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思いやり急便(後編)

「君、ここによく来るでしょ?」
吾郎さんは、僕のバイクを指差した。バイクにつけた手作りのステッカーは、泥まみれだ。
「思いやり急便。最初は、ちょっとした興味で検索して。そしたらさ、面白いことしてるなぁって。それから、君が買いに来るたびに、どんな奴が利用しているんだろうって考えると面白くて」
吾郎さんは、子どもがおもちゃを手にした時のような顔をした。
「毎年、祖母のプレゼントは、父が代わりに送っていたんだ。爺さんが死ぬ前に、ばあちゃんには苦労かけたからって、プレゼントを贈る手伝いをしたところから始まって。じいさん、生きてた時には、花一つ買ってやらなかったから、これからは毎年送ってやるんだって張り切っててさ」
「それを、なぜ、あなたが?」
「父、入院しているんです。去年、事故にあって。ほとんど寝たきりのような状況で」
吾郎の机には、父親らしき写真が飾られていた。吾郎さんとは雰囲気が違って、真面目そうな顔つきをしている。
「似てないでしょ。俺、連れ子だから母の。だから祖母とも血は繋がっていない」

留子さんは、時計を腕にはめ、空に手を突き出した。
「大げんかしたのはね、吾郎を母の元に返そうとしたのよ。私が」
きっと何か事情があったのだろう。
「息子が離婚して、母親はあの子置いて出ていった。母親の元に返した方が吾郎のためにも、息子のためにもなる、そう思った。だけど、吾郎がなんでそんなことするんだ!って怒ってね。俺はここが自分の家なのにって。どこか、私は吾郎を本当の孫と認めてなかったのかもしれないねぇ。一緒に過ごした時間は、かけがえのないものなのに、私は吾郎を傷つけてしまった」
留子さんの言葉が、田んぼの中を静かに通りすぎていくようだった。
「まさか10年もこんな風になるとは思ってなくて。夫が亡くなって店を閉めるつもりで、だけど、あの子が店を継ぎたいって言ってるって息子から聞いてね。その時は、本当に嬉しくて。あの子にとっては、多分あそこがふるさとなんだと思ったら、もう、なんだか情けなくなってねぇ。血のつながりなんて関係ないって、あの日、抱きしめてやればよかったのに、私のバカって、今でも後悔してる」
留子さんの目は、潤んで見えた。
「何かお手伝いできること、ありませんか」
「え?」
留子さんは、大きく瞬きをした。僕も確かめたかった。もしかしたらこの仕事だって、何か意味があるものなのもしれない。そうであって欲しいと、心のどこかで信じたかった。

店に着いたのは、夜9時を回っていた。雑貨店には、相変わらずお客はいなかった。
「これ、お届け物です」
吾郎さんは、僕の顔を見ると、照れくさそうに頭を掻きむしる。
「ばぁちゃん、いくつだって思ってるんだよ」
差し出したのは、小さなグミのお菓子だった。吾郎さんの好物らしい。
「これ、探すの大変だったろう」
贈りたいものがこの20粒のグミだと聞いた時、留子さんの中で吾郎さんは、ずっとあの頃のままなのだと、微笑ましく思えた。
「えぇ、10件まわりましたよ。メーカーに問い合わせたら、今は細々と商店街とか駄菓子屋に卸してるだけだって言われて」
「ありがとう。受け取っておくよ」
吾郎さんは、グミを受け取ると子どものように微笑んだ。
「留子さん、すぐにあなたの贈ったものだって気付きました。本当は、何度もこの店の前まで足を運んでいるんです」
「あの時計さ、作ったの親父なんだ。若手のデザイナーは、俺」
「どおりで、こんな雑貨店だけでどうやって食ってるのかって思いました」
「おいおい、失礼だろう」
「すいません」
「ありがとう。君に頼んでよかった」
僕は、吾郎さんが差し出した手を握り、握手した。
「留子さん、吾郎さんに会いたがっていましたよ」
「連絡、してみるよ」
「吾郎さんと留子さん、やっぱり似ています」
「え?」
「同じように寂しそうにも嬉しそうにも笑う、そっくりです」
吾郎さんは、また頭を掻きむしっていた。
「またのご利用、お待ちしています」
僕は、頭を下げると、店の外に停めておいたバイクにエンジンをかけた。泥だらけのステッカーを手ではたく。そこには、くっきりと思いやり急便の文字が浮かび上がった。

店内を覗くと、吾郎さんは、電話をかけようとしているようだ。きっと留子さんだろう。こちらに気がついた吾郎さんに手をふると、吾郎さんは決心したように頷いた。

スマホを開く。そこには、新たなメッセージが入っている。
「よし、次の依頼だ」
僕は、バイクを走らせた。

 

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