推しのいる生活と同居人

斜線堂有紀「愛じゃないならこれは何」のなかの一遍、「ミニカーだって一生推してろ」の、新作恋愛短編「ミニカーを捨てよ、春を呪え」が公開されてた。2023/9/1
https://note.com/jump_j_books/n/nf299826cb1ca

めるすけの彼女


瑠璃が文字の中から一生懸命情報を手繰り出そうとしていた、噂の”彼女”の話だった。
「君の長靴でいいです」の妻川の彼女みたいな、ふつうで黄緑色の長靴をはく女の子だと予想していた。すべて予想に反していた訳ではない、赤羽瑠璃と比べたら素朴な女の子だったけど、赤羽瑠璃と同じく盲目的な愛を持っていた。人生のすこしの時間を恋愛に使うような、ふつうな女の子ではなかった。
「愛じゃないならこれは何」の自分を変えてしまうような恋愛ではないから、他の主人公たちとは違った。

顔整いとかSNS俗的なことばを使うところはとても普通で、泣き出しても感情と人生を天秤にかけて冷静さを失わないところが大人だと思った。卑屈な予防線で生きているせいで、現実の女の子みたいなうげっとする部分もある。

冬美はめるすけに恋をしていなかったし、ただ恋人に執着していただけだった。自信のなさが執着に変わった女の子。
赤羽瑠璃が自分を見出してくれた人間に恋をしていたのとあまり変わらない気がした。瑠璃だってきっとそれは誰でもよくて、けれどたまたま、めるすけだったっていうだけで。

ここまで書いて、冬美のそれは愛じゃないと思っていたけど。
誰でもよかった、ただそのひとりにめちゃくちゃ執着するって、すごい愛だなあって。

冬美は恋人を欲していて、自分のコンプレックスを埋めてくれる存在を求めていた。人生を共にしてくれることで、感情と時間の等価交換をしようとした。
ただ、そこにないと思っていた感情が、自分のものになるはずだったものを知って、欲しくなったのだと思う。
冬美はとっても普通に嫉妬深い女の子だから、冬美の話は共感できるところも多くある。
盲目的な愛の話に巻き込まれたって思うと可哀想だ。赤羽瑠璃がいなければ、可哀想と思われることもなかったのに。

推しって気軽な言葉になったし、ビジネスの食い物にされたけど、推しに使う時間も感情も奪い取りたいって思うときあるよね。
それが恋人だったら余計に。


そういえば、赤羽瑠璃はぬいぐるみを見たとき、何を想ってどれくらい時間を使ってぬいぐるみを選んだ?って羨んでた。
けどめるすけはリクエストに応えただけで、さらに推しに譲っちゃうんだから、冬美も浮かばれないよ。
冬美の話で一番好きなところで、
テディベアは? って苦しくて痛い感情。それまでのすべてを塗り替える祈りだったのに、手元にあったのに、相応じゃなかったって宣告されると辛い。
でも結婚とぬいぐるみを天秤にかけて、結婚を選べる冬美はやっぱふつうの女の子で、幸せになれる気がした

だけど赤羽瑠璃なら、ミニカーだって一生持たせられる。
って瑠璃のほうが好きだからそう思ったけど、ぬいぐるみも花束も手に入れられても、家の鍵はもらえないしな~って思った。
やっぱ長靴のほうが幸せだと思う、愛だとおもう。

おもしろかった。


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