アコースティックフィールドさんのラボで8chキューブについて学ぶ
天井にスピーカーがついているスタジオを見に行こうシリーズ、7月ラストは株式会社アコースティックフィールドさんのラボを訪問させていただきました。
今まで訪問させていただいたスタジオは、Apple Music等の音楽配信サービスが「空間オーディオ」に対応したことを商機ととらえ、Dolby Atmos用の音楽制作環境を整えたスタジオでしたが、アコースティックフィールドさんのラボは少し毛色が違います。
こちらのラボは、代表の久保二朗さんが立体音響のデモ、音響システム&プログラム開発、実験、作品制作など、様々な作業を行われている場所とのことで、私も写真を見たことはあったものの現地を拝見してみたいと思っておりました。
立体音響のオーソリティである久保さんの仕事場を拝見させていただき、「立体音響とは何なのか?」という根本的な問題に立ち返る訪問となりました。
方向概念のない8chキューブを初体験
最近、商業スタジオがDolby Atmosや360 Reality Audioに対応したという話は、時代の変遷(へんせん)の中で5.1chサラウンドを経た延長線にある話で、いずれもコンテンツを再生するにあたっての「正面」の向きがあって、正面を向いて映像や音を鑑賞するものです。
なので、前にスクリーンがあったり、真ん前のスピーカーをセンタースピーカーと呼んだりして、「こちらが前側だ」という向きが明確に定義されているわけです。
一方、久保さんが長年に渡り取り組まれている立体音響やアンビソニックは、そういった考えを超越し、360°どちらの方向も同等に扱い、こっちが正面だとかそういう概念がない世界なのです。
普段、人は前後左右上下あらゆる方向から音を浴びていますが、その状態が自然であり、私たちが現実の空間、例えば野原であったり街の雑踏であったりそういう場所にいる時に、現実空間には「こっちが正面」なんて概念はないわけです。自由にどちらを向いてもいいわけですし。
そういう、人間の自然な状態を電気音響を使って再現する方法の中で、最もスピーカー数が少ない配置が「8chキューブ」というのだそうです。
ラボではだいたい一辺2.4メートルくらいでしょうか、室内に8chキューブが設置されていました。
使用されていたスピーカーはCODA AUDIOの同軸2Wayスピーカー「D5-Cube」。PA用のスピーカーです。キューブ型のエンクロージャーにより上下左右均一に音が広がることが重要だそうです。
私には何をしている画面なのかさっぱりわかりませんでしたが、久保さんが操作されていた配線図のようなものは、Plogue Biduleをプラットフォームとしたソフトウェアで、音声信号処理を自由にカスタマイズできるのだそうです。
まずはアンビソニックマイクで録音した、いろんな音を聞かせていただきました。アンビソニックスマイクとは、立体音響を収録するための特殊なマイクで、4つのマイクが一つに合体したような面白いフォルムをしています。1点における360°全周の音を収録できるということが特徴です。
床の上の物音、自動車のエンジンをかけた音、ホールの観客席の中で周囲が拍手をしている音、花火の音、船上で収録した波の音。さまざまな種類の音を聞かせていただきましたが、感じるのは音響というよりは「気配」という感じで、目をつぶるとその空間に自分がいるかのようです。
どの方向を向いても良いし、何なら歩き回っても良いということなので、椅子から立ち上がって周囲歩いてみたり、高い場所、低い場所、いろんな音を聞いてみましたが、目を閉じるとその空間に身を投じているようです。
続いて、空間音響のインスタレーション作品、いわゆる芸術作品をいくつか鑑賞させていただきました。これはかなり演出も入っていますし、空間音響を駆使した技巧的な音の動きが随所に込められていて、かなりの異空間を味わうことができました。
こういうインスタレーション系の作品は、本来発表される会場に最適化されるものなので、本当の現場で聞くとさらなる感動があると思うのですが、ラボで鑑賞させていただいただけでも、その片鱗は十二分に感じることができました。
最後に、Dolby Atmos Rendererで再生できる.atmosファイル(もしくはADM BWF .wav)なら、空間オーディオ試聴できるということで、自分の作品のデータを持ち込んで再生させてもらいました。
こちらのラボには、いわゆるレコーディングスタジオのような7.1.4chなどのスピーカーが設置されているわけではありませんが、8chキューブでDolby Atmos Rendererで作った音の定位をそのままの状態で再生してくれます。
自分でミックスした曲なので、どの楽器がどの方向から鳴っているかなどを自分が把握していますが、8chキューブで再生してもその音場はちゃんと再現されていて驚きました。スピーカーの音色の違いだけです。
久保さんが注目されているというREVOXの「Piccolo S60」というキューブ型のスピーカーの試聴もさせてもらいました。
これは、一辺が140mmのキューブ型スピーカーで、コンパクトなサイズにもかかわらず、11.6㎝ウーファーの中心に14mmトゥイーターを配置した同軸ユニット。サイズにしては鳴り過ぎではないかと思うくらい、低音も豊かに鳴ります。
私も勢いで自宅の作業ルームにたくさんスピーカーを設置してしまいましたが、一番難儀しているのはスピーカーの重量でして、アンプ内蔵のパワードスピーカーを部屋の色んなところに安全に設置するのは骨が折れます。
本当はこのくらいコンパクトなパッシブ型のスピーカーで組めたらいいのに、とは心の中で常に思っておりまして、また悩みを増やして帰って来てしまいました。
最後に
長くなったので、今日のnoteはこれで終わりにしますが、久保さんはヘッドフォンおよびイヤフォンでの音楽リスニングに特化した高音質バイノーラルプロセッシング技術「HPL」を開発された方でもあり、バイノーラル分野における大家でもあられます。
私自身もDolby Atmos Rendererのバイノーラルモニタリングに色々不満があり、HPLには関心があります。個人でプロセッサーを購入するのは、価格的に手が届きませんが、ミックスのときにHPLでモニターしながら作業できたらどんなにいいんだろうとは想像します。
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