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思いやり急便(前編)

「お待たせしました」
待ち合わせは、よくあるファミリーレストランだ。突然、ヘルメットを片手に現れた僕に、お店の客は驚きを隠せない様子で、視線を向けた。
「島村様はいらっしゃいますか」
窓際の席に座る男が、慌てて席を立つ。一緒に食事をしていただろう女性が、何事かと不思議そうな顔をした。
「あぁ、ちょっとこっちに」
女性に断りを入れると、男は、慌てた様子で僕の腕を引っ張った。女性から少し離れた瞬間、男の表情は一変する。
「困るよ!彼女に気が付かれたらどうするんだよ。到着する前に連絡しろって…」
「何度も連絡したのですが、繋がらなかったので」
僕は、少しだけ嫌味を言いながら牽制する。島村は、ポケットからスマホを取り出すと、ため息をつき、ようやく僕の言ったことを理解したようだった。
「助かったよ。ありがとう」
無愛想に財布を取り出すと、すぐに出ていけと言わんばかりに、島村は僕の手にお金を握らせた。
「失礼します」
僕は、頭を下げると、島村の望み通り、すぐにその場を後にした。頼まれたのは、指輪だ。多分、今、一緒に食事をしている女性に贈るものではない。僕のやってる仕事は、だいたいこんなもんだ。

ー思いやり急便

我ながらいい名前をつけたものだ。勤めていた飲食店がコロナでやられ、あっという間にクビを切られた。面白半分、ちょっとした生活費の足しにするつもりではじめたこの仕事が、こんなに需要があるとは思ってもみなかった。

「次の依頼か」
スマホには、次の依頼が次々に舞い込んでくる。明日の9時までに妻の誕生日プレゼントを探してほしい。時計を見ると、もう夜の10時をまわっている。こんな時間に、開いている店なんてあるのだろうか。どうせ、記念日を忘れていたサラリーマンが、慌てて依頼してきたのだろう。僕は、すぐに「承ります」と、返信を打った。希望は、“食べ物以外、一万円くらい“と、なんともざっくりとしたものだった。

忙しい人に代わって、誕生や記念日の準備をする。それが、僕の仕事だ。忙しい夫から妻への結婚記念日、彼氏の誕生日プレゼントから就職祝いなど、依頼は次々と舞い込んだ。忙しい現代人にとって、こういったサービスは、きっと都合のいいものなのだろう。高価な宝石やバッグ、時計やケーキ、もらった者は偽りの気持ちだとは知らず、笑みを浮かべる。幸せを運んでいるいい仕事だと感じることよりも、その笑みの残酷さを知ることの方が多い。記念日を忘れていたことを隠す依頼者も、高価なものだということだけに喜ぶ相手も、僕にはどちらも安っぽいものに思えた。こんなことをしてまでつなぎ止めたい関係なんてむなしいものだと、少しだけバカにしたような気持ちもあった。そして、この仕事をしてわかったことがある。皆、相手を想う気持ちを、履き違えているということだ。

エンジンをかけると僕は、バイクを走らせる。困ったときに必ず行く店がある。小さな雑貨屋で、0時まで開いている店だ。店主は、僕と同じくらいの男で、なんだか不思議な雰囲気をもつ人だった。

「いらっしゃい」
男がもじゃもじゃの頭をかきながら、挨拶をしてきた。店内はさっと見渡せるほどの広さしかない。女性が好みそうなアンティークなものから、珍しい紅茶など、様々な種類があった。
「何をお探しで」
男が珍しく声をかけてきた。僕は、頭を下げると、食べ物以外で、女性が好みそうなもの、多分、誕生日プレゼントだろうことを伝えた。男は、そうですね、といい、奥からなにやら探し出してきた。
「こちらなんてどうでしょう」
男が出してきたのは、腕時計だった。シンプルだが、上品なものだ。男は、日本人の若手のデザイナーが手掛けた数少ないものであること、今後人気が出るデザイナーであることを付け加えた。
「ありがとうございます」
男の勧めるまま、僕は購入することを決め、写真を一枚撮った。依頼主に送るためだ。
「早っ」
依頼主とのやり取りでは、既読と同時にOKとスタンプがついた。きっと、こだわりも想いもないのだろう。僕は、男に会計するように伝えた。
「ありがとうございます」
ラッピングされた商品を受け取って、店を出ようとした時、男が、「待ってください!」と言った。

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