見出し画像

関東地方南部における南岸低気圧接近・通過時の降雪と発雷

関東地方南部では、冬季に本州の南岸を東へ進む低気圧、南岸低気圧によって雪が降り、積雪になることがあります。この気象学的な構造はよく知られていて、東京管区気象台のホームページに詳しい解説があります。

2024年2月5日、低気圧が関東の南海上を東北東へ進みました。東京では雪が降り積雪する中、同時に雷も観測されました。過去にも関東地方南部において、南海上を低気圧が接近・通過する際に降雪と発雷した事例がいくつかあります。ここでは4事例について、長期再解析資料JRA-3Qを活用して解析し、降雪時の発雷の気象状況の特徴について考察します。

なお、JRA-3Qは1947年9月から現在までを対象とした気象庁が作成している長期再解析資料です。この記事で使用したデータは、文部科学省の補助事業により開発・運用されているデータ統合解析システム(DIAS)から取得しています。このJRA-3QのGRIB2データの入手や読み込み方については、ここでリンクした記事を参考にしてください。

この記事で作成した図はMetPy 1.6を利用しています。最後にこの作図のコードを添付します。興味のある方はダウンロードしてみてください。


関東地方南部で降雪と発雷を観測した4つの事例

関東地方南部において、南岸低気圧が接近・通過する際に降雪と発雷した事例は、少なくとも4つありました。それぞれの事例について、地上天気図と東京の観測記録などを調べました。

事例1:2024年2月5日の事例

2024年2月5日は本州の南岸を低気圧が発達しながら東北東進し、21時頃に八丈島のやや北を通過しました(図1参照)。東京地方では昼過ぎから広い範囲で降水が始まり、平地はみぞれが降り西から次第に雪となりました。雪は夜遅くにかけて降り続いて、特に夜のはじめ頃は雷を伴って強い雪が降った所もありました。図2に5日21時15分の降水強度とLIDENによる5分間の雷の観測状況を示します。関東地方南部を中心に比較的広い範囲で雷が発生しています。

図1 2024年2月5日21時の速報天気図
(気象庁ホームページの図を利用)
図2 2024年2月5日21時15分の関東地方南部付近の降水エコー強度と雷
分布は降水強度を示し、黄色の四角とバツ印はそれぞれ落雷と空間放電の位置を示す
(気象庁ホームページの図を利用)

事例2:2010年2月1日の事例

気象庁の「日々の天気図」の概況によると、2010年2月1日は発達中の低気圧が本州南岸を東に進み、関東では夜に入り雨 が雪に変わりました(図3を参照)。関東各地で積雪を観測し、東京 は1cmとなっています。また、夜にLIDENの観測により千葉県付近で雷を検知しています。

図3 2010年2月1日21時 気象庁アジア太平洋天気図(日本付近を切り出し)

事例1と事例2はどちらも21時前後に雷を観測していました。大気の鉛直プロファイルを見るために、図4に21時の舘野(つくば市)の高層観測からエマグラムを示します。事例1と2の大気の温度の鉛直構造はかなり似ていることがわかります。

地上からおよそ920hPaくらいまで(層A)と、およそ730hPaから640hPaまで(層C)は、ほぼ温度が一定または逆転層を形成していて安定な成層状況となっています。これら安定した層Aと層Cの中間の層(層B)も湿潤断熱減率より温度の変化は小さく安定しています。およそ640hPaより上の層(層D)では、最も安定度が低くなっています。このことから、雷を発生させるような対流雲が発生していたと考えられるのは層Dと考えられます

事例1と事例2では、およそ640hPa面より上の高度で対流雲が発生、発達して雷が生じ、この高度より下では南岸低気圧による降雪となる構造をしていたと考えられます。この構造については、前述の通り東京管区気象台のホームページに詳しい解説があります。

図4 2024年2月5日と2010年2月1日の21時の舘野のエマグラム
赤が温度、緑が露点温度を示す。実線は2024年2月5日、破線は2010年2月1日。

事例3:1969年3月12日の事例

気象庁作成の天気図によると、1969年3月12日09時に東海道沖に低気圧があって急速に発達しながら北東へ進み、21時には福島県の東の海上へ進みました(図5を参照)。東京では最深積雪30センチを記録する大雪となり、同時に11時と14時に雷を観測しています。
この事例では高層観測データを取得できなかったため、エマグラムを作成できませんでした。この後でJRA-3Qを利用して、東京に近い格子点データでエマグラムを作成することにします。

