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《ユウとカオリの物語》番外編:カオリのテンポで

このひと月、ずっとクレーム対応に追われていた。難しい生徒だった。授業内容とは別のところで引っかかる。わたしの言葉や態度が気に入らないのだ。細心の注意を払い対応して、少し落ち着いても、重箱の隅をつつくようなクレームがくる。悪い人ではない。一所懸命な様子がかわいくもあったし、わたしは彼が嫌いではなかった。ただ、わたしの意図しないところで傷ついてしまうので、その都度対応するしかないのだ。
授業中はいいのだ。落ち着いていてにこやかだったりする。「カオリ先生は今までの先生と違う。僕が納得いくようにちゃんと教えてくれる。」それで、また来週と帰っていくのだが、その後長いクレームメールがくるというのが続いた。ついには電話もかけてくるようになった。

そんなこんなで、いろいろ話しあったが、自分が限界だなと気づいたので、辞めてもらうことにした。
「わたし、もうカジくん無理だわ」
ユウにLINEを送った。どうしたのか?と驚くユウに事情を説明すると「断ればいいと思うよ、、ってか、断るべきだよ」と言われた。
「僕はね、カオリを傷つける奴は許せないんだよ!」
ユウらしいなぁ。。ありがとうね。

わたしはカジくんを嫌いではなかった。いろんなことで傷つきながら一所懸命頑張っている姿にはエールを送っていたし、温かい交流もできてはいたのだ。信頼感も感じていた。
細々としたこと、些細なことで傷つかなくなればいいなぁと思っていた。見放したくなかった。
それでも、このままでは自分がもたない。苦渋の選択だった。

彼を傷つけるのは本意ではない。「決してあなたのせいではない。わたしが対応できなくなってしまった。申し訳ない。」相手を責めないよう言葉を選び、授業を修了する旨を丁寧にメールに書き、送信した。

ユウからLINEがきた。「メール送った?」
「うん、送ったよ」
内容を送ると
「カオリ、がんばったね」と返事が来た。

カジくんの件は、ユウにはよく聴いてもらっていた。ユウがいてくれて助かった。自分だけだったら食べられなくなっていた。わたしは心理的にしんどくなると食事ができなくなるのだ。

「ありがとう」とLINEを返す。
ユウから返信「ありがとうの文字が悲しい色をしてる」
「そう?ほっとしてるよ」と返す。
「ならいいよ。変なこと言ってごめん」とユウ

実際、わたしはほっとしていた。もうカジくんに翻弄されることはないのだ。たとえわたしの気持ちが伝わらなかったとしても、たとえ恨まれたとしても、もう終わったんだ。

メールも送ったしやれやれだ、、少し飲んで寝るとしよう。
グラスとシーバスのボトルを準備して、ふと窓の外に目をやると、月が冴え冴えと光っていた。
あ・・・

咄嗟にユウに電話をかけた。
「ユウって凄いね。。わたし、悲しかったみたい・・」涙声のわたしに、ユウは吹き出した。
「そりゃそうでしょ」

ユウは、わたしが自分の気持ちに気づく前に気づいてしまう。それでも、わたしが気づいてないってわかると、サッと引く。気づくまでそっとしておいてくれる。

「カオリはそのテンポでいいんだよ」
ユウの優しさがわたしを包んでくれた。

☆☆ 二人で小説書いてます。「ユウとカオリの物語」シリーズ ☆☆
過去のものも、よければ読んでください。
https://note.com/moonrise_mtk/m/mafeab246795b

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