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2021年11月19日宗谷地方で発生した暴風の一要因について(仮説)

速報として記事にした2021年11月19日の宗谷地方暴風事例について、高層観測や数値予報初期値について調べて、暴風の要因(仮説)について考察しました。気象現象について、その発生要因やメカニズムをいろいろ考えるのは楽しいものです。

私の考察に誤りや不十分な点があることも考えられます。FaceBookの私宛にご意見をいただけると、とてもありがたく思います。

暴風の一要因(仮説)

最初に、この事例における暴風の要因(仮説)として主に非断熱過程(混合に伴う降水の昇華などによる気温低下)の定性的考察を示し、その後にこれを裏付ける資料を示していきます。この事例の暴風要因の肝となるのは、下層の暴風がいかに地上にまで達しえるかということだと考えています。

低気圧の循環に伴って900hPa面付近に北西風の風速極大域(60kt程度)がありました。これは稚内の高層観測から確認できます。この領域の空気は雲粒子や雪を含んで十分に湿っています。この気流が、中層・下層が乾燥し相対的に暖かいエリアに向かって楔状に流れこんでいます。その先端付近や楔状の境界では、混合の効果もありますが、昇華・蒸発の冷却効果がまさって湿度もほぼ100%を維持しつつ、温位が低下する部分もあるでしょう。また、下降して気温が0度未満なら昇華により温位が低下します。気温が0度より高くなると雪などの融解・蒸発・昇華により、0度未満の層より融解して雨粒になった分だけ温位は低下します。さらに下降して気温が上昇すると雪粒が全て融解し雨粒のみとなり、蒸発のみの冷却効果となり、温位の低下傾向は雪粒がある時と比べると小さくなります。断熱であれば等温位面に沿って空気は移動します。上記の非断熱効果で温位低下が大きいほど、より低い温位面に沿って空気が流れるために、より斜め下方に流れることができます。

湿度が高い場合は経験的に地上付近では気温が3ないし4度以上でほぼ雨となっています。このことから、空気塊が気温0度から3度程度の高度を斜め下降に流れる場合、乾燥した気団との混合がなく、十分の雪や雲粒子を伴っていて温度が上昇しても蒸発や昇華により速やかに飽和状態となると仮定すると、前述の通りこの層で温位の低下傾向が相対的に最も大きくなります。つまり、気温が0度から3度程度の層では暴風が相対的により下方で吹きやすくなり、この現象ではこの層の下部でもっとも風が強まりやすく、下降流が強くなると考えられます。雪が全て融解するまで気温が高くなると、温位の低下傾向が弱まることに伴い、下降流の強まりは鈍化します。このことから、周囲との混合が同じ条件であれば、地上気温がおよそ3度前後の時に、暴風が地上に達する可能性が高く、風速も強くなりやすいでしょう。

主に混合による温位が低下する場合は、暖かく乾燥した気団に湿った空気が流れ込む際、気団と流れ込む空気との温位差が小さいほど、気団が乾燥しているほど、流れ込む空気は混合しながら温位が低下します。

さらに、この事例の下層の暴風域の風下下方では総観場の発散場となっています。これに加えて、前述の雪の融解により最も温位低下が顕著となる効果により、地上で温度が3度よりも高い状態から次第に低下する場合に局地的な発散場が形成(詳しくは以後示す)され下層の暴風域は斜め下方に向かって力学的に下降しやすい状況と考えました。これら発散の効果も加わることで、下層暴風域での下降流の強まりが実際に生じて、地上でも暴風が吹いたのではと考えました。

この仮説は融解や昇華、混合などによる気温変化を定量的に示せていない、そもそも下層の暴風の要因を示していない、力学的な考察がないなど課題は多いですが、数値予報結果や実況監視から上記のような気象状況が予想されないかを確認することで、この局地的な暴風を予想できる可能性はあるでしょう。

次に、この仮説に至った資料などを示していきます。

稚内の高層観測

2021年11月19日21時の稚内(地点番号47401)の高層観測のエマグラム(左図)と温位エマグラム(右図)を下に示します。宗谷岬で30m/sの暴風を観測した時刻が20:11ですから、30分程度後の観測となります。

この図から、下層の風速最大は高度約920hPaで60kt、気温は約マイナス2度を観測しています。高度約840hPaから920hPaでは風速が55から60ktと強く、相当温位は約287Kとほぼ一定で、ほぼ飽和しています。この層の下から地上にかけて、相当温位は約287Kとほとんど変わらず下方ほど乾燥しています。地上では気温は約3度です。

2021年11月19日21時 稚内の高層気象観測のエマグラム(左図)と温位エマグラム
エマグラム:気温(赤線)・露点温度(緑線)
温位エマグラム:飽和相当温位(赤線)・相当温位(緑線)・温位(黒線)・飽和温位(紫線)

風が強い層(920から840hPa)では、相当温位がほぼ一定であることから上昇流となっていることも考えられますが、この層より上でも湿っていることから、この層では雲や雪粒子を十分含んでいて、気流が下降していてもすぐに昇華して相当温位が一定となっている可能性もあります。

