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カメラの話を徒然に(15)

通称 デッケルマウント(4) コダック編

レチナIIIS

レチナ、と言えば最近の人はアップルのディスプレイのことかと思うのではなかろうか。ここでは、ドイツコダック社が販売していたカメラの話である。レチナについては私は網羅的な知識がないのでここでは詳しいことは書けないが、ナーゲル社の創設者アウグスト・ナーゲルが、先行していたライカ、コンタックスといった高級カメラに対して低廉で軽量なカメラを提供したいと考えて設計し、1934年から発売された一連のシリーズである。目測式のI型、連動距離計式のII型に続き、露出計を組み込んだIII型、などがありIII型からはレンズの前群を交換して35,80mmレンズとしても使える仕組みもあった。しかし、基本は標準レンズの50mm(画角は少し広いとされる)を固定した蛇腹の折り畳み式カメラという形態であり、ライカやコンタックスに比べて4分の1くらいの価格で売り出して写真の普及に大きく貢献したものの、本格的なレンズ交換式ではなかった。

レンズ交換式が出るのは、58年のことである。それが、このIIIS型(及び露出計なしのIIS型)だ。このカメラに使われたマウントが、デッケル社のものなのである。デッケルマウントは、本来の仕様はレンズの後ろにリーフシャッターを置き、さらにフィルム面との間にミラーを置いた一眼レフ用のシステムであるが、ミラー部分を省き連動距離計用のレンズの位置を伝えるカムをつけた仕様も用意された。ドイツコダック社がまず出したカメラはこの連動距離計マウントのモデルで、一眼レフ機は翌年の59年に出ている。
ミラーを省いた、とは言えマウントとフィルムの位置関係はそのままであり、シャッター機構はカメラのボディ前面に突き出た形になる。ゆえに先行したフォーカルプレーン機であるライカなどに比べるとレンズマウントが出っ張っていてコンパクト感は減退しているが、ドイツコダック社のデッケルマウント用に供給されたシュナイダーのクセナー50mmF2.8やクルタゴン35mmF2.8といったレンズは薄型でマウント面からの出っ張りが少ないから、カメラに装着した形は案外コンパクトでまとまりが良い。それに、シャッターリリースが軽くシャッターリーフの動きも静かで、ブレに強いカメラになっている。そんなこともあって、私はこのカメラの存在意義は十分あると思い、デッケルマウント機で唯一、ボディを手元に残している。

レチナIIISとレチナ クセナー50mmF2.8
マウント部拡大。このシャッター機構がレンズ設計に制約を課している。

レチナIIISのボディ

トップカバー部は蛇腹折り畳み式のIIIC型と似ていて、大きなファインダー窓が2個あり、端部に露出計の受光部があるというレイアウトだ。ファインダー内にはライカM型と同様のブライトフレームがあり、2個の窓でこれを実現している。距離計用の二重像を得る窓が大きく、内部に窓と同じ大きさのミラーがあって外光をカメラ内に反射させ、それを受けるところにすりガラス状の板があり、この内側にブライトフレーム用のマスクがある。ライカなどがフレーム用の採光窓を含めた3個の窓の方式であるのに比べて、同じ機能ながら上手く2個の窓で済ませている。
さらには、露出計の受光部もトップカバーに内蔵させ、絞りとシャッタ速度が伝導する露出計を実現している。この時期のライカの露出計は外部に装着する方式だったから、それに比べ一歩進んだやり方とも言えるだろう。

レチナIIISとライカM2(販売時期がだいたい同時期でライカは57年~、レチナは58年~)。ライカにはレチナの50mmF2.8に合わせて純正のエルマー50mmF2.8をつけたかったが、既に手放しており、フジノンの50mmF2.8をつけた。レチナIIISはマウントが飛び出しているが、レンズが薄いのでさほど大きさは感じない。カメラの背が高いのは、レンズシャッターユニットの大きさによる。

ブライトフレームはレンズによって切り替わる。35mmの枠は常時示され、50mm、85mm、135mmの枠が切り替わり、35mmレンズを装着すると35mm枠のみが残る。これらのフレームはパララックス(ファインダーとレンズの視差)を補正するようにピントの位置によって動く。28mmレンズはカメラ内のファインダーでは画角が足りないので、外付けファインダーを使う。ローデンシュトックの30mmレンズは35mm枠を無視してファインダー全視野相当で使えると言う方もいるが、私はレンズを持っていないので確認できていない。
距離計の二重像はライカなどに比べるとコントラストは低く、二重像の境界がはっきりしない形式だが、概ね正確に測距できていると思う。

