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JRA-3Qを利用した、香川県内海における記録的大雨(1976年9月11日)の解析-1

気象庁第3次長期再解析(以下、JRA-3Qと略)を利用して、日降水量の全国第5位(2023年9月現在)である1976年9月11日香川県内海 765.0mmの大雨事例について総観規模から要因について調べます。合わせて、JRA-3QのGRIB2データの入手や読み込み方、作図のコードなども記事にします。
なお、JRA-3Qは1947年9月から現在までを対象とした気象庁が作成している再解析です。この記事作成で使用したデータは、文部科学省の補助事業により開発・運用されているデータ統合解析システム(DIAS)から取得しています。


1976年9月11日香川県内海の豪雨

香川県は日本の中では大雨災害が少ない地域ですが、1976年9月8日から13日にかけて台風第17号と前線による豪雨のため小豆島では死者39名、重軽傷者91 名、全・半壊家屋 40戸をこえる災害が発生しています (公文(1979)、高松地方気象台(1976))。

この豪雨では、小豆島のアメダス内海にて9月11日の日降水量765mmを観測し、現在でも全国第5位の記録(表1)となっていて、1 時間雨量でも95mmの猛烈な雨が降っていました(図1)。同じ日に徳島県剣山も日降水量726mmを観測し、全国第10位の記録となっています。

表1 日降水量のランキング(2023年9月現在)
気象庁ホームページから取得
図1 アメダス内海の1時間降水量の時系列図と表(1976年9月11日)
気象庁ホームページからデータを取得

台風第17号の経路図を図2に示します。記録的な大雨となった9月11日は、台風が屋久島の西海上でほぼ停滞していたことがわかります。9月11日21時の天気図(図3)から、北海道の南東海上に低気圧があって、この中心からのびる前線が東日本に達していることがわかります。この調査では、JRA-3Qを利用して台風第17号と前線のより詳しい状況を解析していくことにします。

図2 1976年台風第17号の経路図
気象庁ホームページから取得
図3 1976年9月11日21時の地上天気図

参考文献:
公文富士夫ら(1979) 1976年9月、台風17号豪雨による小豆島での災害について 
 地球科学3巻1号(1979年1月)26~42
高松地方気象台(1976)  昭和51年9月8日から13日にかけての台風17号と前線に
 よる大雨に関する異常気象速報

JRA-3Qについて

JRA-3Qについては、気象庁第3次長期再解析プロジェクトのサイトが詳しいです。ご確認ください。これまで利用していたJRA-55より、対象期間が延長され、垂直・水平方向の解像度が向上し、水平解像度が55kmから40km、鉛直層は0.1hPaまで60層から0.01hPaまでの100層に改善されています。この他にも、降水分布などの改善も図られています(気象庁報道発表(2023))。

この再解析データには2つのデータセットがあり、1.25度緯度/経度格子データ(緯度/経度格子)とモデル格子データ(準規則ガウス緯度/経度格子)です。リンクはデータフォーマット資料です。どちらも時間間隔は6時間毎ですが、後者は水平解像度が約40kmと総観場の解析を行うには適していると考えられます。このデータセットを利用して、解析することにします。なお、後で提供するコードでは、どちらのデータセットも読み込み可能としています。

なお、このデータ取得については、非商用目的で利用する場合はデータ提供協力機関(後述のDIAS)から取得できます。

参考のために、DIASから入手できるGRIB2のモデル格子データの格子点の位置を図Aに示します。(この段落と図Aは、2023/10/15に追加)

図A JRA-3Qのモデル格子点の位置

参考資料:
気象庁報道発表資料 最新の技術を活用して過去約 75 年間の 世界の気象・気候
 を解析・再現しました  2023年5月24日

DIASからJRA-3QのGRIB2入手

DIAS(データ統合・解析システム)JRA-3Qのページから問い合わせ先などの情報が得られ、ダウンロードのための情報も入手できます。ダウンロードのページには、左上方に「ダウンロードマニュアル」と「スクリプトマニュアル」のボタンがあり、マニュアルを取得できます。スクリプトマニュアルに記載がされてるdownload.pyを利用した、データのダウンロードがお勧めです。

だだし、download.pyはpythonのversion2.7で動作し、version3では動作しないため、この環境を作成する必要があります。minicondaを利用した、python 2.7の環境作成は次の通りです。ここでは環境名はpy27としています。

$  conda create -n py27 python=2.7
$  conda activate py27
$  python -V
Python 2.7.18 :: Anaconda, Inc.

