オールインワンという言葉

オールインワンという言葉。技術屋を救ったり殺したりするよという話。
要は、用途と機能のさじ加減だとは思って見てはいたのですが、とある機材の紹介文章を見ていて思ったことがあるので、おつきあいください。

※その機材を批判する意図はありません。販売元・開発陣には敬意を払いつつ、私見を述べています。

「1人のオペレーターがビデオを切り替え、プロ・レベルの音声ミックスすることを可能にする機能を装備しています。 」

便利なんだけどさ、それってスイッチャーとミキサーを一人でやれって暗に言ってるようなもんだよね……(過労死)

スイッチャーとは、複数のカメラマンが撮ってくれてる映像を見て、誰の画を観客に届けようかって考えながら切り替えて、配信/放送に載せる技術者を指します。映像配信/放送のキーパーソンです。

一方のミキサーは、配信や放送に載せる音声を調節する人です。たとえば出演者ごとに声の大きさが違ったということはよくある話で、それを各マイクのレベル(どのぐらいの音量で声が入ってるよーってのを知らせてくれる基準)を見ながら、各入力のフェーダー(ボリュームみたいなもの)を調整する人です。普段テレビ番組やネット配信を見ていて、みんなの音声が「無意識に聴きやすい」と思える(≓話の内容が入ってくる)のは、この人がいるからです。

それをこの機材は「ひとりでできるよ!」と宣っているわけです。もちろん、知識と技術があれば出来ますよ。人間の腕というのは2本あります。ピアノという楽器が弾ける人類がいるように、左手で映像を、右手で音声をコントロールできる人類もいるはずです。理論上は。

でもね、そういうことではないんよ。私がよくやってる配信っていうのは、演劇の配信であったりとか、演劇の配信であったりとか、演劇の配信であったりするわけです。大事なことなので3回繰り返しました。

私が技術屋として入る演劇には、可能な限り「4台のカメラ・6本のマイク」を基本としています。前者は良いとして後者は何だという話だと思うんです。普通、ステレオ録音したいのであれば2本のマイクで十分なんです。でも私は、私の耳は、「演劇配信でそれでは不十分だ!」と、2021年の秋頃からずっと叫んでるんです。

演劇というのは、生ものです。これは私がずっと言っていることなので、今後もワードとして出てくると思うのですが、出来るだけ生ものを「きれいな生もの」として届けたいのです。概念なので一般的な事象で言い換えると、サーモンを焼き鮭として出すのではなく、サーモンはサーモンとして出したい、そんな感じです。

そうすると、吊り・置き含めて、どうしても6本はマイクが必要なのです。演者が上手から下手に移動すれば、音声もそれについて行くってことがしたいんです。演者の高笑いが床や壁、天井に反響している、その反響をも録りきりたいんです。綺麗な衣裳の衣擦れの音がしている、演者が駆け込んできたらいつもより大きな足音がする、それらもきちんと録りきりたいんです(もちろん、台詞を邪魔しないという前提をもとに)。映画だったら、整音やFoleyであとからどうとでも出来ますが、演劇は生ものなのでそうもいかないんです。世の中には、これを理解していない配信従事者が多すぎます(この件は詳しく話すと長くなるので別で)。

もちろん、資金が潤沢にあれば、舞台録る用のマイク2本で、後は各演者にピンマイクをつけるとかも、出来ます。が、当方学生ですし、撮っているのも学生演劇なので、そんな宝塚歌劇団みたいなシステムを組んでしまうと、金銭面以外にも色々問題が発生します。衣裳をそれ用に考慮しなきゃいけなかったり、技術のトラブルシューティングできる人間を舞台袖に待機させなきゃいけなかったり。

そういうわけで、6本のマイクで配信することを大切にしているのですが、それのミキシングとスイッチャーを併せてやるのって、高度すぎて禿げそうになると思うのです。ピアノのたとえをもう一度出すと、連弾用の譜面を一人で弾くようなものです。やる人はいるけどそんなに多くないよねという話です。

だから、私はこういった機材は使いたくない。使いたくないと言うより、そりゃ興味はあるし目の前にしたら「おぉ~」とか言って20分ぐらいは張り付いちゃうだろうけど、いざ本番でそうせざるを得ない状況にはなりたくないねという、そんな感じです。これは、そうならざるを得ないぐらいの人材不足になってしまいたくないというのもあるし、録音技術のレベルを今の水準から落としたくないというのもあるのです。

しかもですよ、この機材、スイッチャー機能はさすがのRolandって感じで充実してるんだけど、ミキサー機能については大したことないんだよね。いっちょ前にフェーダーがあるくせに、エフェクターもコンポーザーもなくて、パンもできない。いたずらにインプットが多いだけで、機能性としては微妙。せっかく「多機能で省スペース」が実現できるデジタル卓なのに、ここら辺を載せてこないのはあまりに微妙。いや求めすぎか。

本当に、用途によると思います。映像配信にも色々あって、そうたいして音質を求めない配信もあると思うし、そもそも演劇のようなある種「環境変化が過酷な」配信の方が少なかったりはします。テレビ放送のような配信だったら、もともと音量変化の少ない環境だし、椅子に座ったMCやゲストがダイナミックに動くなんてこともないと思うので、純粋にフェーダーで各演者の音量を調整してやればそれで済む、なんてこともあります。私もそっちの配信したこともあります。そういうシーンだったら、むしろ無駄に多機能じゃなくて、良いのかもしれません。


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