露出計はシャッター速度、絞りに連動している。先にシャッター速度を決めて、レンズマウントの下部にある歯車のようなものを回して絞りを動かしつつ、トップカバーにある露出計表示部を見て黄色い針が露出計の白い針に合ったところで止めれば良い。シャッター速度ダイアルを回すと、同じ露出値を維持しながら絞りも連動して変わるので便利だ。レンズ下部にある露出調整の歯車とカメラトップにある露出計の連動はひものようなもので駆動されているので、これが切れて露出計が使えない状態のものも見られる。レンズによっては、絞りの動きが渋くここに負担がかかることがあるので、店でレンズを選ぶ時はそこもよく見ておく必要がある。
なお、露出計は空の明るさを拾いやすいので、受光部上方に手をかざすか、カメラを下に向けたりする方が良い。これはこの機種に限ったことではないが。

巻き上げレバーはトップカバーにはなくて、ボディ下部であるが、これはレチナIII型以降の定番スタイルなので、レチナを使う人なら違和感はないだろう。実際に、下部の巻き上げは案外スムーズに手がそこに行く。アグファのアンビジレッテのI型に比べればずっとやり易い(比較対象がマイナー過ぎ)。巻き上げは非常に軽くスムーズでかっちりしており、シャッターリリースは静かで、こういうところのしっかりかつ軽い感触は、他社高級機より廉価なカメラではあるものの、素晴らしい仕上がりだと思う。

シャッターユニット下部の露出調整ギヤ。三脚に据えると操作が難しくなる。
左に見えるのは巻き上げレバーで、レバー近くのボタンは巻き戻し時のロック解除ボタンだ。

交換レンズ(距離計連動タイプ)

交換レンズは、シュナイダー社とローデンシュトック社から供給され、バリエーションが豊富である。

●シュナイダー社
 レチナ クルタゴン Retina-Cultagon 28mmF4
 レチナ クルタゴン Retina-Cultagon 35mmF2.8
 レチナ クセノン Retina-Xenon 50mmF1.9
 レチナ クセナー Retina-Xenar 50mmF2.8
 レチナ テレアートン Retina-Tele-Arton 85mmF4
 レチナ テレクセナー Retina-Tele-Xenar 135mmF4
クセナーの45mmF2.8もあるとされるが、前玉回転式ゆえ距離計連動は出来ないように思われるので上記には含めなかった。もちろん、同じ系統なので装着して目測での撮影はできる。テレアートン90mmF4やテレクセナー200mmF4.8レンズも装着は出来るが距離計は連動しない。
28~50mmは最短撮影距離0.9mのものが使える。後期には0.6mになり連動カムが省略され、レンズ銘から「レチナ」がなくなっている(50mmレンズは後期でもレチナ銘が残っている。ここら辺、規則がよくわからない..と書いたが、その後レチナ銘がないレンズも確認できた)。いずれにしても、レンズマウント側に距離計連動のカムがなければ使えないと覚えておけば良い。85mmでは1.8m、135mmは4mが最短撮影距離だ。

●ローデンシュトック社
 レチナ オイリゴン Retina-Eurygon 30mmF2.8
 レチナ オイリゴン Retina-Eurygon 35mmF4
 レチナ ヘリゴン Retina-Heligon 50mmF1.9
 レチナ イザレクス Retina-Ysarex 50mmF2.8
 レチナ ロテラー Retina-Rotelar 85mmF4
 レチナ ロテラー Retina-Rotelar 135mmF4
ほぼ全部のレンズがレアもので、市場価格もかなり高い。30mmレンズが8-9万円、ヘリゴンは10万円などというのを見たことがある。
私は35mmF4だけ持っていて他は手が出ていない。これらのレンズはほとんど見かけないため前期後期でどうなったか、等は全く把握できていないので省略する。自分が持っている35mmは、距離計連動カムがあって0.9mまで寄ることができる。これはおそらく50mmレンズまで共通かと思われる。
ローデンシュトック社のレンズは、イロカ用にも供給されているので、レチナ銘でないとこのカメラには使えないはずだ(何しろ写真や文献でしか見たことがなく、現物を確認できていない)。どのレンズもレアで、イロカ用などはもっと見かけないので、まあ混同することもないだろう。

撮影例

当初はデッケルマウントのコダック向けということでまとめて書くつもりだったが、レチナIIISで撮ったものをここに上げておこう。他の一眼レフ用レンズは次回以降に広角・標準・望遠の分類で上げて行くことにする。

