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春の匂い

もったりとした空気が流れ、寒さにこわばっていた身体がゆるゆるとほぐれてくる春のはじめ。
毎年思い出す出来事がある。

小学生のころクラスの女の子が体育の授業中、遊具にのぼりつつ、こんなことを言った。
「ねぇ、春の匂いがする!」

彼女はちょっと夢見がちの「お嬢さま風」な女の子だった。
ふわふわピンクのメゾピアノのスカートにハーフツイン。男子にも積極的に話しかけ、なんなら肩にポンとスキンシップなんかもできてしまう。けれど時に、周りを振り回してしまうようなおてんばな一面もあり、男女問わず「ちょっとヘンだよね」と言われてしまう。
本人は露程にも気にしていない様子で、けろっとしている、そんな、女の子。仮に「おじょうさま」ちゃんと呼ぼう。

そうであるからして、この「春の匂いがする」言動も、近くにいた男子たちは「そんなのあるわけないだろ」とか「意味わかんねぇよ」などと言って、ちょっと小馬鹿にして敬遠した。

理解してもらえなかった「おじょうさま」ちゃんは
「えー、なんでわからないの。ほらっ今もするよ!春の匂い!」
嬉々として顔を天に突き出して、思いっきり空気を吸ってみせた。

「ねぇねぇ、わかるでしょう?!」

相手にされなかったことにめげずに、今度はわたしに白羽の矢が立った。どう答えれば「中立」を表明できるのか瞬時に考えを巡らせた結果、わたしは「うーーん、そうかなぁ…」と非常に曖昧な答えを返すこととなった。

そのあとも彼女は「絶対、これ春の匂いだから」と力強く主張していたけれど、教師の招集がかかりその話はそれきりになった。

背の順に並んでいる最中、わたしはさっきの出来事を思い返していた。
本当は「春の匂い」をわたしも感じていたから。
風が運ぶ、ゆるくて、あたたくて、少し甘いような匂い。「春だなぁ」とかんじられる、ぬるま湯のような空気。それらすべてが「春の匂い」なのかもしれない。


わたしも「わかるよ!」と言えればよかったかな。
10年以上経った今、ふと思う。
こうして一年が巡り、青々とした草の匂いが混じった風が吹くたび思い返してしまうのだから。
今となってはもう名前も思い出せないが、今もどこかで鼻をうごめかして「春の匂い」を感じているのでは、と勝手に想像する。

高等遊民になりたい………。