、またすごい音を立てて、ツヅミの自転車もその隣に止まる。

「あと少しだけ、墜ち始めるのが早かったりしたらさ。この街に…墜ちてきていたと思うか?」

息をはずませながら、ツヅミは言う。

「見たろ?昨日…あれが、墜ちるところ…」

ツヅミは、青ざめているとも、赤らんでいるとも、両方とれるような顔つきで、アカリの顔を覗き込んだ。

アカリは、あえておどけた声を出した。

「見た見た!あんな大事故があったつーのに、うちの学校は休みにもならないんだぜ。どーかしてるっつーの!」

冷静さを保とうと、小ボケまで挟んでみる。

アカリだって、興奮しているのは同じだった。それに、さっき父から言われた『あの言葉』のせいで、バクバクと高鳴る心臓の音を、早く落ち着かせたかった。


僕らは一度、冷静になる必要があった。

10年前のあの日のことを、果たしてツヅミは、覚えているのだろうか。


アカリは問いかける。


「なぁ、ツヅミ。飛行機事故で、死亡する確率、覚えてるか。」


「0.0009%、だろ?」


間髪入れずに、ツヅミは答える。


「そう。お前が毎日せっせと飛行機に乗り続けたって、666年乗ってなけりゃ遭遇することはないはずなんだ。」


「悪魔の数字。」ツヅミは、クククッと笑う。

「そして今のところ、666年も生き続けられる人間は、存在しない。」

「そう。飛行機事故なんてさ…遭遇させてくださいって神に願ったって、遭遇できない確率の話だって思ってたよ。」




「けど星。・・・今朝のニュース、見たか?
管制塔の記録からも現在わかっている情報はエンジントラブルだろうということだけだって・・・。一機目の墜落から、もう3週間も経っているんだぞ!?それなのに、まだ詳しい原因追及が困難って言い続けている。

なぁ・・・これ、おかしい・・・よな?」

―――そう、おかしいんだ。


飛行機は、どんな交通手段よりも安全で、AIシュミレーションされ尽くした現代の管制は、どんな交通整備よりも正しい。道路標識や信号機なんてひとつも大空を、そんなものだらけの地上より遥かに少ない事故率で、悠々と飛んでいく。

それが、僕らの大好きな飛行機だった。

その事実が、狂い始めていた。

「前に父さんが、飛行機はエンジンの1つが止まったって、墜落することなんかあり得ないって言っていた。」

ツヅミが、早口でそうつぶやく。唇は震えている。

ツヅミの父・速手伸弥ハヤテシンヤもまた、テレスの社員であり、宇宙開発事業部の部長だった。

「1つどころじゃないぜ。仮に全てのエンジンが止まったとしたって、あんなふうにして、墜落はしない。」

安定飛行に入った飛行機は、エンジンで飛んでいるわけじゃないということを、アカリツヅミも、昔から知っていた。父達が、よくその話をしてくれたからだ。



「・・・それに、飛行機が墜落したのは、離陸してから25分も経った後だった。」

「あぁ。間違いなく、クリティカル・イレブン・ミニッツじゃなかった…!!」


エンジンの原因による飛行機事故が発生する多くは、離陸か着陸の時。

離陸後の3分と着陸前の8分の、合計11分間を「クリティカル・イレブン・ミニッツ」――魔の11分と呼ぶ。

その時間は、飛行機にとって最もエンジンの力を必要とする時間。その時間に起こるエンジンの故障は、直接飛行機事故の可能性を示唆する。

一方でその時間さえ過ぎてしまえば、飛行機の自重を支える大部分は、エンジンではなく揚力に変わる。揚力とは、飛行機が前進して風を切ることによって発生する力。つまり、クリティカル・イレブン・ミニッツを過ぎた飛行機にとって重要なのは、機体を前進させて、揚力を発生させ続けること――。

飛行機が堕ち始めたのは、離陸から25分後のことだった。もう、機体はほとんど揚力で飛んでいる時間帯だ。だからこそ、あんなふうにまっすぐと、意志をもって墜ちるような墜ち方は、どう考えたって、おかしかった。

