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上高地を歩き、槍に登る。


「槍」に登りたい

4年前から結婚前に少しやっていた登山を再開した。
まずは死ぬまでに登っておかなければいけないと富士山を目指したが、途中で癌がみつかり手術。
術後のリハビリを経て、無理の無い行程を検討して無事富士山登頂。
もっといろんな山に登るためには岩稜帯の恐怖感を克服しないといけないと、クライミングも始めた。
いろんな山に登りつつも、コロナ自粛があったり、別の病気で手術したり、怪我をしたり…
ここ数年はそんな感じで山に集中できない期間だったような気がする。

2024年。
今年は目標を立てて計画的にトレーニング登山をしようと、目標にしたのが「槍ヶ岳」だった。

何故「槍ヶ岳」なのか。

北村薫の「八月の六日間」という小説の中で、燕岳に登った主人公がその先の槍ヶ岳の姿に魅せられて、表銀座から東鎌尾根を経て槍ヶ岳を目指すエピソードがある。
去年燕岳に登った時に私も同じように「この先の道を歩いて、槍ヶ岳に登りたい」と思ったのだ。

ターゲットを定め、今年は以前より多くの山に登って自分の脚力・体力を測り続けた。
7月にはこれも以前から行きたかった赤岳・横岳・硫黄岳の周回コースにも一泊で行ってきた。
普通より多めの日数で余裕をもった計画を立てたものの、どうしても東鎌尾根を経ての槍ヶ岳に自信をもつことができず、悩んでいた。

ふと山小屋の空き状況を確認したら
「槍ヶ岳山荘に空きがある!?」
人気の山小屋で予約が取りにくく、山頂直下にある槍ヶ岳山荘に空きがあるのを見つけた。
急いで登山アプリで計画を仮引きしてみる。

この計画なら行けるのではないだろうか。
それが今回行くことになった、上高地経由の槍沢コースである。

表銀座の稜線歩きは捨てがたいが、まずは槍ヶ岳にターゲットを絞ってチャレンジしてみることに決めた。


day1 上高地~徳澤園

あずさ1号に乗り松本まで。松本からは予約していたナショナルパークライナーに乗り換えた。

便は少なかったが、10:15の便はあずさ1号とちょうど接続ができ、お昼には上高地バスターミナルに着くことができた。

上高地は登山客のみならず、観光客で大賑わい

夏の上高地に来たのは何十年ぶりだろうか。変わらぬ山の風景や水の美しさに感動しつつ、遊歩道を歩き明神方面に足を進める。

川の流れの音が心地よい
穂高神社奥社で山旅の安全を祈願
有料拝観だが、明神池にも立ち寄り

…という感じで、全然先に進めないw
久しぶりの上高地だし、今日は宿まで歩くだけだからいいかと、のんびり写真を撮りながら散策を続ける。

お昼ご飯は明神館で岩魚定食をいただいた

楽しい散策路ではあるけれど、それなりに距離も長い。
昼に上高地に着いたのに、本日の宿の徳澤園に着いたのは15時過ぎてしまった。

氷壁の宿 徳澤園

徳澤園のすばらしさに関しては後述する。
チェックインをした後にまずは汗を流し、17:15から夕食。
明日の準備などをして20:30には床についたが、ワクワクしてなかなか寝付けなかった。

day2 徳澤園~槍ヶ岳山荘

朝4:30徳澤園発。
まだ外は暗いが、横尾まで大体1時間。道はほぼ平坦なので暗くても問題ないだろう(熊鈴はシッカリつけた)。

朝もやがたつ梓川の風景が、息を吞むほどに美しい

横尾を過ぎて、7月の大雨の時に崩落し仮復旧されている川沿いの道を歩き、槍沢ロッジまで。スティックコーヒーが100円で販売されていたので購入し、小休止。

売店はまだ営業していなかったが、無人販売で食料の購入は可能

ここから本格的な山道が始まる。沢沿いの道筋のあちこちに可愛い花が咲いているのが癒しになってくれた。

右側に見えるのが東鎌尾根の「窓」

気温は高くは無さそうだが、ジリジリと日差しが照りつけ汗がとまらない。ババ平、途中の沢でしっかり水を補給し、重くてもハイドレーションの水を切らさないようにしておく。
なかなかペースが上がらず苦戦してながら登るうちに、霧の向こうに槍の姿が見えてきた。

