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無題PART6或は暇つぶしの採用

忘れてたな。そういや今日は面接の日だった。

男は窓越しにいかにも面接といった感じのスーツを着て玄関で戸惑っている若い女の子をみて思い出した。

そして応接室に案内するよう事務の女性に伝えた。

ったく、設計の技術職が女性の補佐が必要だといっていうことを聞かない。女で技術職だと?この会社では無理だ。この業界でもだ。

とりあえずあいつはごねると面倒だ。本社で試験してもらって、こちらで面接。なんとか適当に不採用の理由を見つけてやり過ごそう。

面接が終わった。どうも普通でつまらん奴だ。とりあえず、せっかく遠いところ来てくれたんだから精一杯の愛想はしといたぞ。まさか帰りに本当に現場に行ったりはせんだろうな。近頃の若いもんときたら、やる気の言葉だけつらつらのべやがる。

「どうでしたー?今日面接の女の子?」

「どうもこうもないわー。普通よ普通。あんなんきてもどないもならんぞ。」

「んなことねぇよ。今日あの子現場に来たよ。面接の後。」

「何ぃ?それほんまけ?」

「ほんまよ。服着替えて手伝って帰ったわ。」

「ガハハハハ。そうけぇ。ちょっと面白いかもしれんな。考えてみるか。」


かくして夜子は採用となった。

夜子は自ら望んで転職を希望したその会社では、男どもが昨晩の夜の手柄を嬉しげに語り合う光景がいたって普通であるなどどは夢にも思っていない。

そしてもちろん自分の採用理由なども全く知らないのだった。あーあ!

夜子の志望動機は、
「現場もわかる設計者になりたいな。」
という程度のものだった。

一方で夜子を採用した側としては、使い物にならなかった場合いつ出ていってもらっても構わない立場であった。

事務員に未婚の女性はいた。大卒の男子の採用は増えてきていた。
しかし大卒の女子の採用ははじめてだった。しかも技術職である。
乗り気の二人を除いた男どもは先の流れが全く読めなかった。

しかしそれは杞憂に終わった。
夜子は皆の予想を上回る珍妙な女であった。
大学は出ているようだが、それだけだ。業界のことなどこれっぽっちもわかっていない。頭の中お花畑である。
免許なんかオートマ限定である。
これはいったいどうすりゃいいんだ?
質問ぜめにして夜子がとりあえず煙たい存在ではないことがわかった後、みんな頭を捻って探り探り彼女の活かしどころを考えた。

そんな様子を知ってか知らずか、筆を持ったこの会社のボスは夜子を呼び寄せた。

「このハガキに左手で『元気です』と書け。」

もともとたいして字が上手くないのに左手で書くとは何だろう?よくわからなかったが夜子はハガキいっぱいに「元気です」と書いた。

眼鏡を外し、出来映えを確認したこのボスは、

「まあまあだな。よし、表にお前さんの実家の住所を書け。」

と言った。夜子は驚いた。

「嫌です。面白いけどこんなの届いたら両親は却ってびっくりします。そんなハガキ送るキャラではありません。」

夜子は入社当日に早速上司にNOを突きつけた。

「いいから書いてごらん。今日の夜両親に電話すりゃいいじゃないか。お父さんお母さんもきっと喜ばれるから。」

この上司は全く引く気を見せない。
それもそうかと住所を書きながら、干支の話をしていたら、この上司は父と一つしか変わらなかった。

くだらない電話をもらうと両親が喜ぶということはたしかにあるかもしれない。夜子はこの提案をちょっとだけ信用してみることにした。

ハガキを書くのが
この会社での夜子の初めての仕事だった。


続くかな?フィクションですよー。

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