図5 1969年3月12日09時 気象庁天気図

事例4:1998年3月1日の事例

気象庁作成の天気図によると、1998年3月1日は、前日に東日本の南海上を進んだ低気圧が千葉県の東海上に進み、その後概ね停滞しました(図6を参照)。関東地方南部では早朝から雨が雪に変わり、交通機関に大きな影響を与え、東京では5cmの積雪となり、6時と11時に雷を観測しています。

図6 1998年3月1日 気象庁天気図

事例4は9時前後に雷を観測しています。大気の鉛直構造を確認するために、図7に事例4の舘野の高層観測のエマグラムを示します。事例1と比較するためにこの事例のエマグラムも重ねています。

事例4と事例1は温度の鉛直構造が全く異なっています。事例4は、事例1や2と比べて700hPa付近から上の寒気が強いです。また、事例1と2にあった層Cの安定層がありません。このことから、この事例4の降雪は南岸低気圧による降雪とは異なるタイプと言えます。関東地方南部の沿岸に近いところに低気圧はありますが、上層の強い寒気による対流性の雲による降雪と考えられます。雷もこの対流雲により発生したと考えられます。

図7 2024年2月5日21時と1998年3月1日9時の舘野のエマグラム
赤が温度、緑が露点温度を示す。実線は2024年2月5日、破線は1998年3月1日である。

JRA-3Qの500hPa面と地上の天気図を比較

前章では事例1から4について地上天気図と舘野の高層観測を確認しました。事例1と2の気象状況は似ていること、事例4は上空の強い寒気による降雪・発雷と推定できることがわかりました。事例3についてはエマグラムが入手できなかったことから考察はできていません。

JRA-3Qを利用して500hPa面の高度場と温度場を確認して考察を深めていきます。図8から11に事例1から4の事例における、500hPa面の高度(黒実線、ただし5400mは青実線)と気温(赤破線)、地上の気圧(灰色の線)と風(灰色の矢羽)を示します。JRA-3Qは6時間毎のデータとなっているため、雷発生時に近い時刻を使用して作図しました。

これらの図から関東地方南部の500hPa面の高度を比較すると、高い順で事例1(およそ5520m)、2(およそ5460m)、3(およそ5400m)、4(5400m未満)の順となっています。500hPa面の気温で見ると、高い順で事例3(およそ-15度)、1と2(およそ-21度)、4(およそ-30度)の順で、事例3は事例1や2より500hPa面の気温が高くなっています。

また、500hPa面の高度場からは、最も深い気圧の谷となっているのは事例4で、ちょうど東日本を通過中に雷が発生しています。このことは上空の強い寒気により降雪・発雷したと推測することと矛盾しません。事例3は西日本付近に深い気圧の谷があり、東日本ではこの谷が接近中に雷が発生しています。事例1と2は、事例3や4に比べて浅い気圧の谷が接近または通過している頃に雷が発生しています。

事例3は、500hPa面の高度が5400mと低い方ですが、気温は一番高くなっています。高度が低くなっている要因の一つとして、これらの事例の中で地上気圧が最も低くく、990hPa前後となっていることがあると考えられますが、その他の要因がないか、さらに雷を発生させる対流雲の高度を推定するために、温度の鉛直構造も確認する必要があります。次に、JRA-3Qによるエマグラムを確認することにします。

図8 事例1の2024年2月5日21時の500hPa面と地上面の天気図
図の説明は本文参照
図9 事例2の2010年2月1日21時の500hPa面と地上面の天気図
図10 事例3の1969年3月12日15時の500hPa面と地上面の天気図
図11 事例4の1998年3月1日9時の500hPa面と地上面の天気図

JRA-3Qによるエマグラム比較

各事例のJRA-3Qの東京にある格子点のエマグラムを、図12から15に示します。この格子点のポイントの位置は、図8から11で緑の「+」で示した位置です。

事例1と2、4のJRA-3Qのエマグラムは図4と図7で示した、舘野の高層観測によるエマグラムと多少の違いはありますが、ほぼ一致しています。

事例1と2は、およそ640hPaから350hPa(層Dに対応)でほぼ飽和しており、温度線は湿潤断熱線にほぼ沿っており中立となっています。この高度に対流雲が存在したと考えられ、雲底高度は通常の対流雲よりかなり高かったと推測されます。およそ640hPaより下の高度には南岸低気圧に伴う前線帯の安定層(層C)があり、その下には湿った東寄りの風の層で層Cよりは安定度の低い層(層B)があり、さらに下の層Aでは北寄りの風となっています。この2つの事例は温度の鉛直構造だけでなく、風速や風向もかなり一致していることがわかります。

