こころの断捨離 (神棚のまえで)
最近好きな歌手の他界ニュースが続いている。好きだった演歌歌手が他界し寂しいが、同じ時代を生きた自分が今もこうして元気でいられることに感謝している。(ロマンチストだったな~?)
”旅の終りに みつけた夢は
北の港の ちいさな酒場
暗い灯影に 肩寄せあって
歌う故郷の 子守唄”
海外の訪問先には、その国で、その土地で暮らす人たちの祈りの場所が必ずあった。十字を切り、膝を折り、ただ祈る人たちを見つめてきた。教会があり、寺院があり、モスクがあり、礼拝堂があり、修道院があった。正直混じることはできなかったが、人々の祈る姿は目に焼き付いている。
断捨離の終盤.神棚が残っている。今日の神棚は物置のようになっている。
これで、ご利益があると思うのはお門違いだと叱られそうだ。
神棚に、父や母が子供の健康と入学を祈願し手にしたお守りが山積みになって残っている。出産、七五三、受験合格、家内安全、商売繁盛と何度も何度も祈りを捧げ、感謝した証だ。(そう思うと簡単に破棄できない)
こんな時ネットは役立つ。足りない、かけた神具を新しく購入し、家族が祈った姿を想像しながら埃を払う。飾り付けてみたが何かが足りない。
つまり、こころに何も入れていない、捨てるものがないことに気づく。正月、神社にお参りした。大きなしめ縄がある。しめ縄をロベルトの神棚でどうすればいいのか迷っている。
世界の債務が膨らんでいる。まわりには無駄遣いしていそうな人はいないが、将来きっと断捨離にかけられそうなものを誰かがどこかで一生懸命作っている。
この世にあるもので不要なもの、役に立たないものは無い。ただ無駄な物を捨てて新しいものが生まれる。そう思うと思い切って神棚を新しくし、神棚に向かうのが楽しみになる。
故郷に戻りロベルト祖先、仲間、友達が集っていた社があることを知った。今にも朽ち果てそうな社だが、祈り続けてくれた人たちがいる。ここも断捨離しなければ。
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