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体験デザインはセルフロウリュ問題を解決できるか

サウナブームによって世に広まったセルフロウリュ。その良さが認識される一方で、マナー違反による機材の故障問題が勃発しています。

この記事は、セルフロウリュ問題に対して心を動かすデザインである「体験デザイン」を適用し、解決を試みたものになります。

背景

セルフロウリュを説明するために、少しだけ用語解説をさせてください。


ロウリュとは蒸気のこと。サウナ室に設置してあるアツアツの石(サウナストーン)に水をかけて発生させます。ロウリュする、という行為を指すこともあります。

ロウリュはサウナの効果(発汗、深部体温の上昇など)を増幅するため、サウナ好きからの圧倒的な人気を集めています。

日本では、ユーザ自身がロウリュを行う形態をセルフロウリュ、店の施設によって自動で行う形態をオートロウリュと言います。

セルフロウリュでは、桶の水を3杯ほど、15分間隔でかけるのが適切とされています。しかし、過度に水をかけることでストーブが壊れてしまう事件が報告されてきました。(以降、セルフロウリュ問題と呼称)


ユーザに委ねたセルフロウリュは成立するのでしょうか。サウナのルーツであるフィンランドに目を向けてみましょう。

フィンランドのサウナ文化

500万人の人口に対して300万個のサウナがあると言われるフィンランド。文化として根付いたサウナには、フィンランド人の「当たり前」があるものと推測されます。

  • 継承

    • 親から子へ、サウナの使い方を伝承する

    • 適度なロウリュを教わる

  • 神聖視

    • サウナ室は神聖であるという文化

    • マナー良くする意識が根付いている

フィンランド式サウナはこの「当たり前」を前提に設計されているのでしょう。では、そのまま輸入するとどうなってしまうのでしょうか。

セルフロウリュの今

フィンランド式サウナを日本に導入した結果、何が起きたのかを見てみましょう。

分からない、が破壊を生む

実は戦後にもサウナブームがあり、セルフロウリュが広まったそうです。しかし結果は「相次ぐ施設の事件により撤去せざるを得ない」という散々なものでした。

(前略) 経営者にしても客にしてもサウナの正しい入り方を、今みたいに誰もがきちんと分かってないんですよ。(中略) ストーブに桶ごと水をザブンと掛けちゃったりする事件が頻繁に起きた。蒸気がいっぺんに湧き出てしまうから、室内にいた人たちが火傷してしまう。そんなこんなで、どの施設も禁止になってですね、ロウリュが消えました。
日本サウナ史、草彅洋平、草彅唯、280頁

ここで重要なのは「悪意を持って施設を壊す人はいない」と言う点です。壊してしまった人は、単に適度なセルフロウリュを知らなかっただけなのでしょう。フィンランド人の当たり前を前提に設計されていますから、日本人が正しく使えないのは仕方ないことだと言えます。その一方で、日本人は決してロウリュを諦めませんでした。

現代人の工夫

現代で復活したサウナブーム、現代人はセルフロウリュ問題に対して2つの解決策を見出しました。

オートロウリュ

全自動ロウリュ装置!もはやユーザに委ねないことで、決して壊されることはなくなりました。しかし蒸気はお届けする。一つの答えのように見えます。

対価として、セルフロウリュの良さは失われました。ユーザにとっては寂しさを拭いきれない状況です。

注意書き

セルフロウリュはしたい、しかし壊されたら困る!そんな時はルールを設けよう。そうして注意書きが沢山貼られることになりました。守らない人はルール違反とする。真っ当な答えに見えますね。

しかしこの時のユーザの心を見てみましょう。まるで親に叱られた心境です。あれするな、これするなと言われて気持ちのいい人はいないでしょう。

体験デザインの目指す所は指示ではなく、ユーザが自然と「つい、やってしまう」仕組みにあります。もし「つい、適度なロウリュがしたくなる」ような仕掛けがあれば、お店とユーザのWin-Winな関係が生まれそうな気がしませんか?


つい、ロウリュしてしまうデザイン

ここから先は、体験デザインの話です。

一つ断っておきたいのは「サウナ好きのマナーは良い」という点。サウナ好きはサウナを愛していますから、元々マナーが良いのです。この事から、体験デザインで狙うユーザは「さしてサウナに興味がなく、ロウリュもよく知らないユーザ」が良いでしょう。

非積極的なユーザを導けるデザインこそが、優れた体験デザインなのです。ではまず、非積極的ユーザでも「つい、ロウリュしてしまう」デザインを考えてみましょう。

皆が知ってるあの言葉

ここで提案したいのは、日本人の当たり前を利用する方法です。ところで皆さん、こんなことわざを聞いたことはありませんか?