ということで、私が持っている距離計連動タイプのレンズは以下の通りである。これで一通りの撮影はできるし、どれもコンパクトなレンズなので、よく持ち出している。35mmはその日の気分でどちらかを選んでいる。
 レチナ クルタゴン Retina-Cultagon 35mmF2.8
 レチナ オイリゴン Retina-Eurygon 35mmF4
 レチナ クセナー Retina-Xenar 50mmF2.8
 レチナ テレアートン Retina-Tele-Arton 85mmF4
これらのレンズに共通しているのは、フード用のバヨネット部だ。フードは35mm/50mmで共用で、85mmに使う時はさらにこれに延長アタッチメントをかぶせるやり方になっている。この35/50mmフードはなかなか見つからない物件で、根元が金属のものと、全体が樹脂製のものがあるようだ。樹脂のバヨネットは摩耗してはまらなかったりするので現物確認時にはレンズ側ももっていることが望ましい。85mmアタッチメントはさらにレアで、必要な人は見つけ次第確保を勧める。ただ、アタッチメントなしでも十分な気はする。最近では、このバヨネットと40.5mmの汎用フィルター枠を合体させたアダプターを中国のアクセサリー業者が作っていて、オリジナルフードが見つからなければそういうアクセサリーも便利である。

レチナIIISと距離計連動型の交換レンズ。フードは35/50mm用を2個持っている。
レンズ外観が似ているので、パッと見て区別がつきにくい。

●レチナ クルタゴン Retina-Cultagon 35mmF2.8
市場には豊富に中古レンズがあり、探しやすいレンズだ。後期には0.6m近接タイプでレチナ銘が省略されたクルタゴン35mmF2.8もある。そちらは次回の稿で紹介する。
シャープでよく写り、ニュートラルな色合いだ。ピント合わせは距離環に付いた突起を指にかけて回す。ライカなどでもよくあるやり方だ。

地下鉄上野駅/ Retina IIIS,Retina-Curtagon 35mmF2.8/ F2.8,1/60,Fomapan 100
キャンディマルシェ/ Retina IIIS,Retina-Curtagon 35mmF2.8/ F4,1/15,Fuji CN
ミスト/ Retina IIIS,Retina-Curtagon 35mmF2.8/ F5.6 1/2,1/60,Fuji CN
石割楠/ Retina IIIS,Retina-Curtagon 35mmF2.8/ F8,1/60,Fuji CN

●レチナ オイリゴン Retina-Eurygon 35mmF4
ローデンシュトック社から供給されたレンズで、濃いマゼンタ色のコーティングがあってシュナイダーとの設計の違いが目に見えて、楽しい。レンズの筐体自体は同じコダック系統の他のレンズと似ていて、フードは共用できる。
開放F値がF4ということもあり、被写界深度が深く、ある程度離れると大きくはボケないが、画面全体に均一で隅々までよく写っている。

ミスト/ Retina IIIS,Retina-Eurygon 35mmF4/ F5.6,1/125,Fuji CN
腐食しているのか、剥がれかかっているが大丈夫なのかな。
銀座にて/ Retina IIIS,Retina-Eurygon 35mmF4/ F8,1/250,Fuji CN
銀座にて/ Retina IIIS,Retina-Eurygon 35mmF4/ F4,1/250,Fuji CN
最短撮影距離付近での撮影。開放F4なのであまりボケない。

●レチナ クセナー Retina-Xenar 50mmF2.8
クルタゴン同様、市場に豊富に物件が流通しており手に入れやすい。後期には0.6m近接タイプも出たが、それもレチナ クセナーの名前のままである。前期型はピント合わせの指掛けがあるのでそれで区別できそうだが、私もそんなに多くを見ていないので正しいかどうか分からない。
4枚構成のテッサータイプで、シャープで良いレンズだ。

鶴見駅近くにて/ Retina IIIS,Retina-Xenar 50mmF2.8/ F8,1/125 ,Fomapan 100
熱海駅前にて/ Retina IIIS,Retina-Xenar 50mmF2.8/ F11,1/250 ,Fuji CN
温泉旅館/ Retina IIIS,Retina-Xenar 50mmF2.8/ F5.6,1/125 ,Fuji CN
愛染明王堂にて/ Retina IIIS,Retina-Xenar 50mmF2.8/ F5.6,1/125 ,Fuji CN

●レチナ テレアートン Retina-Tele-Arton 85mmF4
小柄に出来ている中望遠レンズである。35mmや50mmと長さがあまり変わらず、カメラバッグの中で区別がつきにくい。鏡胴横にある線の数で覚えるのも良い。85mmが1本で、35mmが2本である。
5枚構成のクセノタータイプで、シャープで画面全体に安定した描写である。

熱海駅にて/ Retina IIIS,Retina-Tele-Arton 85mmF4/ F5.6,1/125,Fuji CN
寝姿山の展望台にて/ Retina IIIS,Retina-Tele-Arton 85mmF4/ F11,1/250,Fuji CN

おわりに

コダック系のデッケルマウントの話の導入ということで、レチナIIISについて書いた。デッケルマウントの中でもマイナーな機種かとは思うが、スムーズな操作と静かなシャッターは使っていて気持ち良い。

次回以降は、レチナフレックス用のデッケルマウントレンズの話になる。レチナフレックス系統のボディは持っていないので、完全にレンズのみの記事になる予定だ。

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