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刻む音

「ついてくるの?」
「うん」
「どこに行くかわからないけど」
「うん」
「どうしても?」
「どうしても」

突然、僕らの前に、現れたのは不思議な穴だ。僕らがここに閉じ込められて、もう何百年になるだろうか。僕らはお腹もすかなければ、死ぬこともない。真っ白な部屋で、ただ時が過ぎるのをじっと待つだけだ。

僕たちの星は、僕たちの一度の争いで住むことができなくなった。同じ種族のはずなのに、僕たちは食糧を奪い合い、殺し合いをした。化学兵器に手を出した僕らは、争いどころではなくなり、住むところすら失くしてしまった。助かる道はない、そう思った時、ある実験が行われることになった。種族を根絶させないため、選ばれしものたちだけが宇宙船に乗せられた。時空を超え、新しい世界へ向かうのだ。この危険な実験には、ランダムで乗船者が決められた。

僕は家族が殺され、自暴自棄になっていた。当選の知らせがやってきた時、僕は呆然とした。避難所では、僕に罵声が飛び交う。プラチナチケットを奪おうと、命まで狙うものもいた。僕は、守護隊に守られ、宇宙船に乗る準備をした。この実験にはリスクが伴うこと、同意書にサインを求められると、もうどうにでもなれと、記入した。

不思議な薬を飲まされ、電磁波を流される。気がついた時には、僕らが住んでいた星はとても小さく見えていた。

カチカチ

音がする。お腹には、不思議な時計が付けられていた。あたりを見渡すと、僕と同じように目を覚ましたものがいた。

空腹がないということは、幸せではない。僕は、そんなことを目覚めて3日目で、感じとっていた。食糧を求めて争いをしていた僕らなのに、欲望を消し去ることは、醜い部分にただ蓋をしただけで、なんら変わっていない。薬を3粒、これだけ飲めば、栄養は十分なのだというのに、腹は空かなくとも、食べたいという欲求が消えるわけではなく、生き地獄だった。

白い部屋で、僕らは歳を取ることもなければ、することもない。ただ、時計が刻む音だけを聞く毎日が過ぎた。

「僕たちの実験は成功したの?」

小さな子どもの声に、誰も答えることができない。

「星はどうなったの」

肉眼で確認できていた星は、いつの日か見えなくなった。僕たちが時空を越えたのか、星が消えたのか、確かめるすべはどこにもなかった。

ある日、突然、穴が現れた。驚いた僕らは、覗いてみたり、手だけを差し込もうとしたりした。しかし、誰もその中に入ろうとはしない。

僕は決意する。このままここにいるよりは、マシだと思った。それは死ぬことを意味するかもしれない。それでもよかった。僕が立ち上がると、子どもがついてきた。

「僕も」

どうなるかわからない。僕は、その子を追い払おうとした。しかし、心のどこかで1人で逝くより怖くないかもしれないと思ってしまった。手を繋いだ僕らは勢いよく穴の中に飛び込んだ。周りからは悲鳴に似た叫び声が聞こえた。

カチカチ

その音で目を覚ます。そこは、真っ白な世界で、窓の外には僕たちの星が見えた。

「ここは?」

子どもが、目を覚ます。初めて目が覚めたあの時と同じ風景に、僕は無気力になった。

また、何百年も、ここで同じ時を刻むのか。

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