等圧面解析値(anl_p)のデータ読込と描画

JRA-3Qのモデル格子データには、等圧面解析値の他にモデル面解析値や等温位面解析値、地表面解析値、2次元物理量平均値など多くの解析値や予想値があります。ここでは等圧面解析値を利用します。12のパラメータ、45層が記録されている。パラメータは表2の通りです。

表2 JRA-3Q等圧面解析のパラメータ

等圧面解析値の複数時刻と全パラメーター(提供するコードの中では「要素」と記述)のGRIB2を読み込み、Xarrayのデータセットに変換して、気象庁のFAX天気図とほぼ同等の天気図を作図するJupyter Notebookのコードを下に提供します。
コードの説明は省略します。これまでの記事やコード中のコメントを参考にしてください。ご質問があれば、コメントいただければ可能な範囲で対応いたします。
なお、コードで想定しているデータの配置は、./Data 以下をDIASと同じとしています。

このコードで作成した、1976年9月11日3時から21時までの4枚の天気図をアニメーションにしたものを、図4から9に示します。

等圧面天気図の考察

前節のコードから作成した各種の等圧面天気図(図4から9)を利用して、台風の動きや降水量が多くなった点などについて総観場の要因を考察します。

図4 300hPa面の高度、風、等風速線、気温、露点差の天気図
黒実線が高度、矢羽は風、青実線は等風速線、赤実線が気温、カラーは露点差
1976年9月11日3時から21時

図4から台風が停滞した要因として、①ジェット気流は北緯40度より北にあり台風からやや距離があったこと、②台風は西のチベット高気圧、東の太平洋高気圧の間にあって指向流が弱かったことが考えられます。ただし、台風の西側と東側の風速を比較すると西側の北風の方が強いことから、指向流は南向きと考えられるでしょう。
また、関東の南海上の北緯30度東経140度付近に上層の低気圧がみられ、台風の進路や強度変化に何らかの影響を及ぼした可能もありそうです。

図5 300hPa面の高度、等風速線、非地衡風、発散の天気図
黒実線が高度、矢羽は非地衡風成分、青実線は等風速線、カラーは発散(青:発散、赤:収束)
1976年9月11日3時から21時

図5から、300hPa面では近畿・中国・四国付近は北風の非地衡風成分であり、加速する場となっていて、概ね発散場となっています。これらの地域に対流雲が発生・発達していれば、300hPa面の発散は発達をさらに促す効果があったと推測します。

図6 500hPa面の高度と相対渦度
黒実線が高度、カラーは相対渦度
1976年9月11日3時から21時

図6の500hPa面のトラフや渦度について、次の特徴がみられます。①5700から5760m付近の短波のトラフが朝鮮半島北部から北海道付近に進み、その前面で中層の上昇流が励起された可能性、②21時に能登半島の西海上から東北東へのびる正渦度域が出現しており、500hPaより下層が要因となり渦度が生成された可能性、③台風と太平洋高気圧の間、高度およそ5850m付近に南北にのびる正渦度域があり、これに沿った台風外側の降水バンドや暖湿気の流れ込みとの対応の可能性。

図7 500hPa面の気温、700hPa面の露点差
青実線が気温、カラーは露点差
1976年9月11日3時から21時

図7から、次の総観場の特徴がみられます。①700hPaの湿域が朝鮮半島南部から日本海、東北地方へのびており概ね停滞、前線と対応か。②図6の500hPaの相対渦度とほぼ対応する、四国付近から南にのびる700hPaのやや湿った領域が概ね停滞。

図8 700hPa面の上昇流、850hPa面の気温と風
赤実線が気温、カラーは上昇流
1976年9月11日3時から21時

図8の850hPaの気温分布から、日本海西部から東北地方にかけて西南西から東北東へのびる前線が明瞭です。前線の位置は気温およそ15度に対応し、その北側では気温9から15度にかけて気温の傾度が大きく、風は前線の北側では北東風、南側では南よりの風が卓越しています。特に21時に日本海では温度傾きが大きくなっていて、21時にかけて前線が強化され、前線の暖域にあたる西日本では上昇流が励起されやすい場であったと考えられそうです。700hPaでは3時を除き、概ね四国付近は上昇流となっています。

図9 850hPa面 相当温位、風、流線
白矢印は流線、カラーは相当温位
1976年9月11日3時から21時

図9から、台風の西に相当温位345から348Kの南北にのびる暖かく湿った空気の流れがあって、風速30kt前後で継続的に四国に流れ込んでいます。前述の停滞している前線付近は相当温位の傾度が大きくなっています。
図8と9の考察から、11日の四国は下層では台風の影響により暖かく湿った空気(850hPa面で345から348K)が継続的に流れ込み、日本海の停滞している前線の強化により上昇流が励起されやすい状況であったことが、記録的な大雨の要因の一つと考えられるでしょう。

次回の記事では、JRA-3Qの地表面解析値、2次元物理量平均値を利用して、地上の解析を中心にお伝えする予定です。



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