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役に立つかどうかで物事を決めると損をする(無料記事)

効率をどんどん求めていくと

意味があるのか・意味がないのか

の2択で考えてしまうことが多くなります。
それが良いか悪いかは人次第なのですが、個人的にはその判断基準だと取りこぼすものが多いなと思っています。

子供の頃、パソコンを父親がいじっていた影響で、私もパソコンを触る機会が多かったです。
メールをしたりインターネットで検索したり、何か特別な勉強をしていたわけではありませんが、触ることに抵抗がないぐらいにパソコンに慣れていました。
当時の勉強ではパソコンの授業というのがほとんどありませんでした。
だからその時の私にとってはパソコンをいじれるようになることは意味がないことだったのです。
それから十数年後、社会人になった時、誰よりもパソコンをいじれて頼られるようになりました。
あの時パソコンを意味のないことと考えて触っていなければ、人に頼られることもなく、その先の仕事に繋がることはなかったでしょう。

皆さんも過去の経験から、やっていて良かったというものはありませんか?

私は『HOLIC』という漫画の影響で「全てのことに意味がある」と考えて生きています。

だから意味があるかないかという判断基準ではなく、今それをやりたいと思うことには意味があって、それがいつか理解できる時が来るのだろうと考えるのです。

逆に打算的に何かを始めると何も繋がらないし、途中で諦めてしまうことが増えてしまいます。
プログラミングができた方が将来役に立つだろうと思って何度も挑戦したことがあるのですが、いつも途中で挫折してしまいます。
それは楽しいという気持ちではなく、役に立つだろうという打算的な気持ちが勝っているため、続けられないのだと分析しています。

なんだかよく分からないけど、惹かれるものがある

という気持ちが大事で、それはいつか自分の力になってくれます

好きこそ物の上手なれ

と言いますが、好きという気持ちに勝てる原動力はありません。
そこに少しでも役に立つかどうか、仕事になるかどうかという気持ちが入ってしまうと途端に打算的になってしまいます。

小さい頃、意味もなく駆け回っていた時のように、意味もなく好きというものを1つでも持っておくと、面白いことに繋がるでしょう。

もし持っていないとしたら、ぜひ探してみてください。
1週間で5分しか触らなくてもいいんです。
打算的でなく、ただ好きという気持ちから触れてみたいと思うのであれば。

それが充実した生活に繋がります。

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