焼け石に水

「知らないわけがない」と思いませんでしたか?その通りです。逆に言えばそのくらい日本人にとって当たり前、刷り込まれた言葉であると言えるでしょう。

ではもし、真っ赤な石の横に「いかにも水をかけるもの」が置いてあったら、あなたはどうしますか?

つい、水をかけたくなってしまいますね。なんたって、焼け石には水ですから!

このようにして、ついロウリュしてしまうデザインは「真っ赤な石の横に、桶とひしゃくがある状態」であると考えることができます。

さて、ユーザにロウリュをさせることには成功しました。しかし我々の目指すところは如何に適度に辞めてもらうか。これも体験デザインで考えていきましょう。

つい、適度に辞めてしまうデザイン

せっかくやってみたロウリュなのに、つい途中で辞めてしまう。そんなデザインはあるでしょうか?

1. お叱りおかんシステム

サウナ室の窓の外から、おかんが覗いている。我々を監視しているのだ。恐る恐る4杯目のロウリュをしようとすると、カンカンに怒った真っ赤な顔のおかんが飛び込んでくる!間一髪のところで、ひしゃくは桶に収まった。

適度に止めたくなるでしょう?
すいません、冗談です。

真っ赤なおかん

2. 蒸気でアート

サウナストーンを見下ろす壁には、何も入っていない額縁が飾られている。疑問を抱きつつも構わずロウリュをすると、その答えが分かった。湯気で曇った額縁にアートが浮かび上がってきたのだ!3杯かけたところで湯気は額縁いっぱいに広がり、アートが出来上がる。私は自分の口角が自然と上るのを感じた。このサウナは部屋を蒸気で満たすだけでは飽き足らず、私の心をも満足感で満たしてしまったのである。

「アートの完成」をロウリュの辞め時とするデザインです。満足して辞めるユーザもいる一方で、気にせずロウリュを続けてしまうユーザもいるでしょう。完璧な答えとは言えませんね。

ロウリュアート

3. 狙え!温度計の謎の線

ひしゃくに手を伸ばすと、何やら温度計のような物が目についた。中央より少し高い位置に、これ見よがしな線が引かれているが、特に何の説明もない。構わずにロウリュをすると、みるみる温度が上がっていく。3杯目に差し掛かった所で、温度が例の線に近づいていくではないか!誰に何を言われたわけではないが、温度は線に合わせておきたくなった。ロウリュはこのくらいにしておいてやろう。

これはトイレの虫シールで有名な、「マークがあったら狙ってしまう」という心理を利用しています。ナッジ理論と言われる効果ですね。温度をマークに合わせると、自然と適度なロウリュになっているという作戦です。トイレでの実績を考えると、効果があるかもしれません。

この線はなんだろう…

4. 我慢がステキな湿度を生む

ロウリュを終えて空になった桶に、チョロチョロと水が注がれる。次のロウリュまでの、実にゆったりとした給水である。

私は湿度の高いサウナが好きだ。少しでも蒸気を楽しむために、ロウリュは一気にするのが良い。だから水よ、早く溜まれ。湿度が下がってきているんだ。皆も待っているだろう。今すぐ、私に、ロウリュをさせてくれ。

ふとサウナ室が静寂に包まれる。給水が終わったのだ!待ちに待った、ロウリュの時間である。急いで、しかし確実に、貴重な水をサウナストーンにぶちまけた。

最後まで待てば3杯分を一気にロウリュできる、待てない人は少ししかロウリュできない、というデザインです。溜まったらロウリュしても良い、という合図にもなりますね。これはちょっと、体験デザインとは違うかもしれません。

ちよろちよろ

セルフロウリュと体験デザイン

いかがでしたか?つい、適度にセルフロウリュしたくなったでしょうか。そうであれば良いデザイン、そうでなければ改善の余地があるデザインです。ご感想いただけると嬉しいです。

本当に優れたデザインを作るには、実際に試してみて、フィードバックを受け、改善していく必要があるでしょう。デザイナーの想像だけで作れるほど、体験デザインは簡単なものではありません。惜しむらくは、その手段が私に無いことです。どなたか、是非とも、試してみてはもらえませんか?


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