事例3では、15時の東京の地上気象観測では海面気圧は991.9hPaで気温は1.7度でした。JRA-3Qでは1000hPa面のデータがあり気温約3度となっていて、図14のエマグラムでもこれが反映されています。このため、このエマグラムの地上付近のデータは利用できません。920hPaから800hPaの高度では気温が1度前後で安定した層となっており、南岸低気圧に伴う層状性の雲による降雪が発生していた可能性があります。750hPaから650hPaの高度では温度と露点温度がほぼ一致し飽和しており、事例1や2の層Dに比べると安定がやや高いようですが、この高度が最も安定度が低く、対流雲が存在したと推測できそうです。ただし、この層ではマイナス10度より温度が高く、雷が発生するための電荷分離が十分には起こらない可能性がありそうです。

事例4では、他の事例に比べて構造がシンプルで、地上から550hPaまでほぼ飽和し安定度も低く、ごく下層から550hPa面までの対流雲が発生していたと推測できそうです。雲底高度は事例1や2と比べてかなり低く、一般的な冬季の対流雲が発生していたと思われます。

図12 事例1のJRA-3Qの東京ポイントのエマグラム
図13 事例2のJRA-3Qの東京ポイントのエマグラム
図14 事例3のJRA-3Qの東京ポイントのエマグラム
図15 事例4のJRA-3Qの東京ポイントのエマグラム

まとめ

関東地方南部で、南岸低気圧接近・通過時に降雪と発雷があった4つの事例について、地上気圧配置やエマグラム、JRA-3Qを利用した500hPa面・地上面天気図とエマグラムを確認し、次のことが推測できそうです。
・事例1(2024年2月5日)と事例2(2010年2月1日)は、典型的な南岸低気圧により降雪となり、この低気圧に伴う前線帯に対応する安定層より上の層で大気の状態が不安定となり、通常より雲底高度が高い対流雲が発生・発達して雷が発生した。
・事例4(1969年3月12日)は、千葉県の東海上に低気圧はあるが関東地方南部の大気の鉛直構造は典型的な南岸低気圧の状況ではなく、上層の強い寒気により対流雲が発生・発達して降雪と発雷となった。
・事例3(1998年3月1日)は、15時頃は南岸低気圧に伴う層状性の雲により降雪となり、事例1と事例2と同様に前線に対応する安定層より上の層で大気の状態が不安定となった可能性はあるが、JRA-3Qの解析からはその対流雲が雷を発生させられるまで発達したとは言えない状況であった。この事例は、事例1や事例2と同様なタイプに近いが、発雷した要因を推定することはできなかった。

事例3については不明な点も多いが、事例1と2と同様な発雷を今後予測できるようになるには、通常のより雲底高度が高い対流雲の発生・発達の要因となる大気の安定度や雲底高度付近での収束を監視・予想する必要があるでしょう。10年に1度しか発生していない現象を適切に予想できるようになるため、今後はどのような予測資料が必要かを検討していきたいです。

MetPyのコード

エマグラムやJRA-3Qを利用した天気図の作図に興味がある方のために、記事にある図を作成するjupyter notebookのコードを公開します。MetPy1.6以上で利用してください。

2つの高層観測のエマグラム(図4や7)の作図コード

JRA-3Qの500hPa天気図と地上天気図を合成した図(図8から11)やエマグラム(図12から15)の作図コード

参考文献

・南岸低気圧による東京都での課題と、大雪発生の仕組み 東京管区地方気象台
 https://www.jma-net.go.jp/tokyo/shosai/chiiki/tokyo-kishou/ooyuki-nangan/nangan-kadai-shikumi.html

・過去の気象データ検索 気象庁 
 https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/index.php

・日々の天気図 気象庁
 https://www.data.jma.go.jp/yoho/hibiten/index.html

・過去の天気図 気象庁
 https://www.data.jma.go.jp/yoho/wxchart/quickmonthly.html

・デジタル台風:100年天気図データベース 国立情報学研究所 北本 朝展
 http://agora.ex.nii.ac.jp/digital-typhoon/weather-chart/

以上、記事を読んでいただき、ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?