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2016年1月 滋賀・京都日帰り旅行 けいおん!聖地巡礼

 2016年1月。私は会社をクビになった。

 理由が何だったのか、未だに分からない。「作業するのが遅いから」は建前で、社長はただ単に私のことが気に入らなかったのかもしれない。試用期間が終わるのと同時に、会社を去ることになった。
 お世辞にも良い労働環境とは思えなかったから、早々に辞めることになって清々した。ショックより安堵の気持ちが大きく、最初こそ喜んでいたが、やはり自分は社会に適応できない人間なのだろうかといった思いがどうしても消えず、少しでも油断すると塞ぎ込んでしまいそうな、心の不安定さを自覚していた。

 どこか遠くへ行きたい。自分のことを知る人がいない場所で、これからのことを静かに考えたい。そんな衝動に駆られて米原行きの電車に飛び乗ったのは、その3日後のことだった。
 一目惚れして購入したダッフルコートは私には少し小さくて、不格好だったかもしれない。それでも良かった。自分の思うままに行動したかった。目一杯おしゃれをして、自分の大好きな世界に浸る。今まで人目を気にして我慢してきたことを、思い切ってやってみる。そう決心したのだ。

 一人旅なんて生まれて初めてで、常に恐怖感が付き纏ったが、米原駅でJRから近江鉄道に乗り換えると、目的地が近づいたのを実感して、そのような雑念は薄らいできた。
 豊郷駅で下車し、しばらく歩くと、見覚えのある建物が見えてきた。

 豊郷小学校旧校舎――アニメ「けいおん!」で唯ちゃん(平沢唯)たち放課後ティータイムが通う高校の校舎のモデルとなった建物だ。
 恐る恐る、建物の中に入る。アニメでは図書室だった部屋は、レストランとして使われていた。ちょうど昼時だったから、ランチをすることにした。

 りっちゃん(田井中律)が作中で作っていたハンバーグを模した、ハンバーグ定食を食べる。もっと友達連れの人が多く来ているのかと思って身構えていたが、そうでもなくて、私と同じ1人の人もいて、居心地は悪くなかった。 ゆっくりとハンバーグを口に含み、その味を楽しむ。りっちゃんに思いを馳せながらハンバーグを食べると、普通のハンバーグに魔法がかかり、何倍もおいしく感じる。「好き」というのは、そういうことなのだ。私はりっちゃんが好き。けいおん!が好き。だから、ここに来た。

 食後、ゆったりと校舎を巡る。廊下も階段も音楽室も、何もかもがけいおん!の世界そのものだった。


 全てアニメで見た。放課後ティータイムの5人が、すぐそこにいるような気がする。声が聴こえるような気がする。


 軽音部の部室には、ファンが持ち込んだティーカップや小物(作中に出てくるものと同じもの)が置かれていた。けいおん!への愛を感じて、思わず笑みがこぼれる。


 夢か現か、分からなくなってきた。これは夢であり、現実でもあるのかもしれない。私は確かにここにいる。

 豊郷駅は無人駅で、私が豊郷小学校から戻ると、誰もいなかった。電車が来るまで時間があったから、ベンチに座って待つことにした。
 このままここで物思いに耽っていられたら、どんなに気楽だろうか。静かに時間が流れていくのを感じて、心の中から焦りが吹き出そうになる。無職になった今、私は何者でもない。無意識のうちに背負っていた重荷が降りて、随分と気持ちがすっきりしていたが、ふとした瞬間、不安に襲われる。この先、私はどういう選択をすることになるのだろう。
 電車が来た。こんなことを考えていたら、せっかくの旅行が台無しだ。今を楽しんでやる。私は、再び米原駅へと向かった。

 京都へ行く電車に乗り換えたところまでは覚えていたが、その後うとうとしていたようで、気付いたら山科を通過していた。
 京都駅で、もう一度電車を乗り継ぐ。木幡駅で下車した。

 駅を出てすぐの場所に、京都アニメーションの建物がある。憧れの京都アニメーション。近寄る勇気がなくて、遠目から眺めて終わった。
 今回の一人旅、第二の目的は、京アニショップで買い物をすることだった。すでに最終回を迎えてから何年も経つけいおん!だが、根強い人気があるのか、少しながらもグッズが置いてあった。

 無職になったばかりだというのに、1万円近く買い物をしてしまった。後悔はしていない。

 帰りの電車で、女子高生の話す関西弁に心地良さを感じながら今回の一人旅のことを振り返る。1人でこんなに遠くまで行ったのは、初めてのことだった。行く前はどきどきしていたが、いざ飛び出してみたらどうってことなかった。
 なんとなく、なんとなくだが、この先なんとかなるような気がしてきた。今までよく頑張ったから、ゆっくり休みながら将来を考えよう。一人旅、楽しかった。この旅は、きっと私にとって忘れられない旅になる。そう確信した。

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