自転車のハンドルを握る手に込められた力が強すぎて、グリップがヒリヒリと熱くなる。


「なぁ、ツヅミ。覚えているか…?」

アカリは、生唾を飲み込んで、ツヅミのほうを見た。

「何を…?」

「今朝、父さんが言ったんだ。俺たち、10年前に…テレスでさ、、、」


3.星と鼓の出会い


『テレス』は、駆け出しのベンチャー企業だった。アカリの父とツヅミの父は、その中の宇宙開発事業部に所属していた。2人は新入社員時代からの同期であり、親友だった。

テレスには、社員用に借り上げられた小さなマンションがあって、テレスの社員の家族も皆、そこに住んでいた。

アカリツヅミもその中の家族の1人であり、物心がついたときから近くにいた、いわゆる社宅仲間だった。



テレス社の成長には、凄まじいものがあった。
当時の社長であり、テレスの創設者の延沢英寿ノベザワヒデトシによって、宇宙開発はみるみるうちに国からの期待も担う国家プロジェクトへと成長した。

そして、それと共に聡一郎と伸弥が家に帰ってくることは少なくなっていった。


ただ、年に一度オリオン座流星群の日にだけ、2人の父は、アカリツヅミを会社に連れて行ってくれたのだ。


毎年10月19日から23日の間に東の空で見られる、明るい流星群。テレス社の大きなベランダの一角からは、毎年それがよく見えた。4人でそれを見る日の夜が、アカリツヅミにとっての、年に一度の大イベントで、いちばん好きな夜だった。



あれは、アカリツヅミが5歳だった頃の、2065年10月20日。


「お父さん!明日も来てもいい?」

初めて見る沢山の流れ星に、アカリは興奮していた。

その年の秋も、オリオン座流星群は、テレスのベランダからとてもきれいに、よく見えた。

アカリツヅミは、まだ母のお腹にいる時から、毎年ここでオリオン座流星群を見ていたのだと、父から聞かされてはいたが、アカリは目の前にこんな綺麗な沢山の流れ星を見るのは、生まれて初めてのことだと思った。



「なんだアカリ、お父さんの会社は、公園じゃないんだぞ?」

「公園なんかよりも、ここの方がずっと楽しいよ!」

「僕もー!」

ツヅミも、アカリの隣でクルクルと回りながら、そう叫ぶ。

はしゃぐ2人を、聡一郎と伸弥は、まるで昔の自分たちを見ているかのように、微笑ましく感じていた。


ホシなんか見ていないで、サッカーでもしたらどうだ」

聡一郎がそう言うと、「自分が一番、ホシ見てるくせに」と、隣で伸弥が笑って言った。


アカリは、聡一郎に向かって叫んだ。


「僕は、ホシを見ていたい!」

続けてツヅミも、伸弥に向かってこう言った。

「俺は、父ちゃんの作ったロケットエンジン搭載型飛行機に乗る、初めてのパイロットになるんだ!」

飛行機操縦の真似をする。

「おー!これは将来有望な2人の誕生だなぁ」

聡一郎と伸弥は、顔を見合わせた。



聡一郎と伸弥は、ロケットのように、宇宙まで飛び立つことができて、かつ、旅客機のように何百人もを乗せて安全に宇宙まで飛べる、ロケットエンジンの製作を1番の研究テーマとしていた。

旅客機ごと、宇宙に飛ぶのだ。

そんな夢のような話が、ついに、あと数年後には現実になるかもしれない、そんなところまできていた。

大の大人2人がその話をしているときの白熱ぶりは、子供ながらに、見ていてとても、楽しいものだった。


「2人に、アレをあげようか。」


聡一郎と伸弥が顔を見合わせて、仕事場の奥から持ってきたのは、白い天体望遠鏡テレスコープだった。


「なになに!?」


「え!いいの!?」


星と鼓は、目を見合わせる。


「いいよ。これは、父さん達も昔、延沢社長からもらったものなんだ。」

まだ2人とも若手社員だった頃に、ロケットエンジンを搭載した旅客機をつくるという話を夢中でしていた時、延沢は同じようにこれを渡してくれた。

「あぁ。その時、社長に、アレを言われたんだっけ?」

「そうだね。」

聡一郎と伸弥は、遠くを見るような目をして、微笑んだ。

「なんて、なんて!?」

「なんて言われたの?」


アカリツヅミは、楽しい話をたくさんしてくれて、すごく良く飛ぶ紙飛行機の作り方を教えてくれる延沢社長のことが、大好きだった。


「”宇宙への愛を、見失うな”って。

私達が、宇宙に対して考えられることなんて、所詮、このテレスコープの穴から覗いて見える範囲のことだけだ。その先の景色は、想像し、計算するしかない。肉眼で見ることは叶わない憶測だ。