槍の姿が見えてからがまた長かった。
少しずつカウントダウンされていく山荘までの残り距離を確認しながら黙々と殺生カールを登る。
あちこちに咲いている高山の花たちに励まされる。

途中少し雨がパラパラときたが天気ももってくれ、無事に槍ヶ岳山荘に到着。このまま穂先に行こうか悩んだが、穂先がガスっていたので明日の朝に掛けることにする。

はじめましての槍ヶ岳山荘
小腹がすいたので豚汁、珈琲、槍ヶ岳クッキーでおやつ
簡易個室はひとりにはゆとりある空間
そうこうしているうちに槍の穂先が姿を見せてくれた
眼下には殺生ヒュッテとヒュッテ大槍が見える
晩御飯は酢豚・ゴマ団子等中華風総菜。デザートの杏仁豆腐付

day3 槍ヶ岳山荘~槍ヶ岳~徳澤園

夜中に雨が降っていた。
ああ…朝晴れても、岩がヌメるかもしれないなぁ…大丈夫かなぁと思いながらそのまま寝ていたが、明けて朝は結構な霧模様。

朝ごはんはお弁当を頼んでおいた。
天気が良ければ早めに穂先に登り、悪ければご飯を食べながら様子を見れるかなと思ったので。何より私は「おこわ」が好きなのだ。売店は早くから営業しており豚汁が頼めたので、一緒にいただいた。

おこわは中華おこわでした

おこわを食べ終わった頃に、タイミングよく槍ヶ岳名物焼き立てパンの販売が始まった。高カロリーなクロワッサンやらデニッシュ類が多いので、買わない理由が無い。

あっという間に売り切れてました

珈琲も頼んで、クロワッサンをいただく。すごく美味しい。デニッシュは休憩時に食べよう。

そうこうしているうちに、霧がだんだんと晴れてきたので、ヘルメットをかぶって貴重品だけ持って穂先へ向かう。

初めての槍の穂先。ガイドも仲間もいない。先行者もいない。私一人なんだ…という緊張がおそってきて一気に喉が乾く。
呼吸を整え、気持ちを落ち着ける。
最初の岩を掴んだ瞬間、「あ、いける」という感触を掴み、そこからはスムーズに。

私はもっと急な壁も、足場が悪い岩場も、クライミングで登っている。落ち着いて進めば何も問題はない。自分自身が積んできたものが何よりの自信になってくれた。

槍ましたっ!

槍ヶ岳の山頂の風景は圧巻だった。
北アルプス最深部
常念山脈
穂高山脈…
まさに360度に名だたる名峰を望むことができる。
ずっと遠くの山から眺めていた槍の穂先に立てたということも、感慨ひとしお。

山頂に着いた時は私の他に2組のグループしかいなかったが、次々に後続者が上がってくるので、写真を撮り、山頂を下る。
下りも慎重に、ルートを間違わないよう気を付ければ不安のある箇所は無い。

穂先から降りてきた頃には霧もすっかり晴れ、周囲の風景もクッキリと見渡せるようになっていた。
そろそろ下山しなければ遅くなってしまう。
槍の姿に後ろ姿を惹かれ、何度も後を振り返りながら、下山開始。

本当に去り難い

標高が高いとは言え、照り付ける太陽の光が容赦ない。
下りでも水分を充分に補給しつつ、時には首筋を水を浸したタオルで拭いながら進む。
水場が豊富にあるルートなのがありがたい。

