少子化の数字の裏にあるもの:テンポ効果を考える
こんにちは、少子化研究者の茂木良平です。南デンマーク大学というところで、少子化を専門に研究しています。
毎週月曜日に少子化の現状をデータと研究知見を交えて紹介しています。
今回も前回、前々回に引き続き合計特殊出生率について取り上げます。
日本のピリオド合計特殊出生率は2005年までの急減から一転、2005年から2015年まで増加しました。今回は、この2005年から2015年にかけてのピリオドTFRの増加をどう解釈すればいいか、について解説していきます。
前回までのまとめ
ここ2回にわたり、年次別の合計特殊出生率(ピリオドTFR)の解釈の難しさについて紹介してきました。簡単にですが、過去2回の要点をまとめます。
1990年代半ば以降にみられた合計特殊出生率の上昇
1990年代半ばから2000年代初期くらいにかけて、ヨーロッパや東アジアの多くの国で、ピリオドTFRが急減する傾向がみられました。これらの国のピリオドTFRは1.3以下まで落ち込み、ただの低出生国(あるいは少子化国)ではなく、超低出生国と呼ばれるようになりました。
しかしその後、多くの先進国のピリオドTFRは回復しだします。
例えば、イタリアは1995年の1.19を底に回復し、2010年には1.44まで増加しています。日本はイタリアほどではないが、2005年に1.26と最低値を出した後、再び増加し2010年には1.38になっています。
こうした傾向は中央ヨーロッパ(中欧)や東欧諸国にも同様に見られます。西欧と北米圏の国は、超低出生国の1.3以下になった国はまだないが、多くの国で近年、ピリオドTFRは増加しています。
ここで再度ピリオドTFRの増加は、2つの要因によって起きることをおさらいします。1つ目の要因は、単に対象になっている仮想的な女性が生涯産む子ども数が増加することで起きます。これを量的(Quantum)変化と呼びます。2つ目は、人々が子どもを産むタイミングの変化によって起きるテンポ効果です。
「TFRの増加=女性が生涯に産む子ども数が増える」
と解釈してしまいがちですが、テンポ効果も重要ですので、注意してください。
現に図1で見られた、1990年代半ば以降のピリオドTFRの上昇のほとんどは、テンポ効果によってもたらされたと明らかになっています。一般的に子どもを持つタイミングを遅らせる人が多いと、ピリオドTFRは減少します。しかし、こうした晩産化が弱まる、あるいは様々な理由で子どもを持たなかった人が産むようになる(キャッチアップ効果)と、ピリオドTFRを下げる働きをしていたテンポ効果が弱まり、結果としてピリオドTFRが上昇した、という解釈です。
日本の2005年以降のピリオドTFRの上昇は欧米と同様か?
日本はどうでしょうか?
図1を見ると、他の国のピリオドTFRが1990年代後半から2000年代初期にかけて最低値になっているのに対し、日本は2005年が最低値と少し遅れています。そのため、Goldstein et al. (2009)では日本の増加分をうまく分析できていません。
近年の日本のピリオドTFRの推移がわかりやすいように、2000年から2015年までの推移を図2に示しました。
既に確認した通り、2005年にかけてピリオドTFRは減少し続けます。2005年に1.26になり、その後一転して2015年にかけて上昇し続け、2015年には1.45まで回復しました。
今回は2005年から2010年のピリオドTFRの変化について分析した研究をみてみます。
岩澤・金子(2013)によると、2005年のピリオドTFR(1.26)から2010年までの1.38までの増加分は、キャッチアップ行動による影響が大きいと明らかにされました。つまり、欧米と同様に、日本の2005年以降のピリオドTFRの上昇は、テンポ効果による見かけ上の増加という面が大きいと解釈できます。
さらに、岩澤・金子(2013)はこの論文で扱えなかった2010年以降の日本のピリオドTFRについて、今後も上昇するとすれば、キャッチアップ行動によるものと解釈できると、予測しています。実際、2015年まではピリオドTFRは増加したので、この増加もキャッチアップ効果によるものと捉えられるでしょう。
テンポ効果を調整したピリオドTFR
このように、ピリオドTFRは対象になっている仮想的な女性が生涯産む子ども数の変化(量的変化)と、人々が子どもを産むタイミングの変化によって起きるテンポ効果の2つの要因によって変化します。そのため、よく使われている指標ですが、解釈が実は難しいです。
そこで、生み出されたのが「テンポ効果を調整したピリオドTFR」です¹。
この指標はピリオドTFRに影響するテンポ効果を調整しているため、値の増減をそのまま量的変化として解釈でき、より直感的です。
図3はピリオドTFR(青線)と3つのテンポ効果調整済みピリオドTFRの比較を示しています。
これまでに複数のテンポ効果を調整したピリオドTFRは開発されてきましたが、Bongaarts and Sobotka (2012)は、TFRp*(オレンジの太線)が理論的にも「おすすめ」な指標と提案しています。
それぞれのテンポ効果調整済みピリオドTFRの優劣には立ち入りませんが、ピリオドTFRと他の線の差がテンポ効果として解釈できます。つまり、この4か国においては、実際のTFRはピリオドTFRで示されているほど低下していなかった、と言えます。例外はスペインで、ピリオドTFRと他の線が接近しています。
こうした傾向は図3で示されていない国にも当てはまります。
ではどうすればいいのか?
今後、少子化の現状を理解するためにはどの指標を見ればいいのでしょうか?
ピリオドTFRのみではなく、コーホートTFRやテンポ効果調整済みのピリオドTFRなどの他の指標も同時に観察して、少子化の現状を把握すべきです。
図4は、日本における3つの合計特殊出生率を示しました。図4のテンポ効果調整済みピリオドTFRは図3のTFR*と同じです。
コーホートTFRが表示されている2005年までは、コーホートTFRとテンポ効果調整済みピリオドTFRはほぼ同じトレンドを持っています。
テンポ効果調整済みピリオドTFRで見ると、2020年の1.5とピリオドTFRの1.33に比べると違った印象ではないでしょうか?
まとめ
ほとんどの先進国でみられた、1990年代半ば以降のピリオドTFRの上昇のほとんどは、テンポ効果によってもたらされた。
日本の2005年以降のピリオドTFRの上昇も、テンポ効果による見かけ上の増加という面が大きい。
テンポ効果を調整したピリオドTFRでみると、ピリオドTFRで示されているほど低下していなかった。
ピリオドTFRのみではなく、コーホートTFRやテンポ効果調整済みのピリオドTFRなどの他の指標も同時に観察して、少子化の現状を把握すべき。
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