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消えゆく記録

昨年2021年5月末に、宮城県庁の某部署に対して行政文書の開示を行い、170余枚の公文書の写しを頂いた。
50年以上前に作成された膨大な文書。1年ほどかけて目を通し終わったので、一連の出来事の中で感じたことをここにまとめておきたい。

話すことは大いにあるが、今回は公文書をはじめとした史料管理にまつわる課題を主眼において述べたいと思う。

開示した文書

私が開示したのは「満蒙開拓団実態調査票」と呼ばれる行政文書。
満蒙開拓は日中戦争以前に国策化された、日本人を村単位で満州に送って農業に従事させるという政策。1945年のソ連侵攻・日本の敗戦によって、開拓団の末路は軍・政府共に把握できていなかった。そこで1950年に外務省が各都道府県に対して作成を命じたのがこの文書である。

宮城県庁から開示されたのは、46の開拓団に関する174枚の資料である。

この文書は他県でもその保管について問題視されており、2018年に毎日新聞が「公文書クライシス 満蒙開拓団の調査記録14道府県で廃棄または不明 貴重な1次資料」として取り上げている。

その意味では、宮城県に資料が残存していたのは幸いな事かもしれない。

文書の保存状態

開示請求から数日後、部分開示(個人情報は黒塗りとなる)の許可が降りた。
その際、担当者の方から次のような旨の連絡を受けた。

半世紀余り前に作成された資料につき、保存状態は良くない。
複写の作成ではなく、原本の閲覧という形での開示にできないか。
枚数が多いこと、保存状態がよくないこと、個人情報のマスキングが必要なため、複写に要する時間は見通せない。

このやりとりから文書は原本だけ保存されており、早い段階での複写やデジタル化の作業が行われていなかったことが推測される。
また、文書の保存状態が極めて悪く、コピー作業によって文書への負荷がかかる状態にあると感じられた。

(公)文書管理は、単に管理するだけではなくそれを円滑に国民に提供することも目的である。その目的が達成できていないのではないか、という思いが湧き上がった。


開示された文書の複写であるが、一通り目を通した上での感想は「想像以上に状態が悪い」の言葉に尽きる。

ページの破損に対してテープでの補修した跡が残っている。それによって書かれている文字が判別できない。
紙面全体が汚損されている。こちらは文字を読むことができるものが多かった。

紙自体の質が悪く文字が見にくいという側面もあったが、それ以上に経年劣化と汚損等によって、そこに書かれた記録が判別できない状態にあった。

資料を状態で分類した際の件数は以下のようになった。
宮城県庁で保存されている他都道府県の調査票の写しを含む。宮城県が作成したものに限った件数は括弧書きにした。

文書の保存状態別件数。

何らかの形で汚損・破損があるものが全体の60%以上を占めた。また、一部または多数が判読不可能なもの(C+D+E)は30件(17.2%)あり、その中でも大幅な破損や深刻な汚損があるもの(D+E)は12件(6.9%)にものぼった。
括弧書きで示した宮城県作成の文書に限って見れば、一部または多数が判読不可能なものは28件(23.7%)。

もちろん他の資料も参照すれば、判読不能部分を推測することはできるだろう。しかし、この資料の状態がよくないということ自体が、歴史を検証し、記録を紡いでいく営みにとって大きな障壁となることは間違いない。

中でも状態の悪かった「第七次拉林開拓団」の資料(複写)。
中心部が欠けているように見えるが、実際は左半分の左端「九. 団役(員名)」以降が大幅に欠けている。

記録を残すために

この資料を受け取った数ヶ月後、東北放送の記者の方とお話をする機会をいただいた。そこで記者の方は私に衝撃的なことを教えてくださった。

戦中に発行された「仙台市広報」が宮城県庁に保存されている。閲覧は可能だが、劣化が激しく複写を作成できる状態にない。

これもまた、戦時中の仙台を知るにあたって重要な史料である。しかも多くの図書館でもごくわずかしか保存されていない、アクセスが難しい資料の一つである。
それが劣化によってアクセスが困難になっているのである。複写の作成も難しく、もはや電子化して保存するということも望めない。

今、私たちはアナログとデジタルの境に生きている。
先人たちが残した紙の記録は時と共に朽ちていく。それをさらに先の世代に引き継ぐために、資料のデジタル化が急務といえよう。

紙は経年劣化する。
年月を重ねるごとに増え、広い場所を必要とする。
そして膨大になった紙の資料は我々の管理能力を超える。
誰もその資料を訪ねなくなっていく。
そして人が気づかぬうちに、その役割を果たせぬ形になってしまう。

私自身は2024年の春から、デジタル化の仕組みを作る立場として仕事を始める。
それを目前に控えて、貴重な資料が今まさに朽ちてゆく瞬間に立ち会うことになってしまった。

目の前で地に還りつつある資料を、そこに書かれた記録を後世に伝えるために。
微力でも手を動かし汗を流したい。
そう思わずにはいられない。

早いうちに、資料の電子化を本格的に進めたいと思う。

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