なんとなく十二ヶ月(七月~十二月)

水際 七月 

色褪せてうなだれるあじさいを横目に 
自転車を走らせて
今日は 波に足を取られにいく日

濡れた砂 欠けた浅利
慈愛に満ちた目をした犬の
軽やかな足取り

うまく歩けぬ 可笑しな人間

波が来て 引いて
押し戻され 引き寄せられて
心地よく沈んでいく その繰り返し

突っ立ったままの 可笑しな人間

どれもきっと とるにたりないこと
全方位からの潮風
つまらない拘りのどれかひとつくらい さらっていって頂戴

帰り道 ペダルをこぐたびにこぼれ落ちる砂
空は 逃げ切れないほどの夏の青


草いきれ 八月

秘密の抜け道は むせかえる白粉花
吸い込むことをためらう匂い
息苦しさは増して
麻のシャツ 通り過ぎたひとから甘い煙
落ちている凌霄花に手を伸ばすと
火照った頭がふらりとぐらつく
重く熱い空気は揺らぎ
あの子の白い足首を蒸らして
夏は どこへも行こうとしない

目を閉じても 蝉は鳴く

あの角を曲がると
静かに熟れゆく無花果があること
わたしだけが知っている



手紙 九月

昼間に書いた
「まだまだ暑い日が続きますが」を夜に読み返して 
「めっきり秋らしくなりましたが」に書き換える
結局 出せない手紙が一通
  
  「早く行ってしまって」と願っていたのに
  「もう 行くの」と勝手なものです
  「待ってました」と思っていたのに
  「あとは染みていくだけ」と締め付けられます

吊るせなかった風鈴とやり残した花火
心残りに日差しは容赦なく
だけど風は確かに移ろい
夜は虫の音の渦の中
ペンをくるくる回して
どっちつかずを 行ったり来たり
でも 嫌いになれない このはざま

「お元気ですか」
「わたしはー」で また言葉に詰まるけれど

近くて 遠い あの人に
明日こそ 絶対出したい手紙



十夜 十月

手を引く
手を引かれてる
人いきれをすり抜けて
探している 
逃れようとしてる 何かから

此処は 闇の中の生のたまり場
裸電球のもとでは
誰もが妖しく美しい
お面の群れ 艶めくビー玉
なにも知らない金魚たち
甘い 香ばしい 焼ける匂いとアルコール

白い布でつながれた
あちら と こちら
念仏が途切れることはなく
鉦の音が胸を打ちつける

風はもう冷ややかなはずなのに
此処だけ熱せられて頬は火照る
隣のひとの言った言葉さえ
よく聞こえやしない

だったらこのまま 急かされるままに

行きたい 生きてたい 
手を引いて 手を引かれて
ぶつかりながらも 
この盛った吹き溜まりの中を
ただやみくもに

振り向いても 月は ない


行方知れず 十一月


出会うのは
花束のように水菜を抱えた人
供物のように林檎をくれる人
目尻の紅 おぼつかぬ草履の幼き人

行方知れずなのは あなただけ

金の粉を振りまいて
落ち葉一つの散り方さえも操り
吸い込む空気の隅々までも染めあげる
この瞬間のための今までだった、と
気高く実り香る 秋の化身

そばにいるならどうぞ 早く


南天 十二月

冬の道を歩く
散った山茶花の花びらを数えながら

多すぎたような
少なすぎたような 言葉たちを数えながら

心にもない言葉と
心からの言葉
言うべきではなかった偽りのこと
言えなかった本当のことを
ひとつずつ 数えながら

ひとつ ふたつ そしてみっつ
葉陰の南天 
鳥たちよ まだ啄まないでいて
その赤い実は 小さくとも尊い

白い息はすぐに消えゆく
指先は悴む

どこまで数えても 終わることがない
冬の道を ひとり歩く




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