槍沢ロッジを越えてからは一気に徳澤まで。ほぼ平坦だが長い道のりが地味にキツイ。
徳澤についたら絶対に食べると決めていたソフトクリームは格別な美味しさだった。

day4 徳澤園~上高地

昨晩は何か身体全身が熱くて、ものすごく寝汗をかいた。
寝る前に腰が怠くて、保温ボトルで筋膜リリースをしたお陰で怠さは解消されている。
2日間結構歩いているのに、筋肉痛はほとんどない。

美味しい朝食をいただいた後、珈琲を注文し、ラウンジの特等席のソファに座り今回の旅路を振り返る。

幸せすぎるコーヒータイム

楽しかったなぁ…。
無事槍ヶ岳に登れて良かったなぁ…。
徳澤園も本当にいいお宿だったなぁ…。

余韻に浸っていたいが、まだ上高地バスターミナルまで2時間近い行程を歩かなければいけない。
初日にゆっくり観光したので今日は寄り道はしなくて良いかなと思ったが、昨日の晩ごはんの時に
「嘉門次小屋の岩魚は本当に美味しいから是非食べて!」
とご一緒したマダムに激推しされたので、嘉門次小屋に寄ることにする。
はるか昔に岩魚を食べに寄ったことはあるのだが、どうも記憶があいまいなので、記憶の上書きをすることにしよう。

何せ朝ごはんを食べてそんなに時間が経っていなかったので岩魚食べられるかしらと思ったが、明神に着くころには程よく食欲が湧いていた。

頭から尻尾まで食べられてしまう
余韻の残る美味しい岩魚
炭火で丁寧に焼かれています

予約していたバスより一本早いバスに乗れそうなので予約を変更し、ひたすらにバスターミナルを目指し、黙々と歩く。
すれ違う観光客は皆、目を輝かせながら散策路の風景を楽しんでいる。それぞれの心の中にこの美しい風景が永遠に残りますように。

人であふれかえる上高地バスターミナルに着いてしまえば、もはや何も感慨が無い。
私の旅は終わったのだ。
一刻も早く家に帰りたい。笑顔でただいまと言って家族を安心させたい。
そう思いながら、上高地を後にした。

きっと、また来るからね

徳澤園のこと

槍沢ルートだと一般的には槍沢ロッジで一泊し、槍ヶ岳山荘で一泊、最終日は上高地BTまで直行という行程が多いようなのだが、今回はひとり旅ということもあり、心細さをカバーするために、うまいこと空きがあった徳澤園に前後泊することにした。

歴史ある宿で、館内の調度品もとても趣きがある。

落ち着くラウンジ
「徳澤園のあゆみ」と「氷壁」との関わり
「氷壁」の紹介コーナーも


徳澤園の何が良かったか。個人的な感想を残しておく。

ご飯が美味しい

位置的には「山小屋」とカテゴライズして良い場所なのだろうが、山小屋の食事としては豪華すぎる食事が出てくる。
素材は厳選された地のものを使い、野菜類は自家菜園で栽培されているという。
名のあるレストランで出されているののと遜色が無いほどに、全ての料理が美味しい。
私は食べることが大好きなので、この宿で美味しいお料理を食べれたことが本当に幸せだった。
前後泊で美味しいお料理をしっかりと食べれたこそ元気が出たし、元気の回復も出来た気がする。

前泊の晩御飯
(連泊用メニュー)
いくら美味しかった
朝弁当はおこわ、魚肉ソーセージ、
ビタミンゼリー、いがぶりっこ
ケトルでお湯を沸かして
持参の味噌汁を一緒に
後泊のご飯
朝ご飯

設備が素晴らしい

上高地に比較的近い山小屋は入浴できる施設も多いのだが、徳澤園は備え付けのボディソープ・シャンプーもある。
温泉でこそないが、「信濃白炭」を浴槽内に使用していて大変お湯が柔らかい。
タオルや歯ブラシといったアメニティも用意されているので、まるで旅館に泊まった時のようにお風呂をゆっくりと楽しむこともできる。
お風呂大好きマンにとっては、とても嬉しい施設なのだ。

