街を愛する
「出身地はどこですか?」と聞かれたとき、あなたはどの街を思い浮かべますか?
そして、その街をいつ自分の「出身地」だと認識しましたか?
春学期の授業がオンライン上で行われることが決定し、3月から居座っていた実家に春学期末まで居座り続けることにした。
私の実家は東京のある街にある。
私が小学生のとき、東京のある街に両親は家を買った。
住むならここ!と以前からふたりで決めていたようで、数年経ったいまも両親はこの街を愛し、住み続けている。
おそらく、ここにずっと住み続けるのだろう。
引っ越しとともに転校した私。
小学校という場を通してその街に住む友達ができ、家の近くの子供とも仲良くなった。
一緒に遊ぶ中でだんだんこの街について知っていった。
小学校卒業後、私は地元の中学校に通わなかった。
小学校とは反対方面の隣街にある最寄り駅から電車を利用し、1時間かけて中学校に通うことになった。
ガラケー全盛期、携帯を持っている小学生が少なかったあの頃。リアルでの繋がりしかなかった小学校の友達とは、卒業後一切の交流がなくなった。
気づいたときには、“地元の友達”がいなくなっていた。
顔見知りがいなくなったため、地元の行事から自然と足が遠のいていった。
隣町の駅を利用するようになって生活地域が変わったため、小学校時代よく行った道や店や公園にも行かなくなった。
それから大学に入学して、実家のある街から心理的にも物理的にもさらに離れた。
大学生になって「出身地」をよく聞かれるようになった。
同級生が、都内または近郊の県に住んでいるであろうことが明らかだった中高時代。あの時は、「出身地」ではなく最寄駅を聞くことの方が重要だった。
大学生になるまで、私は自分の「出身地」を聞かれたことがなかった。
私は、自分の「出身地」を他者に質問されたとき、初めて自分の「出身地」を認識した。
東京のあの街だ、と。
大学の友人たちは、自分の「出身地」に住む人々や街の風土、文化等に愛着を持っていて、そしてそこで育ったことに誇りを持っているようだった。
自分はどうだろう?
あの街は好き。だけど…
地元に友達、ましてや顔見知りもいない。
街がどう変化しているのかについても知らない。
友人たちが「出身地」について話すのを見て、自分の「出身地」である街と、知らず知らずのうちに距離ができていたことに初めて気付かされた。
地元から遠い中学校や高校に通うことで、意図せずして知らぬ間に段々と地元から離れていく。
これは、東京に住む子供には比較的起こりやすいことなのかもしれない。
東京は交通インフラが整っているので、通学範囲にこだわらなければ、通う中学校や高校の選択肢がとても多くなる。
遠い中学校や高校に通うことで、生活地域が変化し私のように地元に寄りつかなくなった人も多いのではないだろうか?
そんな気付きとともに、学校という場が、地元に関する情報や知識を得る場として、いかに大きな役割を果たしているのか、を実感させられた。
自粛生活が始まって、実家に居座っている今、この街をよく散歩をするようになった。
通っていた小学校、公園、通学路、神社、お寺、駄菓子屋、文房具屋…。
最後に見たときから、急激には変化してはいないが、よく利用していた文房具屋のシャッターが閉まっていたり、通学路の途中の空き地が駐車場になっていたり、公園の遊具が変わっていたり、新しいお店ができていたり。
時間の経過とともに街の景色が少しずつ変化していることは確かだった。
自分の「出身地」はここだ、と認識し、そしてその街をしっかりと眺められる時間的余裕ができたいま、この街の風景に無性に懐かしさを感じている自分がいる。
私は自分が思う以上に、この街が好きだったんだなと思った。
だからこそ、この街のことをもっと知っておけばよかった、見ておけばよかったと思うのだろう。
ポストコロナの世界について、盛んに議論されるようになっている今日この頃。
テレワークが進み、今後場所を選ばずに仕事ができるようになっていくだろう。
そうなっていったとき、今よりも自分の“愛する街”に住むことがたやすくなると思う。
動物の中で人間だけが、そこに住む人や街並みや文化、雰囲気など、“生命の維持”に関係のない事柄で、住む街を選べる動物だと思う。
私は遠くない将来、大学を卒業して、社会人になる。
両親をはじめとして、人々が“愛する街”を見つけるように、“愛する街”をこれから自分で見つけられたら、とふと思った。
最近、好きだったこの街の古本屋さんがひっそりと閉店してしまった。
コロナウイルスの大流行を経て、これから街はどんどん変わっていくだろう。
変化しない街なんてない。街は生物であって、生モノであって。人々の生活がままならない今も、街は生き続けている。
そんなことを感じてから、私は散歩中、いまこの瞬間の街の表情をカメラに収めるようになった。
いま、あなたには愛する街がありますか?
Photo of Marunouchi
Photo of Hatomori shrine
Photo by Sei
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