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きりぎし(短編小説)2/4

(昭和世代 或る夏の夜の夢)

私は怖気づきながらも避難のすべを考えた。付近の集落まではそう遠くないはずだし、とうぜん上り坂より下り坂を選んだ。

 走り出すと再び体はおどりあがり、もう、こけないようにすることしか頭にはなくなった。幾ばくも走らないうちに、忌まわしい鎖は外れてからまり、たちまち後輪はロックされてスリップし、エンジンがぷすっぷすっと断続的の吐息とともに切れる。そのつど悪路へ下車しなければならなかった。
 
 何回か繰り返してもまだ、やっとあの陥没のあたりだった。板もロープもたるんで地面に落ちていたから、直前になるまで現場を見て取れず、ほぼ制動なしにわずかに残った道端部分を通過した。
 
 ――勢いに乗り、かなり大きな石やら枝やらを踏みにじり撥ねとばしてバランスをくずし、転倒しそうになったが、もちこたえた。かわりに奈落の崖底へ落ちていったのは板切れやごろんとした石らであった。すると闇に言葉が走った。
 
 自殺スルナヨ!
 
 「自分があの石なら、あいつは予言者になったのだ」
 
 ようやく悪路を抜け、舗装道路に入る。まだまだ山奥は山奥で、周囲には微かな一点の灯すらない。黒く光る村道にさえ人里を感じる。
  
 やや速度を上げはじめたとき、ヘッドライトが数十メートル前方に直立する物体を、白くチラチラと瞬くように照らした。それは確かに坂を降りて行く人のかたちであった。あるていど近づくと、ナマ血の巡った人間の動きなのは全く疑えなくなった。事実がはっきりすればするほど、その気配に対して丸太か蝋人形ばかりの冷温も感じられなくなった。  

 ――誰かがこんなまっくらな処を歩いている。
 
 丸坊主の後頭部をてらてら光らせ、林道沿いをひとり降りて行く。たしかに汗みずくの大柄な少年で、ノッソリと、そして生気がない。なぜか緊張と親しみをどうじに覚えた。追い越すときにさえ、こちらを見ようとしない。とある気持ちにかられ、その顔貌を一瞥したら、たちまち身辺の謎の数々が溶け落ちた。
 
 なぜ自分は、大水害直後、人知れぬような夜の山奥にて、傷んだ原付バイクを疾駆させなければならないか。なぜ他人の目が恐ろしいのか。なぜ無計画に大学へ入ってしまったか。なぜ、自殺するなと助言され、そしてそれが崖道の陥没へ落ちかけたとき浮かんだのか。
 
 ぜんぶ解明した。
 
 この無表情な緘黙の少年が「私」だったからである。陰気なにきび面は、昔の私だった。ほら今、自分ににらまれた。つまり深刻な自我崩壊のなせるわざに他ならぬ。おのれの分身に遭遇しても、あまり驚かなかったことも、その証左だった。
 彼の顔が明白になって以後は、恐怖よりむしろ親近感を強くおぼえた。
 
 と、またチェーンがからまり、二輪車は僻村の闇中に止まった。遠くまで降りてきたらしい。もうさして不安はないが、異質の危惧が起こり、胸騒ぎを覚えた。
 
 少年は、運命的に強烈な個性を備えたため、きっと俗人以上に寂しいのに違いない。皆からはんぱに重んじられ、あるいは厭われ、ある時は縛られ、どこかへ逃げたくて、しかたなかったに違いない。当たらず障らずのまんま長じたことを特に憎悪した。飼い殺しのような仕打ちには弱々しい苦笑で反抗するほかなかった。
 
 何年もひとり、部屋に閉じ込もり、唯一絶対の個性とやらを凝視した。夜な夜な、呪いの音楽をギターで弾き語り、貧しい土壁に叫びたてた。いかさまの魔人だらけの電信媒体にひたり、おぞましい我を忘れようとした。親や友や師と呼べる生き物を、どうしても平常には識別できぬ心持ちに苛まれながら、取り繕いの上っ面の舌節を用いて、日々を塗りごまかした。
 
 ぼんやりと、馴染みがひとりいた。彼は今から何年か後に、その日暮らしでふらつきながら、孤高気取りの泥濘に溺れかけている異常気象の夏、社会のふつうの人員となった日常を謳歌している親友から、自死はいけない、と忠言され、喉首を絞め上げられた気分になるのだろう。
 
 ――と、そこまでヌルヌル巡らしたときに、がぜん一点、不吉なひらめきがと胸を突いた。応急修繕し終わると、後方の黒い山間に向かい、まなこを開いた。
 
 「おい、どうして少年はうなだれていたのだ? いったいどのくらい離れてしまったのだろう。戻ることはできぬ。このポンコツは人命救助の役にすらたたない。ともかく一本道だから、いずれはここまで来るはずだ。途中、はやまって崖下へ飛び込んでしまいやがったら? あの顔はたしかに、爆発寸前のもの特有の表情だった。」
 