GSM(気象庁全球モデル)の鉛直断面図

エマグラムと同じ時刻の気象庁GSMの初期値を利用した鉛直断面図から、さらに考察を進めます。

下に2021年11月19日21時のGSM初期値の鉛直断面図を示します。この断面図は稚内市付近を通るその北西から南東方向とし、暴風の風向に沿っています。断面の位置を、同じ時刻の衛星赤外画像(右上)、500hPa高度(左上)の図上に線分で示しています。断面図のシェードは湿数の分布、黒線は等温位線(太線は3K毎、細線は279K以下を1K毎)、赤線は等相当温位線(3K毎)、橙色は等温度線(3度毎:点線は0度未満、実線は0度以上)、青線は断面平行成分の等風速線です。

2021年11月19日21時 GSMの鉛直断面図
表示内容については本文を参照してください。

900hPa面では東経142.2度付近(白点線)で北西風55ktと風速が最大となっていて、相当温位は約288Kとこのポイントの鉛直分布では極小です。鉛直方向では最も相当温位が低い(冷たく湿った)空気が最も風速が速くなってます。この上方では高度が上がると共に空気はさらに乾いています。900hPa面の風が流れる南東側では、東経142.5度から東では次第に空気が乾燥しています。これらのことは、中層と下層が乾燥している気団に、湿った相対的に冷たい空気が速い速度で侵入している気象状況と矛盾していません。このことからモデルの初期値は想定される気象状況をうまく表現していると考えられます。

次に下層の温位(黒線)と気温(橙線)に注目します。断面図の東経140度から141.7度(稚内市付近)は日本海北部に位置し、海水温が高いため不安定で、筋状の積雲域がある領域と考えられ、920hPaより下層では温位がほぼ一定と中立となっています。東経142度から143度にかけては気温3度(橙実線)から-3度(橙点線)の層における温位を見てください。この層では、鉛直方向の温位変化がその上の層より小さく大気の安定度は低下し、等温位線は垂直に近づいています。断熱であれば等温位面上を気流は流れるため、この層で流れが相対的に最も急下降可能となります。

下層の北西風が最も強い流れ(断面図では900hPa面55kt付近)について考察していきます。断面図の990hPaの風速55ktのポイントは、気温が約マイナス1.5度、温位は278Kです。空気は断熱であれば等温位面に沿って移動します。低気圧が時速50km程度(約27kt)で移動しており、等温位面もこの速度で移動しているとして相対的な風速がおよそ30kt(=55-27)ほどあります。この風の流れと断面の方向が一致しているため、断熱であればこの等温位線に沿って空気は流れます等温位線は風の流れに沿って下方に傾いており下降流となり、次第に気温は0度に達してさらに高くなるでしょう。多量の雪が一気に融解して雨として降れば、融解の効果で暴風の気流の温位は一気に低下して、さらに下降流を強めることになります。雪は気温が3度程度でも降ることがあるため、気温0度から3度の間は雪粒子などの融解の効果が期待できます。

このように、湿った相対的に冷たい気塊が水平方向に速い速度で進みながら急下降できる場合があるでしょう。地上気温が3度程度前後であれば、この気流が上述の効果により地上に達する可能性が高まりまるでしょう。以上から、混合の効果による気温低下の効果を考慮しないと、地上気温が3度前後で風速がピークとなるのではと推測します。

実際に、前回の記事にある観測から、本泊・声問・宗谷岬の最大瞬間風速が観測された時の気温は4度前後でした。

次は、注目している風が強く相対的に低温で十分湿った気塊が下降する場であったかを確認します。下の鉛直断面図は、前図のシェードを収束・発散(青は収束、赤が発散)に変えて、気温を省いた図です。900hPa面で風速最大となった東経142.2度付近(白点線)では、900hPa面はほぼ非発散で、上は発散、下で収束となっています。278Kの等温位線(白点線の高度約910hPaで交わる黒細線)では、高度は南東に向かって低くなり、次第に発散場となり142.5度付近から発散が急に強まります。風速が速い空気塊が南東方向に進みながら、下降することは可能な収束・発散場であったと言えます。

2021年11月19日21時の鉛直断面図
表示内容については本文を参照してください

まとめ

以上から、2021年11月19日に発生した宗谷地方の暴風の一要因を、高層観測とモデルの鉛直断面分布から推定したことをまとめます。定量的な考察、力学的な考察が不十分ですが、今後も関連する論文も調査して、追記していければと考えています。

・低気圧の南西側の地上気圧傾度が大きい領域では、鉛直方向に最も相当温位が低い(冷たく湿った)空気で風速が最も速くなっているようです。これは、周囲の気団との混合を伴う雪粒子の昇華などにより気温が低下することにより中立または絶対不安定層が形成された可能性を示唆しています。この層が形成されると、その層内の気流は南東方向の下方へ流れ込みながら、状況によっては加速するでしょう。

・多量に雪を含んでいる気流の場合は融解の効果による温位低下が最も強まる層は0度からおよそ3度の間と考えられます。混合の効果による気温低下の効果を考慮しないと、地上気温が3度前後で風速がピークとなるのではと推測します。

気流が下降する要因として、低気圧の南西側の気圧傾度が大きい領域の風下側では気圧の傾きが低下し発散場となっていることが考えられます。

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