あこがれ

女の子になりたかった。

僕が持つ記憶の一番古いところ、3、4歳のころだろう。
父方のおばあちゃんの家に機関車トーマスのジャングルジムがあった。
便意を催すと、僕は、皆のいない暗い和室に逃げ込み、部屋の端っこに置かれたその大きな遊具の一部に掴まりオムツに思い切り気張る。
それが幼少期の癖だった。
明かりがほとんど無い部屋で、己の排泄行為に集中し糞尿を捻り出す、まさしくその瞬間に毎回決まって考えていることがあった。

「女の子になりたい。」

古い記憶を辿ると、なぜだかわからないがそのときを鮮烈に思い出す。

”異性”へのあこがれ。
今でこそ、その願望に説明をつけることは容易だ。
黒いひらひらのワンピースを着ているのを見たり、化粧をしているところを見たりすると、ああ、女の人はいいな、と思うし、その羨みを人に明かすことにも抵抗はない。
そもそも今の僕は、異性になりたいという極端な願望を持っていない。
ただ、男と比べてちょっとだけ羨ましいところがあったり、得してるなと思ってしまう部分があったりするだけだ。
成長に連れて段々と男という性別の生き方に慣れていったのかもしれない。
それでも、あの頃の僕は、それと比べものにならない大きな欲望を感じていた。

早い時期に父が居なくなった僕にとっては、周りが女性だらけであることが普通のことだった。
妹も、お母さんも、おばあちゃんも、みんなが、幼い僕にとって女性ではなく、ただの人だった。そして、僕もそのうちの一人だと思っていた。
後に、父の妹夫婦の間に子供が生まれた。女の子だった。
親達の話し合いの結果、その子は、僕の名前をそのままあげて「光(ミツ)」と名付けられた。(ちなみに僕の名前はおばあちゃんの名前「光(ミツル)」をそのまま貰って「光(ヒカル)」となったらしい。)
妹夫婦は、父方のおばあちゃんの家にしばらく住んでいたため、毎週末になると僕の家族はミツに会いにおばあちゃんの家に出向いた。
ミツという家族が増えたことで、僕の周りはより一層女だらけになった。
おまけに自分の名前を女の子に渡してしまった。テレビでは宇多田ヒカルが全盛期だった。

ある時、おばあちゃんの家でミツと戯れている時、不意に便意を感じた。
急いで、ジャングルジムの部屋に駆け込んだ。
あの暗い部屋で、自分の数倍もあるジャングルジムの下で、僕の密かな願望は便と一緒になって噴き出した。

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