 何時だろう、と思った。なぜか山へ入ってからは時刻が気にならなかった。驚いたことに、八時過ぎである。もっと驚いたのは、いま驚いたことだ。そんな必要などまったくなかった。
 
 数分間が、過ぎた。
 
 人間などどこからも現れそうになかった。とつぜん誰かオオイと叫んだ。私が咆哮したのだった。自分で声を上げたのに、森の向こうから聞こえた。もう一度、呼んだ。死ぬな、と叫んでみたく思ったが出なかった。幾度も幾度もオオイオオイとばかり呼んでみた。悲鳴みたいにわめいた。
 
 もしこのとき実際に答えがあったり、「彼」が目前にひょっくり現れでもしたら、私の人格は一度に、きれいさっぱりと砕け散ってくれたかもしれない。少年の私は、どこかでかたくなに押し黙っていた。じっさいそれは当然すぎるくらい当然だった。
 
 「死にたけりゃ死ぬことだ、人命救助の誉れとかはいらない。何もかも甘ったれてやがる。疲れた。消え落ちればよい。呼んでも来ないなんて、やっぱり鈍重な坊主頭だ、昔の俺は。下山して生きてやる、おまえの命をちょうだいしたのだから! もう、俺は降りる」。
 
 私は、弱虫小僧置いてきぼりの悪心を懐き、再びバイクにまたがった。やがてぼやけた頭は、しばらく異常が起こらない滑らかな走行とリズミカルな排気音によって徐々に洗浄された。
 
 「死にたくないなら、いったい何のために、おれはほっつき歩いているのだろう。」
 
 舗装道に入るとチェーンは外れなかった。人家の灯が、遠く近く、まばらに見え始めた。 
 
 貧相な木造建ての民宿があり、玄関らしい明るみの近くで何やら立ち話をしている二、三人の若い女性の浴衣姿を一瞥し、赤い鉄橋を越えたら、急に人家が多くなった。まだ閉めていない商店があったのでそこで止めた。
 
 入ると菓子パンやら漬物やら乾物やらが雑然と起き並べてあって、それに混ざり合った恰好と色ぐあいで、中年女が低く椅子に腰掛けていた。私は、きょろきょろした。まぶしかったせいもある。おそらくむこうも、あぜんとしてすぐには声が出なかったのだ。自らの汚泥にまみれた風体など忘却しながら、
 
 「ここがどこだ、かわからない、者ですが、オートバイ屋さんはこの近く、にあるで、しょか」
 ろれつがまわらなかった。
 
 「オートバイが、こけて、こわれました」
 
 かなりあわてている。次の言葉がなかなか出てこない。相手が立ち上がり、くらい笑みを浮かべながら何やらしゃべりだしたのを認めたとき、おそらく半泣きになったほど感動した。が、たちまちまた自分はまた変ちくりんになったと思った。
 
 「さっきの人やね」
 
 山道の遭遇ほどに、ぎょっとし、相手をにらみつけた。似たところもあった。
 
 「夕方、パンを買ってくれたでしょう。危ないと思うてたら、やっぱり。オートバイ屋さんはあるけど、遠いし、たぶんもう閉もうてるよ。けがは?」
 と言う。
 
 確かに、ここへ寄ったのである。夜になって景色が一変したのと、夕方はこんな女なんて目につかなかったせいとで、ぜんぜん思い出せなかった。だが驚いている場合じゃない。すぐ行こう。閉まっていたら、あけてもらう。だめなら、しょうがない、道端で寝て、すべて明日にしよう。
 
 私は落ち着き、安堵すら感じていた。知らず知らず、ふたたび同じ店へ難を逃れたこと
――いちどは食料確保のため――の影響は大きかった。
 
 しかしほんとうに、この行動は「知らずに」だったのだろうか。
 
 店を出た直後、故障が悪化した。1キロも走ってはいない。押せば動くけれど、発進するとすぐにチェーンが外れてしまう。陰気くさい場所でもあったから、しばらく歩くことにした。
 
 じっさい手押しで行くと予想外な労力が必要であった。原付自転車とて、車体は80キロ近いし、荷物もこんもりと積んである。林道の起伏も激しかった。適当な場所を見つけしだい寝るしかない。
 
 1時間近くかかってようやく、バスの停留所にたどり着いた。待合の電灯はすでに消されていて、明るみといえば脇に突っ立っている缶ジュース販売機の四角い顔くらいである。ベンチへ腰掛け、無残なわが身の、おもて裏をしらべた。
 
 荷をほどいてみると「小倉あん」はぺしゃんこにつぶれていた。かまわず食らいつく。満腹感にひたるうち眠気にとらわれ、上体を荷物にもたせかけながらまどろんでいた。おびただしい数の羽虫が、私の顔面や首や腕やらを勝手ほうだいに蹂躙しているので目が覚めた。
 
 虫除けスプレーで地肌を武装したあと、暑苦しい寝袋に入った。右ひじと右膝が痛かった。


(3へ続く)

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