だからこそ、宇宙を愛すると共に、恐れなければならない。テレスコープを初めて覗いた時の感動と、その時に抱いた宇宙への愛を、越えてはならない。私利私欲のための宇宙開発に、なってはならないんだよって。そう言って、これを、父さん達にくれたんだよ。」

「あぁ、ほら。それから・・・。」

伸弥は、聡一郎に目配せをする。


「―――そう。あの時だ。
あの時、言われたんだった。


君たちは、【テレスコープ・メイト】だって。」


テレスコープ・メイト。

「この小さな天体望遠鏡の穴から見える広大な世界のことを、共に感じ、考え、喜び、愛し、宇宙の不思議さと面白さに想いを馳せる、そんな同士のことだって、社長に言われたんだった。」


「お前たちも、だよ。」

聡一郎は、2人に優しく言った。

「「え?」」

アカリツヅミは、顔を見合わせる。


伸弥は、2人の頭にポンッと手を乗せて、力強くこう言った。


「お前たちも、テレスコープ・メイトだ!」


真っ白の、天体望遠鏡テレスコープを受け取った。

5歳児の4本の腕の上に、ずしりと重く、それは置かれた。

2人で抱えても重量感があって、思わずよろけそうになる。


「夢っていうのはさ、初めは、そのくらい、重いものなんだよ。」


父にそう言われたあの時の記憶が、アカリツヅミの中には、2人を繋ぐもののようにして、ずっと、留まっていた。




4.追憶


もう、信号機は、何度も赤と青を繰り返していた。

だけど、アカリと、ツヅミの頭の中は、隣町に墜ちた飛行機のことでいっぱいだった。

さらにアカリは、今朝、聡一郎が確かに言った『あの言葉』―”アカリのこと、よろしく頼む”の意味を、頭の中で、何度も反芻していた。


「なぁ、ツヅミ。覚えているか…?」

アカリは、生唾を飲み込んで、ツヅミのほうを見た。

「何を…?」

「今朝、父さんが言ったんだ。俺たち、10年前のオリオン座流星群の日に…テレスでさ、、、」


ツヅミは、一瞬ハッとした顔をした。

「まさか。・・・!?」

アカリは頷く。


アカリの父ちゃんが、言ったのか・・・?アレを・・・!?」


「あぁ。

・・・『アカリのこと、よろしく頼む』って・・・」


ごくりと、生唾を飲み込む。

本当に、言われる日が来るなんて、思ってもいなかった。
いなかったけれど、ずっと、アカリの心に張り付いていた言葉だった。

だからこそ、言われた瞬間に、電流が身体を流れるようにしてその言葉に反応した。


「今朝、父さんが、暫く帰らないって言ったんだ。」

「うん、うちも。昨日から、もういないよ。
なぁ、アカリ。それ、いつ言われた?」

「さっき、家を出る直前に。あの言葉が本当だとしたら・・・」

2人は、顔を見合わせる。


「・・・ついに、始まったって、ことだよな!?」

「あぁ。」

「この異常事態の意味も・・・。」

「あぁ・・・!!」

「あの言葉を、本当に言われる日が来るなんて・・・。」


「分かんないけど!!

・・・分かんないけど、俺は、止める。」


「あぁ。止めなきゃ、な。」

「とりあえず、やるしかねぇだろ!」



「「俺たちの、手で・・・!!」」


ふと、腕時計に目をやると、時刻は8:20を表示していた。

「・・・あ、やっべ!!!ツヅミ、遅刻!!!」

8:30開始の始業に向けて、猛スピードで自転車を漕ぎ出した。


―――――――――――――――――✈︎


【 企画書 】


なぜこの作品を創りたいのか、という自分の中の道標を見失わないように、IntroductionとProduction noteを書きました。


◇◇◇


【 第2話 】


【 第3話 】


【 第4話 】

【 第5話 】

【 第6話 】

【 第7話 】

【 第8話 】


【 第9話 】



◇◇◇



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 このnoteが、あなたの人生のどこか一部になれたなら。