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神の子  CASE1 微熱(二)

【前回までのあらすじ】
ー選ばれし、子供たち。
幼い時の記憶は2つ。神殿の光と、 姉の笑顔。その2つを胸に生きてきた藤枝葉月は、姉の優花が死んで7年、ようやく姉と同じ刑事になった。そこには、姉の恋人・水谷壮太がいた。水谷は姉の死に関わっている。葉月はそう確信していた。雨の降ったあの日、姉はなぜ死んだのか。姉が追っていた事件は何なのか。その頃、1件の事件が起きる。


1.CASE1    微熱 (一)  (二) (三)
2.CASE2 群青 (一)  (二) (三)
3.CASE3 聖人 (一)  (二) (三)
4.CASE4 潔白 (一)  (二) (三)
5.CASE0 記憶 (一)  (二) (三)
6.CASE0♯ 罪   (一)  (二) (三)
7.CASE5 未知 (一)  (二) (三)
8.CASE6 独白 (一)  (二) (三)
9.CASE7  光   (一)  (二) (三)



 パトカーに乗せられていく彼女は、白い肌が印象的だった。一瞬、目が合いそうになり、葉月は視線を逸らした。水谷は、女性をもう片方の刑事にまかせると、すぐに二階の階段へ向かって歩き出した。

「壮大さん、藤枝さんっす。今日から配属の」

 目の前に現れた水谷は、葉月を無言で見つめた。黒色の長めのジャケットは、長身の水谷のスタイルをより際立たせていた。水谷は、無表情のまま現場の一室に入っていく。葉月は、急いで後を追った。

 入り口は、靴が3足置けるほどのスペースしかなかい。靴箱の上には、うさぎのマスコットが付いた部屋の鍵が無造作に置かれていた。ピンクののれんで仕切られた先にはキッチンがあり、部屋全体をのぞき込むと、1Kの広さしかない間取りは、恋人と二人で過ごすには手狭に感じられた。ピンクのシングルベッドに小型のテレビ、その間には小さなピンク色の丸いテーブルが置いてある。天井からは、この部屋には少し不似合いなレトロな電球傘がつけられていた。丸いテーブルの横には低い脚立が置かれ、その横には被害者が倒れていたと分かる印がつけられていた。脚立の足は折れ、壊れている。

「情報は、どこまで知っている?」
 初めて聞いた水谷の声は思ったよりも低く感じた。
「いえ、まだ何も」

 葉月の答えに場の空気が一瞬だけ、ピリついたような気がした。水谷は、部屋を見渡すと資料を読み上げるような口ぶりで話を始めた。

「被害者は深田淳28歳。第1発見者は同居人の中川花梨25歳、職場から帰宅したところ、倒れている深田を発見。深田は頭を強く打って死亡していた」

 水谷が振り返り、山東を睨みつける。山東は、慌てた様子で、メモを取り出し読み上げた。

「あ、えーと、深田は電球を持ったまま現場に倒れており、切れた電球を変えようとしたところ転倒し、テーブルに頭をぶつけたと推測される。現場となったアパートには防犯カメラはなく、付近からも不審者の情報などもない。中川花梨にもアリバイがあることから、事件性は低いと考えられます」

 山東は、水谷の顔色を伺うように読み終えると、そのまま水谷の視線に耐えきれなかったのか、顔を葉月に向けた。

「それで、私に何を?」
「この現場、どう思う?」

 葉月は、部屋全体を見渡した。レトロな電球傘を見つめると、水谷と目が合った。

「事件の当時、この付近では大雨が降っていたそうだ。この古いアパートは雷がなると、よく停電をするらしい」
「中川花梨はなんと?」
「彼はきっと、切れた電球を替えようとして転倒したんだと思う。私がもっと、早く帰宅していればよかった。そう話している」
「事件性があると?」
「君はどう思う?」



§


 取調室は、いつ入っても冷たい空気がした。葉月は、深く深呼吸をした。中川花梨は、目を伏せたまま呆然と座っている。透き通るような肌をした彼女からは、人を殺したという殺気のようなものは感じられない。ただ、大切な人をなくした者から出る悲壮感も感じられなかった。

「初めまして。藤枝葉月といいます」
 伏せた目は動かない。ドアの前にいる水谷を警戒しているのだろうか。目くばせをすると、水谷は部屋から出ていった。

「大切な人を亡くして、お辛いと思います。任意の聞き取りにご協力ありがとうございます」
「私、疑われているですか?」
 大きな目が葉月に向けられる。目の奥からは、力強さが感じとれた。
「いえ、もう少し発見当時のことを聞きたくてお呼びいたしました。聞き取りが終われば、ご自宅にお送りします」
「あの部屋には、もう…」
「そうですよね、近くのホテルを手配することもできます」
「いえ、大丈夫です。しばらくは、会社の社宅に。社長からも連絡をもらいました」
「そうですか。では、発見当時のことを教えていただけますか」

 繰り返し聞かれただろう質問に、中川花梨は表情一つ変えなかった。
「あの日の朝、淳はまだベッドにいたんです。帰ったらゆっくり話そうってそう思ってたのに。まさか、あれが最後になるなんて」
 目を潤ませる彼女は、また、目を伏せた。
「残業で、あの日は。会社では次の新商品のコンペに向けて、派遣の私も仕事に追われていました。会社からは直接雇用の話も出ていて、どうしても淳のためにも、仕事を安定させたかった。21時頃、雨も小降りになって、私はアパートに帰りました。そしたら、部屋に倒れている淳をみつけて…」
 
「淳さんは電球を替えようとして?」
「はい、多分」
「淳さんとはいつごろから?」
「私と淳は、もう7年くらいになります。別れたり、付き合ったりを繰り返していましたから」
「淳さん、お仕事は?」
「今は、ホストしたり、バーテンしたり。転々としてました。ただ、大きな仕事が入るかもしれないって、そうも話していて。やっと二人で安定した生活ができるのかなって思っていたのに」
 と、ドアが開き、水谷が部屋に入ってきた。葉月は、これからだというのに、と水谷に視線を向けた。
「何ですか?」
 中川花梨の警戒心が強くなったのか、言葉がきつくなった。葉月が、間に入ろうとするが、水谷が静止した。
「いえ、今日はもうこれで。うちの者が社宅までお送りします」
 拍子抜けしたのか、彼女はホッとしたように席を立った。
「あ、一つだけ、よろしいでしょうか」
 ドアを開けようとしたとき、水谷がつぶやいた。

「あの電球傘は、あなたの趣味で?」
 中川花梨の表情が少しだけ動揺したように見えた。
「えぇ、それが何か?」
「いえ、ありがとうございます」
 中川花梨は何かを隠している。葉月もそう感じていた。

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