登山者にありがたい乾燥室も完備。
水は飲用の水道があり蛇口をひねればいつでも補給できる。
また、備え付けのケトルがあり、必要な時にお湯を沸かせられるのは大変ありがたかった。

落ち着く空間

先述のロビーもそうだが、館内には建物の落ち着いた空気を感じる場所がそこここにある。
宿泊客はそこそこ数がいると思うのだが、館内は静かで、不思議と喧騒をほとんど感じない。

わくわくしてしまう建物のつくり
相部屋のユニット
カーテンで仕切られていてプライベート確保
入口には充電コンセントあります
相部屋のアメニティはタオルと歯ブラシ
リネンも綺麗です
後泊のユニットは電源コンセント付き

外の雰囲気を壊さず、しかし外の雰囲気を感じることができる。この建物そのものが上高地の一部だと感じる。
なお、宿泊者の荷物を預かってくれるサービスがあり、私も不要な荷物は徳澤園に置いて槍ヶ岳へ出かけた。

本当にいいお宿だった。
機会があれば、また泊まりたいものである。


持って行ってよかったもの

元々縦走を想定して準備を進めていたのだけれど、今回用意して「優れモノ!」と実感したものをいくつかご紹介。

ミドリ安全 塩熱サプリ

私はものすごく足を攣りやすい人で、ミネラル補給には気をつけ芍薬甘草湯は常に持ち歩いている。それに加え何度か熱中症になりかけたこともあり、塩タブレットも常に補給するようにしていたのだがどうも効き目が弱い気がしていた。夏の初めから塩熱サプリを使い始めたが大変調子がよく、足攣り、熱中症の恐怖が緩和されている。
休憩の度に一粒ガリガリ齧るという使い方だが、同じように補給に悩んでいる方は一度お試しを。

Salomon ActiveSkin8

サブザックは持っていたのだが、すぐに必要なものに手が届くものは無いかなと思ってたどり着いたのがこちら。胸ポケがあり、スマフォやちょっとした携行食やフラスクを入れることができる。背面は1.5lのハイドレーションも収納可能。動きやすいし割と収納力があるので、ちょっと距離があるピストン行程にも充分に使える。

Anker PowerBank(30W, Fusion, Built-In USB-C ケーブル)

USB急速充電器、モバイルバッテリーおよびUSB-Cケーブルが一体になっており、パススルー充電対応。山小屋で確実に充電できるのであればこれを一台持っていけば十分。軽量コンパクトなのもありがたい。


「八月の四日間」

山の中に4日間一人でいるという経験は実は初めてで、もっと心細くなったり、途中で帰りたくなったりするのではないかと思っていたが意外と大丈夫だった。
何より一人でいることを気にかけてくださるのか、山人たちがいろいろ声をかけてくださり、いろんなお話ができたのも楽しかった。

お花が好きで山に登り始めて、ついには山岳会2つも入っちゃった!というお姉さま
以前はガチで山に登っていたけれど、足が不自由になってはじめてじっくり上高地を散策するために訪れたというマダム
小さな身体で大きなカメラを抱えて、虫や鳥を撮影するご婦人
北アルプスはじめてなのに、槍ヶ岳に連れてこられちゃいましたと笑うお兄さん

いろんな山旅の形があって、思いがあって、そんな人たちと交差させてもらった時間がとても楽しかった。

燕山荘グループ代表の赤沼さんが「魂が感動すると荷物の重さも忘れ達成感、笑顔、感謝等のプラス発想になり、知らない人と会話することになる」と言っていたが、山に入ると不思議と素直な気持ちで人と会話ができるようになる気がする。
ただただ素直な気持ちで感動し、頭の中で反芻し、笑顔で人に接することができた、そんな4日間だった気がする。

人生において、とても貴重な経験ができた山旅だった。
出会った方、すれ違った方、そして北アルプスの山々とそれを支えてくださっている方々に、心から感謝。

私の行程はゆっくり過ぎてコースタイムはまったく参考にはならないかと思いますが、YAMAPの記録もあわせて残しておきます。
こんな山旅の記録もあるよ、ということで。


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